第122話 『開幕! エフォート最終決戦』
「いよいよだな」
「ワクワクするぜー!」
「みんな、忘れ物は無いか?」
「遠足じゃないんですから」
カラン、武士、士騎、舞翔の四人はエフォート日本支部、バトルスタジアムの入り口で横並びに立ち止まった。
会場からは既に歓声が響いており、バトルDJのマイクパフォーマンスが聞こえて来る。
「いいか、みんな。エフォートはこのバトルで完全にBDFを潰しに来ている。油断するんじゃないぞ!」
「はい!」「当然だ」「分かったぜ、兄ちゃん!」
士騎の言葉に、それぞれ気合を入れる。
泣いても笑っても今日が本番だ、あとは己を信じて闘うのみ。
舞翔は真っ直ぐに前を見据え、そしてついにBDFチームはスタジアムへと揃って足を踏み入れた。
「おーっと! ここで世界大会優勝者、BDFチームの入場だー!」
DJの声が響き渡り、スタジアムに歓声がこだまする。
見渡せば観客席は満員、なんとテレビ中継まで入っているようだ。
まさしくアニメ通りの最終バトルの光景に、舞翔は思わずごくりと息を呑む。
すると既に割れんばかりの歓声が、更に一際大きく沸き上がった。
「続いて新生エフォートからソゾン選手とマカレナ選手の入場だー!」
次いで舞翔たちとは反対側の入り口から、ソゾンとマカレナが現れる。
マカレナは手を振りながら、ソゾンはいつも通り憮然とした態度でスタジアムの中心へと歩みを進めている。
スタジアム中心には選手紹介の簡易ステージが出来ており、ソゾンとマカレナが一足先に登壇する。
そしてそれに習うように、舞翔たちもステージへと登った。
「わーい、やっぱり来てくれたんだね、だね、舞翔!」
と、ステージへ上がった途端、目の前に顔を出したマカレナに舞翔は思わず驚いて後ろに転倒しそうになる。
それをすかさずカランに支えられ、更にカランは舞翔を背に隠すようにマカレナの前に立ちはだかった。
「あっれぇ、君って舞翔のナイトか何か?」
「そうだ」
「へぇ! そうなんだぁ」
マカレナはわざとらしく驚いてみせると、口角を軽く上げソゾンに横目を向ける。
「だって、どうする? ソゾン」
ソゾンは何も答えない、それどころか完全に無視を決め込んでいる。
その様子にマカレナの笑みは更に濃くなり、楽しそうに声を弾ませる。
「なーんだ、バトルにしか興味ないんだね、だね」
マカレナが放ったその言葉に、舞翔の胸がちくりと痛んだ。
それを悟ったようにマカレナは満足そうに口角で弧を描く。
それに激怒したのは、カランだ。
「貴様っ、何のつもりだ!」
「おー怖い! お客様が見てるけど? けど?」
「カラン! 私は大丈夫だから、落ち着いて!」
今にも殴り掛かりそうなカランを舞翔は縋るようにして止める。
しかしマカレナは止まらなかった。
舞翔が困るのを心底楽しそうに見ていたかと思うと、ずずいと目の前まで顔を突き出してきたのである。
「大人だね~、舞翔は。見てよ~決勝戦で突如いなくなった幻の女バトラーを観ようって集まった人、結構多いみたいだよ! だよ!」
逃げる間もなく手首を掴まれて引き寄せられたかと思うと、耳元で囁かれ、舞翔は全身に怖気が走った。
マカレナの手はすぐにパっと離れ、少し距離を取ったところからにこにこと貼り付けたような笑顔を浮かべ舞翔を見ている。
その唇が薄く開いて、然もからかうような口調で言った。
「有名人だねぇ、注目の的だ」
「!」
その言葉に、舞翔は急に自分達を取り囲む観客の目を意識してしまった。
何百、いいや、テレビで見ている人を含めれば何千何万、もしかしたらそれ以上の目が今、自分達に注目している。
(そうだ、これは今の私にとってアニメの世界じゃない)
紛れもない現実で、舞翔は今再び、ステージに立っている。
(っ、あぁもう、どうしていつも私は!)
気付けば足が竦んでいた。
おかしな話だが、舞翔はその時初めて“自分”が見られているということを意識したのである。
世界大会ではあくまで武士の代わりとして出場していた。
その意識が強すぎたせいで、自分自身が注目されていることなど微塵も考えが及ばなかった。
しかし今、急速にそれらの視線を意識する。
意識した途端、自分という存在の場違いさに羞恥心が湧き上がった。
しかも舞翔の場合アニメ本編を知っているのだから尚更である。
何という“異物”だろう!
耐え切れず、思わず舞翔が目を瞑った、その時。
「観客など関係ない」
その少し高い声は、まるで魔除けの鈴のように空気に凛と響いた。
「俺は貴様との決着をつける、それだけだ」
舞翔は顔を上げ、声の方へ導かれるように視線を向ける。
景色の中でひときわ目立つラズベリーレッドの髪。目尻に向かって跳ねた涼やかな目に、シアン色の瞳。鼻筋の通った綺麗な横顔。
目は合わなかったが、それは確かにソゾンの声で違いなかった。
それに気付いた瞬間、舞翔の胸は嘘のように軽くなる。
「そう、だね」
先ほどまでの羞恥心や緊張が舞翔の中で嘘のように消えてしまった。
観客の視線や声も、もう気にならない。
舞翔の瞳にはただ、目の前で堂々と立つソゾンの姿だけが映し出される。
(やっぱり、ソゾンはソゾンだ)
遠い憧れを見つめ細められた瞳。
そんな舞翔の瞳に、再び輝きは戻った。
きらり星明りを閉じ込めたように舞翔の瞳が瞬く。
それを見て、マカレナは少しだけつまらなそうな顔をした。
「違うだろ、本当の君はもっとさぁ」
誰にも聞こえない程の微かな呟き。
隣に立っていたソゾンも、カランや舞翔も、歓声に掻き消されたその言葉を聞くことは無かった。
けれどもそれに、武士だけが気が付いた。
マカレナの言葉と少し剣呑な表情を捉え、武士は目を細める。
「マカレナ……か」
そして次に、武士は舞翔を見た。
舞翔はもう笑っていない。
無意識のうちに両手を体の前で握り合わせ、その瞳の奥がほんの僅か、心許なげに揺れている。
武士は知っていた、そんな舞翔の瞳の意味を。
世界大会中、武士はずっと舞翔を見ていた。
彼女はいつだって一生懸命に自分の役割を果たそうと頑張ってくれていた。
そしてそれは、きっと今もそうなのである。
ずっと見ていたから、分かる。
彼女はいつだって誰かの為、何かの為、自分のことは二の次にしてしまう。
それは舞翔の生来の優しさから来るものでもあるのだろう。
けれど。
「舞翔、俺は……」
武士は僅かに拳を握り込みながら、そんな舞翔を静かに見つめていた。
最終章!!!突入です!!!
泣いても笑っても!!!!
最終バトル!!!!
ご期待ください、最大規模でお送りいたします。




