第114話 『すれ違い、狂ったシナリオ』
「なっ、なんで、私?」
舞翔は思わず立ち上がり、ふらりよろめくほどにうろたえていた。
「そ、そんな訳ない!」
そして強く言い放つ。
けれどもそんな舞翔の言葉にキリルは困ったように眉を下げ、ペトラは少し呆れたように眉間に皴を寄せ、目を眇めた。
「そうか?」
「そうだよ! だって、だって私はソゾンに負けてるし、ソゾンは私の事っ」
キリルとペトラの視線が集まり、舞翔は少しだけ言いにくそうに口籠った。
そして、ぽそりと。
「き、嫌いだと、思うから」
自分で言っていて悲しくなってしまった。
言ってすぐに俯いて、舞翔は二人の反応を待つ。
しかし何時まで経っても返って来ない反応に舞翔は恐る恐る顔を上げた。
そして驚愕する。
ペトラとキリルは、本当に目を点にして驚いていたのである。
「へ? へ?」
「おっっっ前、嘘だろ!?」
まず叫んだのはペトラだった。
ガシリと両肩を掴まれて、舞翔は目を丸くする。
「舞翔、それは無いと思うな」
次にいつの間にか立ち上がっていたキリルにも背後から肩を叩かれて、舞翔は混乱する。
けれどもはたと思い至った。
「確かに、ソゾンに嫌われるほどの興味も持たれてない、よね」
「は?」「え、舞翔?」
自意識過剰で恥ずかしい、などとはにかむ舞翔にペトラとキリルは更に唖然とした。
「お前、それすげぇ勘違……」
「私はもうバトルドローンはやめちゃったから、手伝えることは少ないと思うけど……何か出来ることがあれば何でもするから、いつでも言ってほしいな」
けれども、ペトラが言いかけた言葉は次に舞翔から飛び出した言葉で掻き消された。
バトルドローンを辞めた、舞翔のその一言にキリルとペトラの表情が一変する。
「辞めた!?」
「ど、どうして、舞翔?」
二人同時に詰め寄られ、舞翔はたじたじとする。
「わ、私もそろそろ中学に上がるしさ。それなのに全然勉強できなくて、お母さんにすごい叱られちゃって! だから、バトルドローンはやめてちゃんとしなきゃって思って」
まるで言い訳でもするような早口だった。
言い終わって、舞翔は二人の様子をチラリと見やる。
ペトラも、キリルも、無言だった。
けれども二人とも眉間に皺が寄り、険しい表情を浮かべている。
誰も話さず、気まずい雰囲気が漂い始め、思わず舞翔の胃がきりきりなりそうになった時。
「お前さ」
意外にもペトラが口を開いた。
「それ、マジで言ってんの?」
「え?」
プラム色の目が、初めて真っ直ぐに舞翔の茶色い瞳を捉えた。
その真正面からの真剣な視線に、舞翔は内心でドクリと心臓が高鳴る。
「だから……あぁくそ! 納得してやめた奴の顔じゃねぇだろ、それ!」
直後ペトラは言いながら自身の頭を乱暴に掻きむしった。
舞翔は口角だけは上げてへらへらとしているのに、その眉尻は情けなく垂れ下がり、今にも泣きそうな顔をしていたのである。
「舞翔」
キリルの声が聞こえて、同時に手をそっと取られる。
少し大きなキリルの手のひらは、まるで慰めるように舞翔の手を優しく包み込んだ。
「すごく、泣きそうな顔してる」
優しく穏やかなキリルの声は、悲し気な瞳で、舞翔にそう告げた。
「え?」
けれども舞翔はただ彼等の反応に当惑する。
そんな筈はない。
やめるといってもずっとではないし、本編が終わるまでの間、一時的にやめたことにしているだけだ。
何も悲しいことではないし、自分でも納得して決めたことで、そこに後悔も悲しみもありはしない。
だから、泣きそうな顔なんて、しているはずがないのだ。
「何言ってるの、二人とも! そんな訳ないよ」
だから次の瞬間には、舞翔は明るく笑っていた。
キリルから逃げるように手を放して、背を向ける。
「そ、そろそろ私帰らないと! お母さんが心配するから」
それからわざとらしい明るい声でそう言うと、舞翔は二人をくるりと振り返った。
キリルとペトラは、どこか納得いかなそうな顔で舞翔を見ている。
気まずい。
その気まずさに、思わず舞翔は俯いて押し黙る。
しかし今度は沈黙は長くは続かなかった。
「舞翔、今オレたちはBDFの本部でお世話になってるんだ。しばらくは日本にいるから、また会えると嬉しいな」
パっと空気を切り替えるように、いつも通りの調子でキリルが言った。
そのことに舞翔はほっとしつつも、BDFの名前に武士やカランの事を思い出し、微かに表情を暗くする。
「BDF……」
そのうじうじとした態度に苛ついたのはペトラである。
「武士やカランも居るぜ。何で顔出さないんだ?」
「ペトラ!」
少しつんけんどんな言い方をしたペトラをキリルが責めるように睨む。
けれどもペトラは黙る事無く、意地の悪い笑顔を浮かべて言葉を続けた。
「いいだろ、減るもんじゃねぇし聞くくらい。で、どうなんだ?」
舞翔は言葉に詰まる。ペトラの視線から逃げるように顔を背ければ、舌打ちが聞こえて来た。ペトラがわざと聞こえるように打ったのである。
直後、ペトラはキリルに思い切り頭を殴られた。
「いってぇな!」
「舞翔、こいつの言うことは気にしなくていいからね!」
キリルはいつも通りに笑ってくれていた。
気を遣わせている、その事に舞翔は罪悪感を覚え申し訳なさそうに眉を下げる。
けれどもそんな舞翔に、キリルは再度優しく微笑んだ。
「キリル……」
「もし良ければ、また会いに来て良いかな? オレが舞翔に会いたいんだ」
「それは、もちろん!」
二つ返事で舞翔は答えた。
それにキリルは満足そうにすると、舞翔にくるりと背を向ける。
「ありがとう、また来るね! 舞翔」
そしてキリルは手を振って去って行った。渋るペトラを無理矢理に引っ張りながら。
そんな二人の背が見えなくなった頃。
「ソゾン……」
舞翔はぽつり、零すように呟いた。
ソゾンがエフォートに残った、それを聞かされてから、舞翔の頭はそのことでいっぱいになってしまっていた。
だって、そんな筈はない。
世界大会の決勝戦は、本編の通りに武士とソゾンがバトルをしたはずだ。
そこでソゾンは武士に感化され、エフォートを抜け、第二部では味方としてキーパーソンの役割を果たすはずなのに。
「っどうして?」
物語は、正しく戻ったはずだった。
――それなのに。
辺りはすっかり日が暮れて、西からの光は長く長く影を伸ばす。
その後ろに伸びる舞翔の影を、不意に誰かがじゃらりと踏みしめた。
「あっれぇ」
背後から響いたその声に、舞翔の総身が震える。
声だけで、分かる。
「さっきのって世界大会に出てたヨーロッパとロシアの代表だよね? よね?」
振り返ったそこに、マカレナは立っていた。




