第124話 『宣誓! 武士のメッセージ』
スタジアムには二つの展望台が並んでいる。
歓声が響く中、マカレナの待つそこへ武士は堂々と階段を登り、立った。
「なーんだ、君かぁ」
現れた武士にマカレナは心底残念とでも言いたそうにわざとらしく両の手のひらを天に向けてみせる。
しかし武士は動じない。
それどころか、珍しく無言のまま真剣な眼差しでマカレナを見つめている。
「? なあに、何か言いたいことでもあるのかな? かな?」
相も変わらず煽り気味に、小馬鹿にしたような言い方をマカレナはした。
だがやはり武士は一切反応することなく、それどころか直後にっこりと笑ってみせたのである。
マカレナは不快そうに眉を顰めた。
しかしそんなマカレナなどお構いなしで、武士は突如マカレナに背を向けたかと思うと、ベンチに座っている舞翔の方を振り返ったのである。
それに気付いた舞翔は驚いたように目を瞠った。
武士は明らかに舞翔を見ている、その証拠に舞翔と武士は思い切り目が合っている。
何か忘れ物でもしたのだろうか、そんな見当違いの事を舞翔が思った直後。
「舞翔!」
武士は叫んだ。
その声はマイクも通していない肉声だというのに、この大歓声の中で舞翔にハッキリと届くほど大きかった。
舞翔は目を見開き、そして何事かと少しだけ眉間に皺を寄せる。
もしかしたらやっぱり選手交代、などと言ってくれるのでは?
そんな風に淡い期待を舞翔が抱いた直後。
「俺はこの勝負、絶対に勝つ!」
願い虚しく、武士はそう宣言してみせたのである。
「ん? うん! 応援してるよ、武士!」
少しだけ「選手交代じゃなかったか」などと落胆しながら、舞翔は精一杯の大声で返事をした。
勝ってほしい、むしろ、勝ってもらわなくては困る。
そんな邪な思いを抱いている自分を情けなく思いつつ、握った拳に力が入る舞翔である。
「はぁ? なにそれ。熱くなっちゃって格好悪い」
そんな二人の様子を眺めながら、武士の背後でマカレナは無視されたこと、勝利宣言をされたことに明らかに不機嫌そうに目くじらを立てた。
しかし武士はそんなマカレナなど眼中に無いようで、振り返りもしない。
マカレナの頬がムっと膨らむ。
BDFのベンチからは舞翔から最大限の大声と謂わんばかりの必死な顔で「絶対勝ってね!」と大声が返って来た。
それに対して、武士は更に大きく息を吸って、そして、叫ぶ。
「だけど本当は、俺はお前ともバトルがしたい!」
「へ?」
舞翔の目が点になる。
一方マカレナはいよいよ持ってその表情を歪ませた。
「なあに? これから俺とバトルだってのに完全に無視?」と、思い切り眉間に皺を寄せている。
しかしそんな舞翔やマカレナの反応など武士は意にも介さない。
その瞳は晴天のように輝いて、ただひとり、舞翔だけを見つめていた。
視線を逸らすことも出来ず舞翔が戸惑いながら武士を見つめ返したところで、武士の口がゆっくりと大きく開く。
「だから見ててくれよ! バトルドローンをするのに、バトルに、理由なんていらないだろ!」
その声はまるで、舞翔にだけ届けばよいと言わんばかりに、真っ直ぐに響いた。
武士は笑っている。まるで太陽のように眩しく、気持ちが良いほど快活に。
それはとても唐突で、突拍子も無くて、何故そんなことを武士が言い出したのか、舞翔にはさっぱり分からない。
分からないけれど、何故だかその言葉は舞翔の胸をえぐるように響いたのだ。
舞翔の瞳孔が収縮する。
(理由?)
目の前で展望台に立ちスポットライトを浴びる武士は、そこに居ることに何の疑問も無いように、まさに堂々と立っている。
それは主人公だから、彼が主役だから、当然だと思っていた。
いつだって誰よりも強くて、何があっても決して折れない。
いざというとき、絶対に何とかしてくれるという期待。
だって、武士は主人公だから。
(でも私はモブだもの。モブには理由が必要でしょう? そこに居ても良い理由が)
舞翔の脳裏に、前世の記憶が蘇る。
何をするにも理由が必要だったあの頃。
バトルドローンをするために必要な理由は全てかき集めて来た。
成績が良いから、好きなことをやることを許された。
問題が無いから、ある程度は自由にさせてもらえた。
世界大会に出るほど強かったから、成長しても続けさせてもらえた。
だけど。
「結局、大人になってまで続ける理由は見つからなかったっけ」
ぼそりと、誰にも聞こえない声で呟いた。
舞翔は知らず俯けていた顔を上げ、武士を見上げる。
すると目が合って、武士は満足そうに少し眉を上げると、ようやくマカレナの方へと向き直った。
その大きな背中を舞翔はただ見つめる。
眩しかった。
それがスポットライトの所為なのか、武士自身への羨望だったのかは分からない。
舞翔は目を細め、ただ“主人公”を見上げていた。
「さぁ! 武士選手の大胆不敵な勝利宣言も出たところで、いよいよエフォート主催、バトルセレモニーの記念すべき第一バトルのスタートだぁ!」
DJが叫び、会場の大画面に武士とマカレナ、二人の顔が同時に映し出される。
「類まれなバトルセンス、決して臆さない無限の好奇心! しかしそのバトルスタイルは歴戦の侍の如く無駄の無い動きで相手を一閃する、誰が呼んだか『烈風の侍』! 浦風武士選手! 今日も相棒ゲイラードと参戦だぁ!」
DJの合図とともに、武士のゲイラードが舞い上がる。
“感覚共有パーツ”を外したばかりと思えないほど、ゲイラードの動きは滑らかだ。
その様子に、舞翔とカランはほっと一息吐く。
「対するはエフォートの新星! 流星のごとく現れた天性の才能、まさに天才! バトルドローンを始めて間もないというのに、瞬く間にエフォートの頂点に君臨! 美しい見た目からは想像も出来ないほど相手を絶望に落とす悪魔のような強さを畏怖し、付いた二つ名は『零落の堕天使』! マカレナ・ファントム選手! パートナーはなんとファントム社の新型バトルドローン“オクトーシャン”だぁ!」
会場中が湧き上がる中、スタジアムの中心にスポットライトが四方八方からいくつも差し込む。そしてその光の中心に、マカレナのオクトーシャンが現れた。
その姿に会場が色めき立つ。
それは会場に集まった世界大会出場者達、そしてカラン、士騎達をも驚愕させた。
「八枚羽だと!? そんな、馬鹿な!」
カランが叫ぶ。
会場中が驚きに包まれるのも当然である。
八枚羽。その名の通り、なんと八つのプロペラを要するドローンである。
未だかつて、実践でこの八枚羽を使用した選手は存在しない。
「コストがかかり過ぎる上に、その重量故に扱いにくい。だから今まで誰も使って来なかった機体だ。何故、今になって」
士騎が眉間に皺を寄せて呟く。
皆が困惑する中、舞翔だけは表情を険しくしながらも落ち着いた様子でその光景を見つめていた。
(ここまでは、本編通りだ。だけどオクトーシャンの対戦相手はカランだった! それに、カランは負けてしまうのよね)
舞翔は人知れず胸の前で手を合わせ、祈るように握り締める。
この勝負、いったいどうなるのか全く予想が付かない。
オクトーシャンはそんな舞翔をよそに、斑な紅蓮色のボディを煌めかせながら、悠々と会場を一周してみせた。
そしてゲイラード同様、所定の位置へと着いたところで。
「さぁ! お待ちかね、対戦ステージの登場だぁ!」
DJの雄叫びが響き、会場が地響きと共に細かく振動する。
スタジアムの真ん中がぱっかりと割れ、いつも通り床下から今回のステージがせり上がって来た。
その全貌に、会場中が唖然とする。
「今回は、なんと遥かなる冒険の海“アトランティックオーシャン《大西洋》ステージ”だぁ!」
それは巨大な水槽だった。
硝子の向こうには遥かなる蒼が広がっている。
遠くなるほどに濃く藍色になる水中の世界。
その中を、大小色とりどりの魚やサンゴが彩っている。
海中に差し込む光は、まるでこの水槽自体を宝石かのように煌めかせていた。
「な、んだ、これは」
士騎が、そしてカランが絶句する。
分かっていた舞翔すら、いざ目の前にしたら言葉が出なくなった。
いくら防水仕様だからといって、全てが水中のステージなど前代未聞だ。
エフォートは、それを事前告知なしで仕掛けて来た。
(卑怯だ、本当に)
舞翔は心の中で苦虫を噛む。
けれども騒然とする会場の中で、武士だけは、違っていた。
その瞳は好奇心に輝いて、みるみるうちに口角が上がっていく。
「っすっげぇえ!」
そして、武士は叫んだ。
心から嬉しそうなその様子に、ベルガとマカレナが目を眇める。
一方、舞翔、カラン、士騎は少しだけ呆気に取られてから、表情を緩めた。
さすが、武士だと。
「それじゃあ準備は良いかな!? “スタンバイ”!」
DJの合図で、オクトーシャンとゲイラードが上昇する。
「前代未聞の海中バトル! 二人とも頑張ってくれよぉ! それじゃぁいくぜ、“テイクオフ”!」
ついに来ました、主人公。
そして海中ステージ!
次回、ついに武士がバトルします!
お楽しみいただけたら光栄です。
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