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第12話 『再会、因縁のヨーロッパ!』




(開会式の大観衆の中で自分が負けたことをあんな風に発表されて、ソゾンは気分が悪かっただろうな)


 開会式が終わり、控室へと戻る道中。

 舞翔は相変わらず考え事で呆けていた為、カランに手を引かれて歩いていた。


「舞翔、今日はぼーっとしてるよな。大丈夫か?」 


 隣で武士が首を傾げてから、舞翔の額に手を当てる。


「ひゃっ!? たたた、武士!?」

「熱はないみたいだな、って……」


 突然カランが立ち止まり、舞翔の顔は思い切りその背中にぶち当たった。


「ってて、カラン? どうしたの?」


 鼻を擦りながら見やれば、カランは前方を見て表情を固くしていた。

 武士もいつもより少しだけ真面目な顔で、同じ方向を見ている。


 二人の目線の先を追いかけ、舞翔は目を瞠った。


 目の前には、ヨーロッパチームのソゾンと、そのパートナーであるペトラが立ち塞がっていたのだ。


 ペトラ・バラン。


 ソゾンのパートナーにして、『氷結ひょうけつ人狼じんろう』の二つ名を持つ、エフォートNO.2の実力者である。


 ペトラはプラム色の目を眠そうに細め、なんて事はないようにカランを見ていたが、その後ろの舞翔を見つけると、口元のほくろが揺れ「こりゃぁ」と愉快そうに口角を上げた。

 

「うちのリーダーがお世話になったようで?」


 短く切り揃えた白髪を右手ですきながら、ペトラは何か含んだように微笑む。

 この場にいる誰よりも背が高いペトラに見下ろされ、舞翔は思わず「ひっ」と肩が跳ねた。


 それを見たカランがずずいとペトラの前に躍り出る。


「失礼だが、どいてもらえるか?」


 しかし相手からの返答は無い。

 不意にジロリと、先ほどから黙っていたソゾンの眼光が舞翔とカランの繋いだ手に注がれた。

 それから酷く冷たい視線で、ソゾンは馬鹿にしたように舞翔を見下ろす。


「ナイトに守られたお姫様が、いったいどれほどやれるのか見ものだな」


 真正面からハッキリと嫌味を放たれ、舞翔の顔が思わずカっと赤くなった。

 反射的にカランに握られた手を放そうとした、のだが。


「何だ、お前は」


 逆に強く握り締められ、舞翔は動揺した。

 カランの声はとても低く、明らかに怒気どきを含んでいたのだ。


「あぁ、誰かと思ったら舞翔に負けたソゾンじゃないか」


 それからソゾンに負けず劣らず、見下みくだした態度でカランは言い放つ。

 舞翔は今すぐに手を放してほしかったし、あおり返さないでほしかったが、とても口を挟める空気ではなく、ただただ縮こまる。

 それでも強く握られたカランの手は心強くもあった。


「おい、貴様」


 びくりと舞翔の肩が跳ねる。

 ソゾンはカランを無視し、舞翔の間近まで歩み寄っていた。

 思ったよりも近い位置にソゾンが立っていて、背の高い彼の顔を見上げながら、舞翔は目が回りそうになる。


「精々リタイアしないよう気を付けることだな」


 ソゾンはそう吐き捨てて、舞翔の横を通り過ぎて行った。

 舞翔は動かない。

 ただじっとして、ほっとしたはずの自分の鼓動が、急に跳ね上がった事にも気付かなかった。


「舞翔!?」


 舞翔は衝動的に走り出し、気付けばソゾンの服のすそを掴んで、振り返った彼のシアン色の瞳を、食い入るように見詰めていた。

 舞翔の瞳の中で、炎が燃えている。


「リタイアなんかしない、絶対に」


 シアン色の瞳の中で、舞翔の瞳に灯った炎が揺らめいている。

 直後確かに、彼の口角が吊り上がったのが分かった。

 そんなソゾンの表情に、舞翔はまるで心臓を鷲掴わしづかみされたように苦しくなる。


「ならば首を洗って待っていろ、空宮舞翔」


 ソゾンはまるで、風に流すようにさらりと言うと、くるり背を向け去って行った。

 舞翔は彼が去った余韻の残る通路を、呆然と見つめながら立ち尽くす。

 

「よく言ったぞ、舞翔!」

「急に走り出すからびっくりしたぜ~」


 そこへカランと武士がやって来て、両脇から舞翔を覗き込んだ。


「! これは」

「し、死んでる?」


 二人は思わず顔を見合わせる。


 舞翔は穏やかに微笑みながら、真っ白に燃え尽きていたのだった。




※・※・※・※




 開会式から一週間。


 小学校も終業式を迎え、夏休みに突入した最初の土曜日、舞翔はチーム控室のモニターで、ヨーロッパVSオセアニアのバトルを観戦していた。


「……なんだか、ソゾンらしくないなぁ」


 それはまるで観客に魅せることを前提にしたようなバトルだった。

 長引いていたバトルだったが、ソゾンの攻撃ラッシュにオセアニアの方はもう限界である。

 そろそろ観客も声援に疲れ、展開に飽きてきたであろう次の瞬間、ソゾンのアイブリードがとどめと謂わんばかりに襲い掛かった。


 舞翔は思わずガタリと立ち上がる。


 勝敗は決した。

 アイブリードの完膚なきまでの勝利。


 ()()()()()オセアニアのドローンが、地面に転がり、スタジアムは歓声に包まれている。


「っ何もあそこまで……!」

「あれがベルガのやり方さ」


 突如聞こえた自分では無い声に驚いて振り返れば、そこには士騎、武士、カランの三人が立っていた。


「舞翔、早いな!」

「レディを待たせるとは、申し訳なかった」


 武士とカランは舞翔の向かいの席に腰を下ろした。

 士騎もまた、舞翔の隣に腰を下ろすと、ライブ映像に映し出された、ヨーロッパチームを神妙な面持おももちで見つめる。


「奴らのスポンサーはこの大会の協賛でもある“ファントム社”だ。彼らの愛機あいきも全てファントム社製。対してオセアニアは“BD社”製の機体を使っている。だから徹底的てっていてきに叩き潰したのさ」

「何だそれは、私怨でもあるのか?」

「まぁ、それもあるだろうが一番は宣伝だろうね」

「せんでん?」


 カランは不快そうに顔を顰め、武士が不思議そうに首をひねった。

 舞翔はと言えば、何かを考え込む様に口元に手を置き、黙り込んでいる。


「バトルドローンの販売シェアは今、圧倒的にBD社の割合が高いんだ。ファントム社製のドローンは何せ高級だからね。対してBD社は子供達の為のドローンを信条にしているから、割かし安価で買うことが出来る」

「印象操作、ですか」

「! 舞翔くん、鋭いね」


 士騎は驚いた顔で舞翔を見た。


 カランは「なるほど!」と得心した様子で、武士は「印象を操ってどうするんだ?」と、難しそうに眉を寄せている。


「さて、ここで問題。BDFのスポンサーは誰でしょうか?」

「あ、それは俺でも分かるぜ! BD社!」

「正解」


 士騎は武士の頭を、まるで犬でも撫でるように乱暴にかき混ぜる。


「“BD社のドローンは弱い、ファントム社のドローンは強くてかっこいい”」

「世界大会でそういう印象を観衆に植え付けようということか」


 士騎の言葉にカランが反応し、憮然とした様子で「そうはさせない」と、モニターの中のソゾンを睨み付けた。


「つまり、君達はBD社の看板も背負ってるってこと。忘れないようにね、舞翔くん」

「うぐっ」


 急に矛先を投げられ、舞翔は喉が詰まったような声を発した。

 社を背負う、その言葉に胃がきりきりする。社会人だった前世の記憶の影響だろうか。


 舞翔はもう一度モニターに映し出された、ヨーロッパチームをじっと見つめる。

 勝利したというのに、ソゾンの表情は凍っているように変わらない。

 

(勝利に奢らない姿がかっこいい、って思っていたけど)


 ベルガのやり方と、ソゾンのやり方は全く違うはずだ。


 それでも従っているのは、孤児である自分たちを例え非道だとしても、唯一拾い上げてくれたベルガに恩を感じているからだろう。

 けれどベルガはそれをも利用している。


「大人って、汚い」


 舞翔は誰にも聞こえないほど、小さな声で呟いた。

 けれどもその呟きを、士騎だけは聞いていて、少しだけ驚いたように舞翔を見やる。

 その横顔は少女とは思えぬ、少しだけ大人びた表情だった。


「さて、明日の初戦! 舞翔くんとカランは初めてのタッグだからな、今から最終調整するか!」

「! やります!」

「それはいい、是非やろう」

「じゃあ俺も手伝うぜ!」


 空気を変えるべく発した士騎の号令に、三人は鼻息も荒く我先にと立ち上がった。

 その年相応に血気盛んな姿に、士騎はどこかホッとしたように微笑を浮かべる。


「君達を見ていると嬉しくなるよ」

「? そんなところで突っ立って何してるんだよ兄ちゃん! 早く!」

「練習場予約してます!? してないなら早くしないと!」

「俺達で先に行ってしまおう」


 ドタバタと控室を後にする三人を追いかけながら、士騎はふいにその表情を翳らせた。


「初戦、我々も何としてでも勝たなければ」


 ぼそりと呟いた士騎の視線の先には、カランが舞翔の手を引いて駆ける姿があった。


「あの二人の関係性が、タッグバトルでどう転ぶのか……いや、信じよう。二人を」


 もう見えなくなりそうな背中を追いかけて、士騎は慌てて「おーい、待ってくれ!」と駆け出した。




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