第118話 『再会BDFチーム! 士騎に疑惑!?』
ソゾンと別れ帰宅し、舞翔はエレキストのボックスの前に座り、悩んでいた。
その掌には鍵が握られている。
「鍵を返してもらうためなら、と思ってたけど」
舞翔は鍵を鍵穴に差し、ボックスを開いた。
そこには舞翔の最高の相棒であるエレキストが静かに眠っている。
「行く言い訳も、与えてくれない、か」
あくまで自分の意志で来いと、ソゾンは言っているのだろう。
と、舞翔はソゾンの“絶対に逃がさない”の言葉がふいにフラッシュバックし、思わず悶絶する。
床に倒れ込み、熱くなった顔を両手で塞ぎながら、舞翔は深く深く溜息を吐いた。
「ソゾンの言う通り、二回勝負して一対一の引き分け状態だから、決着をつけたいって、ソゾンのことだからその言葉通りの意味しかないのはわかってる、わかってるけどっ!」
舞翔は思わず足をばたつかせ、顔面を床に押し付けた。
嬉しい気持ちが全く抑えられそうもない。
一度は諦めようと封じた恋心だったが、推しの怒涛の供給過多に閉じた扉は完全に開き切ってしまった。
起き上がり、舞翔はボックスの中のエレキストをじとりと見やる。
「それって私じゃなくて、エレキストに用があるってことだよね?」
エレキストにまで嫉妬してしまっている、末期である。
舞翔は急に自分が情けなくなって項垂れた。
大好きなバトルドローンにまで嫉妬し始めてはもう手の施しようもないというものだ。
まさかこれほどまでに自分がソゾンを好きになるとは思ってもいなかった。
「行って、決着がつけばソゾンの私への興味もなくなっちゃうよね……だけど」
(この恋を忘れるには、きっとその方がいい)
舞翔は立ち上がった。
まだ日は沈み切っていない、門限の夕刻のチャイムまで時間がある。
「行こう、BDFへ。みんなに謝って、おめでとうって、言うんだ」
舞翔は一度自分を鼓舞するように大きく頷くと、エレキストのボックスを持って家を飛び出した。
「ちょっと目立っちゃったモブとして、ちゃんと責任を取って終わりにするんだ!」
※・※・※・※
週末のバトルに向けて、武士とカランはBDF本部のバトルフィールドで特訓をしていた。
朝からキリルやアレクセイ、ペトラにも協力を受けながらエフォートの対策をあれやこれやと思考錯誤しており、夕方ともなればさすがの二人もお疲れである。
「少し、休憩、しよう」
カランの言葉に武士は「腹減ったぁ!」と叫びながら座り込んだ。
「夕食を取って、再開しよう」
「そうだな。あー! でも、やっぱりバトルは楽しいなぁ!」
いかにも楽しそうに笑顔で言う武士に、カランは「さすがすぎるな」と小さく苦笑しながらうんと体を伸ばす。
「さて、じゃあエントランスへ行くか」
「あ、あの!」
「ん? どうし」
カランは途中まで答えてから、その背後から響いた声が武士のものでは無いと気が付いた。そしてその声が誰の声であるのかも。
「っ、まさか」
カランは信じられない思いでゆっくりと振り返る。
それは武士も同じだったようで、珍しく声も出せずに目を丸くしてその声の主を凝視している。
声の主は、そんな驚いて動きを止めている二人に申し訳なさそうに、けれども少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて「久しぶり、だね」とはにかんだ。
「っ舞翔!」「舞翔!」
ほぼ同時に叫び、二人は舞翔へと駆け寄っていた。
そしてカランと武士がすぐ目の前に来た直後、舞翔は勢いよく頭を下げる。
「二人とも、ごめんなさい!」
そんな舞翔にカランは慌てて頭を上げるように促した。
「謝るのならこちらの方だ!」
「そうだぜ舞翔! 俺の方こそ、本当にごめん」
次に武士が頭を下げて、今度は舞翔が慌てて武士の頭を起こす。
そうしてそこで、三人の目が合った。
刹那誰からともなく全員の顔に笑顔が綻ぶ。
「二人ともっ、遅くなったけど、優勝本当におめでとう!」
満面の笑みで舞翔が言って、直後、舞翔は武士とカラン、二人から思い切り抱き締められていた。
「ありがとう、舞翔」
「舞翔、ありがとな!」
そんな二人を、舞翔も心なしか少し涙目で抱き締め返す。
「あーあー、お熱いこって」
「やっぱり舞翔がいないと駄目アルネ! BDFは!」
「俺達がいるのも忘れないでほしいさね」
「オーノー! さっさと舞翔から離れなよ、汗臭男子ども!」
そして周囲から聞こえて来た声に、舞翔は「ん?」と目を点にする。
それからがばりと武士とカランから離れ声の方を見やれば。
「舞翔さん、会えて嬉しいだぁ」
「おいら、も」
「舞翔!」
ガバリと、いつの間に駆け寄って来ていたのか抱きついて来たのはキリルである。
しかし即座にカランによって引き剥がされ、皆の方へと放り投げられた。
その皆の顔を舞翔は見渡して、驚きながらも瞳を爛々と輝かせる。
「フリオ、エンリケ! ジェシーにマリオン! ルイ、ユウロン、ユルにガンゾリク! アレクセイにキリル! ペトラ、オリバー、モレア、ハッサンとアキームまで!」
そして錚々たる面子の後ろから、おずおずと顔を出した二人組に、舞翔は更に目を見開いた。
「サイモンに、ベンまで!?」
「どーも」
「おヒサしぶり、舞翔」
ベンは目を合わせようとせず、サイモンは少し照れたように笑った。
「体調はもう大丈夫なの!?」
そんな二人に舞翔は何の躊躇いも無く駆けよると、二人の体をじろじろと見回した。
「わ、ワタシはダイジョウブ」
「そんなにジロジロ見て、俺っちに気でもあるのかい? お嬢さん」
頬を赤くして戸惑うサイモンに対し、ベンは意地悪く微笑んだ。
それに舞翔は「元気そうだね!」とベンの腕だけ思い切り叩いてみせる。
「いってぇ! これはこれは、手厳しいねぇ」
「あなたにはこれくらいが丁度良いでしょ」
舞翔はふんと鼻を鳴らしつつ、さりげなくカランの服の裾を掴んだ。
強がっても苦手は苦手なのだろう。
そんな舞翔の代わりに今度はカランがベンをじろりと睨み付け、舞翔を背に隠す。
「警戒しなくったって、別にもう取って喰ったりしませんがねぇ」
「ベン、キミはもう少しジブンのたいどを見なおしたほうがイイ」
「サイモンまで、こりゃ一本取られたねぇ」
頬を膨らまして叱りつけるサイモンに、ベンは眉を下げつつ少しだけ嬉しそうな顔をしていた。
そんな二人の様子に舞翔は心の底から安堵する。
本編とは違う運命を辿ってしまった二人だが、こうしてまた会うことが出来て本当に嬉しかったのだ。
と、不意にサイモンと目が合って舞翔は首を傾げる。
サイモンはにっこりと微笑んで、改めて舞翔の目の前に立った。
「舞翔、トモダチになる、約束。ワタシ、友達たすける、ぜったい」
「!」
「あの時、舞翔がワタシを否定しなかったこと、とてもうれしかった」
サイモンは言って舞翔に手を差し出した。
その手とサイモンの顔を交互に見ながら、舞翔は何故だか泣きそうになって、眉間に皴を寄せながら、それでも無理矢理微笑んだ。
「友達、なってくれるんだね」
「モウ、トモダチ」
「ふふ、そっか」
そして舞翔がサイモンと握手を交わした、直後。
「舞翔くん!」
その声は、エントランスへ続くゲートから響いた。
舞翔は声の方を振り返る。
「士騎監督?」
その場に居て然るべき人だ。舞翔は驚きもせず士騎を見やった。
眉を顰めたのは、士騎がどこか顔色を蒼白させていたからだ。
嬉しそうな、悲しそうな、悔しそうな、よく分からない表情で士騎は舞翔を見ていたのだ。
「へぇ」
不意に誰かが舞翔の前に立った。
照りのあるチョコレート色の肌、ドレッドヘアーを高い位置でひとつにまとめ、目立つ下睫毛に、耳にたくさん付けたピアスが特徴的なその人物――ベンが、まるで舞翔を守るように士騎の前に立ったのだ。
それに続いて、その隣にサイモンが並ぶ。
「ヤッパリ、話してなかったンダネ」
「俺っち達を召集しなかったのは、そう言う理由かい? 士騎監督」
その場に居た全員が驚愕し、士騎を見た。
全員の視線を一斉に浴びた士騎は、それでも怯みもせずベンとサイモンへと真っ向から視線を返す。
「君達を招集しなかったのは傷が理由だ」
「もうすっかり元気ですけどねぇ」
緊迫した空気が士騎とベンの間に流れる。
しかしその空気を割る人物が現れた。ベンと士騎の間にアレクセイが立ったのである。
「君達がまだ万全でないのは本当だよ、士騎監督の判断は監督として至極真っ当なものだ」
「なんだい、ゴマすりかねぇ?」
「けれど、それを分かっていて君達をここへ呼んだのは僕だ」
「! あんただったのかい、ミスターXは」
何とも言えない空気が流れ、その場に居た全員が戸惑う中、アレクセイは然も平然と「続きはエントランスで座ってどうですか? みなさん」と言ってのける。
舞翔はそんなアレクセイに驚きが隠せなかった。
というか、先程からの一連の流れに全くついていけずにいた。
(どういうこと? 士騎監督って何か私に隠してるの? いや、あの人ならあり得るな)
そしてどういう訳か、それをアフリカチームが知っている。
(どうしよう、思ったよりもややこしいかもしれない!?)




