表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/145

第126話 『舞翔悶絶!? 冷血の吸血鬼VS常春の王子』




 オクトーシャンは受信機を失いぐらり海底へと沈んでいく。

 何が起こったのか、一瞬マカレナすら理解できなかった。


「な、なんで?」

「足が多ければ良いってもんじゃないぜ」


 呆然とするマカレナに、武士は少しだけ意地悪く笑ってみせた。

 それを見た瞬間、マカレナは叫び声すら上げられないほどに総身の毛を逆立て、激昂する。

 ゲイラードは静かに、けれども確実に、たった一瞬でオクトーシャンの心臓である受信機を一閃してみせた。

 それはまさに達人の如き一閃。ファントムなど無くとも、武士はそれをやってのけたのである。


「これはっ、オクトーシャン沈黙! ゲイラードの勝利だぁ! まさに目にも止まらぬ一閃、これぞ“烈風の侍”だぁ!」


 DJの叫びと共に会場中が湧き上がる。

 マカレナはそれに気分を害したようで、いかにも腹立たしそうに乱暴な足音を立て展望台アウトルックタラップを降りて行った。

 その後ろ姿を少しだけ息を吐きながら見守っていた武士だったが。


「っ武士! すごいよ、すごいよ武士!」


 ベンチから聞こえて来たその声に勢いよく振り返る。

 そこには舞翔が見るからに目を輝かせて喜んでいた。

 だから武士は走り出す。

 一段飛ばしで展望台アウトルックタラップを駆け下りて、そのままの勢いでベンチで待つ舞翔の下へと。

 そして。


「舞翔!」


 がばりと、その両手を舞翔の脇に差し入れたかと思うと、武士は舞翔を思い切り抱え上げていた。

 突然のその行動と、親が子にやるような抱き上げ方に舞翔はいっきに混乱し、顔を真っ赤に染め上げる。

 しかし武士は何処吹く風で満面の笑みのまま、無邪気そのもので舞翔に言った。


「舞翔! どうだ? 俺、強かっただろ?」


 舞翔は目を見開いて、けれども次の瞬間嬉しそうに目を細めて言った。


「うん、すっごく、すっごく!」

「じゃあさ、これが終わったら俺とバトルしようぜ!」

「!」


 武士の瞳は真っ直ぐに舞翔を見つめていた。

 その視線に、一瞬舞翔は息を呑みそうになったのだが。

 未だに抱き上げられたままなのも忘れて、舞翔は少しだけ口角を挑戦的に跳ね上げた。


「いいけど、私、もう武士の新技見ちゃったよ?」

「もちろん、それでも俺が勝つ!」

「ふふ、言ったわね!」


 舞翔は心底嬉しそうに目を細め、微笑んだ。

 その表情に武士は満足そうに自分も満面の笑みを浮かべる。

 と、不意に横にいたカランが舞翔を武士の腕から地面へと下ろすと咳ばらいをひとつ。


「俺を忘れてもらっては困る」

「あぁ、カランもバトルしようぜ!」


 何もわかっていないようにあっけらかんとした武士に、カランは少し眉を下げながらもふっと笑った。

 そんな二人を見つめ、舞翔もまた、笑いながら少しだけ眉を下げる。


(武士には、敵わないな)


 彼の言う通り、“理由なんていらなかった”。

 舞翔は鼻の奥でつんと香った涙の香りをぐっと呑み込む。


(強い武士とバトルしたい。理屈じゃなく、胸が熱くなった)


 ドローンバトルをするなんて、きっとそれだけで理由なんて十分なのだ。

 そんな簡単なことを舞翔はずっと受け入れられずに、前世を思い出してからずっと、理由ばかりを追いかけていた。


 そして、今も――


 と、不意に舞翔の頭に手が置かれる。

 見上げると、士騎が優し気な眼差しで舞翔を見ていた。

 その視線に、舞翔はふっと微笑む。

 それから頭に置かれた手をさり気なく両手でどかした。


「ま、舞翔くん?」

「子供じゃないのでやめてください」

「子供だろう!」


 舞翔は少しだけいたずらに士騎に舌を出して見せた。

 初戦の勝利。

 BDFチームはそのことに知らず内に浮かれていたのだ。

 その和気あいあいとした様子を、相対するベンチからエフォートが見つめていた。

 マカレナは不気味に沈黙し、ベルガは少しだけ不機嫌そうに舌打ちをする。

 と、突如ソゾンが立ち上がった。

 そのままマカレナとベルガに何も告げず歩き出す。

 前髪の揺れで目元が隠れ、俯き加減の表情を伺う事は出来ない。

 しかしその口元が一度だけ、ぎりりと奥歯を噛み締めた。

 初めに気付いたのは舞翔だ。

 まだ興奮冷めやらぬスタジアム、展望台アウトルックタラップにソゾンが立っている。

 そしてハッキリと舞翔とソゾンの目が合った。

 直後。


「空宮舞翔!」


 やけに空気によく通る声で、ソゾンが叫んだ。

 その一声で会場中が何事かとざわめき出し、突如注目を集めることになった舞翔はぎょっとしたように目を見開き、慌てふためく。


「決着をつける、来い!」


 ソゾンはいつも通りの、出会った時と変わらない――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――憮然とした様子で舞翔を睨んでいた。

 その光景に舞翔の心臓が嫌な音を立てて高鳴る。

 嫌になるほど、そこに凛と立っているソゾンは、()()()()()がよく知るソゾンだった。

 この世界で出会い知った彼の意外な一面。見たことも無い笑顔だとか、少し照れたような赤い頬、子供みたいに拗ねるところや、ちょとだけわがままで、困った人だとか。

 それらすべてが何もかも、まるで全て無かったかのような。


(馬鹿だなぁ、私)


 舞翔は勝手に締め付けられる胸に微かに目を細めた。

 全て捨てて逃げて来たのは自分なのに。

 そもそも、あれらは何もかも偶然が重なった奇跡の上での出来事だったのだ。

 それなのに。


(寂しいだなんて、自分勝手だ)


 ズキズキと、気付けば痛む胸に舞翔の表情が寂しげに伏せられた、直後。

 ふいに風が吹いて、誰かが舞翔の横をすり抜けた。

 マルベリー色の長い髪が尾を引くようにゆらりと揺れる。

 カランだ。

 カランは気付けばソゾンの前に舞翔を背にして立っていた。

 舞翔は目を瞠り、いつの間にか見慣れてしまったその大きな背を見つめる。

 いつだって、自分を守ってくれていた、その背中。

 会場中が急なカランの登場に色めいている。準決勝での彼の大告白劇が記憶に新しいのだろう。

 それに明らかに不機嫌そうに顔を顰めたのはソゾンである。

 ただでさえ鋭い瞳を更に鋭利に尖らせ、眉を怒りに跳ね上げ、カランを睨み付けた。


「何だ貴様は。貴様など呼んでいない、今すぐ下がれ」

「悪いが、お前の相手は俺がする」


 凄むソゾンに微塵も臆する様子も無く、なんともあっけらかんとカランは言った。

 騒然としたのは周囲である。

 観客はもちろん、後ろに立っていた舞翔までカランの発言に驚愕する。


「カ、カラン!? ちょっと待って!」


 しかし舞翔が止めようと伸ばした手は虚しく空を切り、既に展望台アウトルックタラップへと歩き出していたカランを掴むことは出来なかった。

 追いかけようにも、既にカランは颯爽と展望台アウトルックタラップの階段を登っている。そしてさも当然と言わんばかりに堂々とソゾンの前に立った。


「下がれと言ったはずだが? 貴様に用はない」

「そうはいかない。俺は大いにお前に用がある」

 

 大画面が対面する二人をアップで映し出し、会場がどっと沸き上がった。

 ソゾンは既に十分凶悪な顔付きを益々険しく歪め、怒りを通り越して殺意にも似た感情を露にカランを睨み付ける。

 しかしカランは動じない。僅かながら目を細め、至極冷静にソゾンを見つめ返した。

 大いに慌てふためいたのは、舞翔である。


「か、監督!」


 縋るように舞翔は士騎を振り返った。


「こ、こうなったら仕方がない。見守ろう」

「っんとうに監督は! 使えない!」

「つかえ!? 舞翔くんちょっと俺にひどくないかい!?」


 ショックを受ける士騎を放って、舞翔は再びソゾンとカランを振り返った。

 これは完全に想定外である。

 舞翔はソゾンとバトルをするためにここへ来たのだ。

 それなのに、このままではソゾンとバトル出来ないどころか、マカレナと最終戦を繰り広げるのが自分になってしまう!


「舞翔に用があるのなら、この俺を倒してからにしてもらおうか!!」


 そんな舞翔の考えなど知る由も無く、カランは堂々と雄叫びを上げた。

 マハラジャとは思えないその啖呵に、会場の熱は最高潮だ。


(やっ、やめてぇええ! お願い戻って来てカラン!)


 最早声も出ないほどに動揺し、心の中で舞翔は叫ぶ。


「フンッ、いいだろう」


 そして最悪な事に、ソゾンが挑戦的な笑みを浮かべカランの申し出を受けてしまった。


(いいんかいっ!)


 舞翔は声を大にして突っ込む、心の中で。

 その間もカランとソゾンはバチバチに睨み合っており、心なしか二人の背後に竜と虎が浮かび上がって見える。


「貴様を絶望に叩き落してやる!」


 そして遂に、ソゾンも啖呵を切った。その顔は目を見開き瞳孔を収縮させ、口角を凶暴に持ち上げており、お世辞にもカッコイイとは言えないまるきり悪役の表情である。


「くーっ、めちゃくちゃ悪役でこれはこれでかっこいい!!」


 しかし恋とは盲目である。

 恋する乙女の胸にはクリティカルヒットだったようで、舞翔は急に胸を押さえて屈みこんだ。


「舞翔くん、楽しそうだね」


 そんな舞翔を、士騎は後ろから生暖かい目で見つめるのだった。




世界で1番楽しいシーンがやってまいりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ