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第115話 『舞翔ピンチ! マカレナと、ソゾン!?』




 綺麗に切り揃えられたおかっぱのシトロングリーンの髪、毒々しく舞翔を見つめる爬虫類のような赤い瞳。


「……マカレナっ」


 舞翔はいやいやながらも振り返った。

 マカレナは正面から照り付ける西日の光にも負けず、舞翔をめつけるようにして立っている。


「あっれぇ、僕、名乗ったっけ?」


 言われ、舞翔はしまったという風に眉間に皺を寄せた。

 表情が強張る。

 最早対峙もはやたいじするだけでも体が勝手に緊張するほど、舞翔はマカレナが苦手になっていた。


「まぁいいや。今日は君に用があったんだよね、よね」


 言いながらマカレナは舞翔に歩み寄ると、一度通り過ぎ、西日を背にして立つ。

 そして何かをつまんだ手を高く掲げた。

 そこには舞翔が探していた、エレキストのBOXの鍵が握られていたのである。


「っそれは!」

「ねぇこれって何の鍵? 家の鍵は首から下げてるやつだよね? これは家の鍵にしては小さすぎるし、でも学校に持っていくほど肌身離さず大切にしてる」


 舞翔は思わず奥歯を噛んだ。

 完全に分かっていて聞いて来ているのだ、この男は。

 本当に良い性格をしている、と舞翔は思う。

 ファントム社の御曹司であるマカレナは、観察眼や感覚が異常に鋭く、快楽主義で我慢をしたことがない。退屈を紛らわすためなら何でもする生粋の愉快犯――ファンブックにもそう記載されていた。

 その通りの行動を、今目の前のこの男は舞翔に対して行っている。


(まさか、私はもうマカレナに目を付けられてる?)


 信じたくは無かったが、ここまで来たら、もうそうとしか思えなかった。


「君ってばずーっと観察してるのに全然バトルしないだろ? おかしいなって思ってたんだよね。辞めた、なーんて言ってたけどさ」


 舞翔の周りをゆっくりと歩きながら、マカレナは鍵を自分の口の上にぶら下げる。


「これって、君の大切なものを入れた箱か引き出しの鍵だろう?」


 そして舌をべろりと出すと、マカレナはまるで鍵を丸呑みにするような動作をしてみせた。


「か、返して!」


 舞翔は思わず鍵を取り返そうと手を伸ばす。

 けれども簡単にかわされてしまい、それどころか舞翔はマカレナに手を掴まれてしまった。

 そして次の瞬間、マカレナの顔が目の前へと迫る。

 ぎょろりと自分を見つめる暗く深い瞳孔に、舞翔は全身が震え上がった。


「予想が正しければ、君の大切なエレキストが入った箱の鍵、かなぁ?」

「っやめて! 返してってば!」


 舞翔は最早意地で、怯んでたまるかと更に鍵に追い縋り、手を伸ばした。

 それが功を奏し、マカレナは鍵を守る為にくるりと態勢を反転させたことで舞翔の手を離した。そのことに舞翔はほっとする。

 しかしその後も何度鍵に手を伸ばしても、その度にマカレナに弄ばれ、舞翔は一向に鍵を取り返せない。

 マカレナは舞翔よりも背が高い。ソゾンと同じくらいだろうか。

 その所為せいで、舞翔の手はマカレナの手にどう頑張っても届かないのである。


「あはっ! こんなに無力な癖にどうしてみんなこんな奴のことを気にするんだ?」


 哀れに跳ねまわり鍵を取り戻そうとする舞翔をマカレナは嘲笑った。


「まぁ、あいつらもお前に負けるくらいじゃ大したことなかったんだな、だな」


 そしてそう言って、そろそろ飽きたし鍵を返してやろうと舞翔を見下ろした、時だった。


「?」


 舞翔の動きが、ぴたりと止まっている。

 そのことを不思議に思い見やれば、直後唐突に舞翔の瞳がマカレナの瞳を捉えた。


「っ!!」


 苛烈なほど、激しい怒りを内包した瞳。

 舞翔は静かにマカレナを睨み付けながら、チリチリと空気が焦げるような怒気を発していた。

 それを見た瞬間、マカレナの体をよく分からない興奮が駆け抜ける。

 それは雷に打たれたような衝撃。

 そう、彼の言葉で言うならば、それは運命だったのである。


「っへぇ?」


 マカレナは初めて頬に冷や汗をかいた。

 同時に全身がぞくぞくと総毛立ち、言い様の無いプレッシャーに胃の内容物が喉元へとせり上がる。


「ははっ、すご」


 それはマカレナにとって初めての感覚だった。

 こんなにも烈火の如き感情を向けられたことが、彼の人生には一度たりともなかった。

 舞翔が向けているのは明確な敵意、そして豪烈な闘争心。

 その感情のトリガーが、いったいどこにあったのかマカレナには理解できない。

 けれどもそれが、今一身いまいっしんに自分に向けられている。

 そう思った瞬間、マカレナはひとつの激しい衝動に襲われた。


「っいいなぁ、君。欲しいなぁ!」

「!?」


 マカレナの目の色が文字通り、変わった。

 捕食者の目。

 舞翔の本能がそれを悟り、どこからか激しい警鐘が脳内に鳴り響く。

 長い手が蛇のようにマカレナから伸びてきて、それにびくりと舞翔は体が震え、一歩後退った。

 怖い、のに、目が離せない。

 西日で影となったマカレナのシルエットに、瞳だけがぽっかりと浮かび、舞翔を見ている。

 その瞳が、にっこりと細く線を引いた。


「これ、返してほしかったら今週末にエフォート日本支部に来てよ。そしたら返してあげるからさぁ」

「っ」


 舞翔は喉が引き攣り、悲鳴も出なかった。

 マカレナの手は尚も追うように舞翔の頬に伸びて来て、もう僅かで触れる距離まで近付いていた。

 思わず舞翔は両目を強く強く瞑る。


「あっれぇ」


 けれども手は、頬には触れなかった。

 代わりに聞こえて来た間の抜けた声。

 恐る恐る目を開けた舞翔の視界に、誰かの手がマカレナの手を強く掴んでいる光景が飛び込む。

 その手は、舞翔の背後から伸びていた。


「なーに、そんな怖い顔しちゃってさ」


 マカレナは少し不機嫌そうに言いながら自分を掴んでいた手を振り払った。

 そして舞翔を飛び越えて、その後ろに立つ人物へと視線を移す。

 舞翔はすぐ背後に感じるその存在に、心臓がひとりでに高鳴り出すのを感じた。


「時間だ。戻るぞ」


 直後、背後から聞こえたその特徴的な少し高い声。

 舞翔の両肩はその声に反応して驚くほどに跳ね上がる。

 もう分かっていた。

 自分の後ろに立っていたのが、誰なのか。


「はいはい、分かったよ。ソゾン」


 マカレナは、恐らくわざとその名を呼んだ。

 呼びながら、彼の視線は舞翔に向いていたのだから。

 舞翔は振り向くことが出来なかった。

 ただ気付けば身を縮こまらせて、何かを耐えるように自分の手で自分の手を握り締める。

 そうしている内に、背後にあった気配はいともあっさりと消えてしまった。

 マカレナもまた、舞翔の背後へと歩き去る。

 心臓の音がドキドキとうるさかった。

 舞翔は足が震えて動けない。

 けれども、今振り返らなければ――!

 意を決して舞翔は振り返った。

 本当は会いたかった、本当は決勝戦、本気でバトルがしたかった。

 約束を守れなくてごめんなさい、それでも今でも。


「ソゾンッ!」

(私は今でも、あなたのことが)


 振り返ったそこには、もう誰も居なかった。


「っ」


 舞翔は俯く。

 太陽はいよいよ沈み、眩しかった西日も穏やかな橙の光に変わっていく。

 そんな暮れなずむ街で、舞翔の影だけがぽつりとひとつ、残っていた。


「やっぱり、もう、私のことなんて」


 目を合わせることも、それどころか、その姿を見ることも出来なかった。

 まるで舞翔の存在など眼中には無いように、ソゾンは舞翔を無視してマカレナと共に去って行ってしまった。

 それが、今この場に残された、舞翔にとってのたったひとつの真実だった。



ついに、ソゾンが、来ましたが!!!

こういうすれ違い?いるけど見れない、みたいなのが、好きです。

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