第125話 『刮目せよ!烈風の侍』
二機はほぼ同時に海中へと飛び込んだ。
オクトーシャンは水の抵抗など物ともせず、すいすいと魚のように海中を進んで行く。空では不利に働く重量と八つのプロペラが、水中では見事に吉と出ている。
対してゲイラードは水の抵抗で中々思うように進めないようで、明らかに不安定にゆらゆらと揺れている。
「くそっ、このための重量だったのか。マカレナのオクトーシャンは完全にこのステージ用に造られたドローンのようだな。いや、あのドローンのためにこのステージが造られたのか?」
苦戦する武士を見守りながら、ベンチでは再び表情を険しくした士騎が苦々しく呟く。
「水中バトルなどさすがに練習していないぞ、武士は大丈夫なのか?」
「それだけじゃない、相手の機体は恐らく完全防水仕様だ。しかし、ゲイラードは完璧じゃない」
士騎の表情は眉間に皴を寄せ明らかに険しい。
そしてベンチから身を乗り出すと、展望台に立つ武士に向かって有りっ丈の大声で叫んだ。
「武士! 五分だ! 五分以上は保障できない!」
武士は背を向けたまま顔だけでベンチを振り返った。
強い瞳が見開かれ、何も言わぬまま武士は再びステージを向く。
「あははは! たったの五分!? たったの五分で何が出来るってのさ!」
その横でマカレナは心底可笑しそうにケタケタと笑った。
完全に武士を侮っているのだろう、オクト-シャンは先程から機体を見せつけるように悠々と海中を回遊している。
しかし武士がそのあからさまな挑発に乗ることは無かった。
「五分もあるなら、十分だぜ」
その口元がにやりと笑う。
「は?」
マカレナが武士の自信めいた表情に眉を顰めた、直後。
「おっとー! ゲイラードが動いたぁ!」
DJの実況に、マカレナは勢いよくステージを振り返った。
すると先程までまごまごと動いていたはずのゲイラードの姿が消えている。
「なっ、どこだ!?」
「相手の虚を突けば、それは見えていないのと同じ」
「はぁ!?」
武士はにやりと笑い、マカレナを見た。
それから静かに瞳を閉じて、自分に言い聞かせるように呟く。
「居合とは、人に斬られず人斬らず、己を責めて平かな道」
辛うじて聞こえて来た武士のその言葉に、舞翔は目を見開いた。
そう、舞翔は聞いたことがある。
本編での最終戦、武士は全く同じことを呟いたから。
「くそ! どこだよ!?」
マカレナは珍しく声を荒げた。
しかし、ゲイラードの動きは人の虚を上手く突いているようで、中々捉えることが出来ない。
その苛立ちからか、マカレナの表情はどんどんと険しくなっていく。
「お前なんかに使うつもりじゃなかったけど、いいさ! 全力でぶっ潰してやるよ!」
そして直後、マカレナが叫んだと同時に。
「!?」
オクトーシャンの動きが、一変した。
「あははは! 感じる、見えるよ!」
オクトーシャンは突如旋回した。
凄まじいスピードで直進した先にはゲイラードが飛んでいる。
「っ、おい士騎! あれは」
「ファントムだ、恐らく発動したのだろう」
ベンチでカランが叫び、士騎が神妙に眉間に皺を寄せながら答えた。
オクトーシャンのパワーとスピードは、明らかに先程までとは違う。
そしてそれを操るマカレナの様子に、士騎が密かに奥歯を噛み締めた。
「彼も、"適用者“なのか」
その言葉に舞翔は目を瞠り、マカレナを見る。
「粉々にしてやるよぉ!!」
士騎の言う通り、マカレナはファントムを発動したと言うのにその身に負荷を受けている様子はない。
それどころか生き生きと、その瞳は輝いていた。
舞翔は知っている、あの瞳を、その感覚を。
全てが見えるような全能感、いつもよりもずっと自由に飛べる、ドローンとひとつになったような、あの、感覚。
オクトーシャンはトップスピードのまま、その巨体で押し潰すかのごとくゲイラードに激突した。
「やった!」
が、しかし。
「? なんだ」
激突したはずなのに、手応えが無い。
そのことにマカレナが眉を顰めた直後、ゲイラードはあらぬ場所からその姿を現した。
「!? まさか、水流!?」
気付いた時にはもう、ゲイラードは水流に乗って遥か彼方へと消えていた。
再び姿を見失う。
しかしマカレナは今度は少しも動じることなくにやりと口角を上げた。
「逃げたいだけ逃げれば良いさ。いくらでも見えるからさぁ?」
オクトーシャンが再び動き出す。
そして凄まじいスピードでゲイラードが隠れた岩陰へと突っ込んだ。
しかし直前でゲイラードは再びオクトーシャンの直撃を水流に乗ってひらりと交わす。
「いつまで逃げられるかな!? かな!?」
逃げられては追走し突進するも、また逃げられる。思ったよりもしつこく交わし続けるゲイラードに、明らかにマカレナは苛つき始めていた。
視界から消えては、その存在をファントムによって捉え、追いかける。
しかし複雑に流れる水流にそれを邪魔され、逆に水流を味方に付けているゲイラードはみるみるうちに遥か遠くへ逃げていく。
「ふっ、はははは! ちょろちょろ逃げやがって、虫みたいにさぁ!」
さすがのファントムも水流を感じられたとしてそれを読む力はない。
複雑に巻き起こる海の中の水流を読み切るなど、常人には不可能だ。
分かるのと、読むのは違う。
しかし、武士はそれを、やっている。
マカレナは奥歯をぎりりと乱暴に噛み締めた。
「ふざけるなよ、天才は僕だ、僕だけだ」
マカレナの苛立ちと怒りが頂点に達した瞬間、オクトーシャンのプロペラが限界を超え激しく回り始めた。
それは自らが水流を作り出すほどの圧倒的な力。
「お、おっとぉ! オクトーシャンの周りに激しい気泡が発生しているぞぉ!?」
DJが叫び、歓声が巻き起こる。
大画面には大量に発生した気泡がぐるぐると渦を巻いている異様な光景が映し出された。
これこそが“ファントム”が持つ脅威、ドローンの持つ性能以上の力の解放である。
その証拠のようにマカレナの顔にいくつもの筋が浮かび上がっていた。
直後、今までとは比べ物にならないほどのパワーでオクトーシャンが海の中を猛進する。
「甘く見るなよ、虫けらがぁっ!!」
獰猛な叫びと共に、全ての水流を蹴散らしながらオクトーシャンはゲイラードへと突っ込んだ。
しかし。
「その虫けらにだって、魂がある。命を守る為の技も持ってるんだぜ!」
武士は、臆していなかった。
それどころか口角を上げにやり微笑む余裕すら見せると、同時にひらりとオクトーシャンの攻撃を交わして見せた。
「はんっ、虫なんて、踏み潰されて終わりだろ!?」
オクトーシャンは再びゲイラードを追おうと旋回した。
しかしゲイラードの真正面まで来た直後、動きを止める。
ゲイラードは目の前で悠々と止まっている。
しかしオクトーシャンはそれを目の前にピタリと止まって動かない。
「おっとー! ここにきて二機の動きが止まったぞぉ!? 何が起こっているんだぁ!?」
DJの実況に、会場中がざわめき出す。
マカレナは異変に気付いていた。
しかし気付いていても、どうすることも出来ない。
「っくそが!」
ゲイラードまではすぐそこなのに、すぐ目の前にいるのに、オクトーシャンはそこへ辿り着けない。
八つのプロペラが自分が巻き起こした水流と、元々ある水流に翻弄され、身動きが取れなくなっているのである。
それはまるで水流の壁。
ゲイラードの前に、見えない壁が出来ているかのような錯覚。
「兄ちゃん! そろそろ五分だよな!?」
「あ、あぁそうだ! あと一分もないぞ!」
「だよな、じゃあ……悪いけど、終わりだぜ!!」
ゲイラードが動いた。
「“電光石火の如く一撃せよ、閃光忽ち空を走り天地裂く"」
その機体は水流に乗り、軽やかにオクトーシャンの横をすり抜ける。
「抜くと切るは一つ、抜いて切るは居合にあらざるなり」
呟き、武士の口角がにやりと上がる。
その瞬間に、決着は着いていた。
やっっっっと!!!書けました!!!!
真主人公、武士のバトルです!!!!!
烈風の侍です!!!!
とっても楽しく書けました…
ここに来るまでが長かった…笑
お読みいただきありがとうございます!!
読者様ひとりひとり、本当に大切です。
いつもありがとうございます!!




