表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

110/145

第110話 『言えない言葉、すれ違い』




 始業式の次の日、舞翔はランドセルの肩ひもを握り締めながら通学路を登校していた。


(今日こそ言う、武士に、おめでとうって)


 昨日から一晩、舞翔はずっと悩んでいた。

 武士におめでとうと言ってあげられなかったこと、逃げてしまったこと。


 怪我をさせて、世界大会出場を奪って、そして怪我が治ったら今度は決勝を押し付けて、酷い別れ方をして、再会したらあの態度。


 自分でも最低だということは重々分かっていた。


 落ち込んで、凹み過ぎて、昨日は三都子に「あんた、体からきのこえるわよ?」などと吐き捨てられてしまった。


 だから誓ったのだ。


 せめて謝っておめでとうを伝えようと。


 教室が近づく。

 舞翔は一度立ち止まり、大きく深呼吸をして、そして教室の扉に手を掛けた。


「武士!」


 ガラリと扉を開ける。


「? 浦風くんならいつも通りまだ来てないよ?」


 しかし教室に武士の姿は無かった。

 そのことに拍子抜けして、舞翔のランドセルの肩ひもがズルリと下がる。


 しかしすぐに気を取り直すと、舞翔は席に着いて武士の登校をドキドキしながら待った。


 予鈴が鳴る。

 そして、本鈴が鳴った。


「みなさん、おはようございます」


 担任が教室へとやって来て、朝の読書の時間が始まる。


(……え?)


 武士は、来ない。

 その後いつも通りに授業を受けて、給食を食べ、掃除をし、帰りの会もして、放課後。

 舞翔は皆が帰宅するべく元気に教室を出て行く中、呆然と机に座っていた。


「うそ、でしょ?」


 結局、武士は一日学校に来ることは無かった。

 舞翔は立ち上がると、まだ教室に残っていた担任の高橋先生のもとへ勢い良く駆け寄る。


「高橋先生!」

「うわ、なんですか? 空宮さん」

「たけっ、浦風くんはどうしたんですか!?」

「え? あぁ、浦風くんですか」


 舞翔の鬼気迫る表情に高橋先生は思わずたじたじとしていたが、要件を聞くと何か納得したようで穏やかに微笑んだ。


「彼はテレビの取材やバトルドローン関連のあれこれでしばらくは忙しくなるみたいですよ」

「だ、だけど昨日は」

「昨日も朝だけ来て、すぐに帰りましたよ。そう言えば少し残念そうな顔をしていましたね。そうそう、空宮さん」


 高橋先生は何やらにっこりと微笑んでいる。

 突然の満面の笑みに、舞翔は何か嫌な予感がして顔を顰めた。


「このプリント、先生浦風くんに渡し忘れてしまったんです。届けに行ってくれますね?」


 有無も言わさぬ語尾である。


「はい、喜んで」


 舞翔はその笑顔の圧に何も言い返すことが出来ず、全面降伏でプリントを預かった。


 とぼとぼと家路に着きながら、舞翔は死ぬほど悩んだ。

 プリントを届けに行こうか行くまいか。


 ちらりと見てみると、二学期の予定が書かれたプリントである。

 これは家の人も無いと困るだろうな、そう思うと届けに行くという選択肢しかない。


 しかし、しかしだ。


(気まずいよ! いや、でもこれはチャンス)


 プリントを渡すついでに謝って、おめでとうを言えば良いのだ。

 舞翔はまたしても怖気づいている自分に気付くと、心に喝を入れ顔を上げた。


「行こう、スーパー浦風に!」




※・※・※・※




「ごめんなさいね、武士は今BDF本部にいるのよ」

「あ、大丈夫ですプリント渡すだけなので!」


 スーパー浦風に隣接した武士の自宅。

 チャイムを押して出て来てくれた武士の母と会話を交わし、舞翔はプリントを渡すと逃げるように踵を返した。


(いなかった)


 そして、がくりと肩を落とす。

 この後わざわざBDF本部に顔を出す?

 まさかそんなこと出来る訳が無い、と舞翔の表情はくちゃりと潰れる。


 仕方なく家へと帰った舞翔は三都子に帰りが遅いと怒られて、罰としておつかいに行くよう仰せつかった。


「なんか、朝から散々では?」


 先ほど帰って来た道を再び逆戻りである。

 スーパー浦風に着き、買い物かごを取ろうとした瞬間。

 二階のバトルドローンフィールドから賑やかな声がして、舞翔はかごを取るのをやめた。


(まさか)


 その騒がしさに舞翔は気付けば走り出していた。

 階段を駆け上がる。

 もしかしたら、武士がいるかもしれない。

 しかし。


「っ!?」


 そこに武士はいなかった。

 そして、その代わりに。


「わぁ、君は!」


 マカレナが、居た。

 シトロングリーンの髪、赤い瞳。周囲の人間とは一線を画したその容姿は、日常の光景の中で余りにも悪目立ちしている。


「あー! 待って待って!」


 目が合って、逃げようとした舞翔をマカレナは慌てたように呼び止めた。


「また会ったネ、お嬢さん」


 バトルしていた相手を放り出し舞翔のもとへとやって来たマカレナは、流れるような動作で許可も無く舞翔の手を握った。

 その馴れ馴れしい行動に舞翔は思わず渋面を浮かべる。


 あれよあれよの内にがっちりと手を掴まれ、ちゃっかり逃げられなくされてしまった。


(マカレナは、強引で、策士で、この世界で思い通りにならないことは無いと本気で思ってる)


 だからこそ、舞翔はずっと“マカレナ”が苦手だった。

 前世からずっと。


「君、空宮舞翔ちゃん、だよね? よね? 世界大会見てたよ、僕ファンなんだ~!」


 笑顔で声を弾ませるマカレナだが、その癖その視線は舞翔を値踏みするようにじっとりと動く。

 手は離して欲しくて振り払おうとするのに.びくともしない。

 分かっていて離さないのだ、この男は。

 そういう、嫌な奴なのだ。


「っ、ありがとうございます。私、用事があるので失礼しますね」


 それでも舞翔は波風を立てないよう作り笑顔でそう言うと、渾身の力で手を振り切ってぺこりと頭を下げた。

 何か言われる前に立ち去るのが賢明だ。


「へぇー、日本の鍵ってこんな感じ?」

「!?」


 しかし、それは叶わなかった。

 いつの間にくすねられていたのか、首から下げていたはずの舞翔の家の鍵をくるくると指で回しながら、マカレナは勝ち誇った笑みでにっこりと舞翔を見ていたのである。


「なっ、何で!」

「返して欲しい? じゃあさ、僕と勝負しよ、しよ」


 満面の笑みだ。

 人を見下したような、小馬鹿にしたような、そういう笑顔。

 わざとではない、彼は常にそうなのだ。


 恵まれた家に生まれ、恵まれた家庭で育ち、恵まれた才能を持ち、何もかもに恵まれた天才。


 だからこそ、踏みにじることに躊躇が無い。


「せっかくだけど、私はもうバトルドローンは辞めたので」


 舞翔はその視線から逃れるように俯き、目を逸らした。

 いつの間にか握り締めていた拳に力が入る。

 一刻も早くここから立ち去りたい。


「ふーん、そっか。なら仕方ないね」


 マカレナは頷くと、思いの外あっさりと鍵を返してくれた。そのことに舞翔が唖然としていると「どうしたの? 早く帰ったら?」と澄まし顔で言ってのける。


「っっさようなら!」


 人を怒らせる天才である。

 舞翔は思わず声を荒げて言い捨てると、ばたばたと音を立てて走り去って行った。


 その後ろ姿を目を細めて眺めながら、マカレナはにやりと口角を上げる。


「急に決勝でいなくなったと思ったら、やっぱり訳ありかぁ」


 言いながら、マカレナは広げた掌に視線を移す。

 そこには先程の舞翔の家の鍵とは別の、小さな鍵が乗っていた。


「ポケットにあったこれ、何の鍵かな、かな」


 満足そうに、マカレナは笑う。


「また会えそうだね、舞翔ちゃん」

「おい」


 と、そこへ。

 周囲に居た子供たちからざわめきが起きる。

 その喧騒の中を堂々と歩き、その人物はマカレナの下へとやって来た。

 ラズベリーレッドの髪に、鋭いシアン色の瞳。


「やぁ、ソゾン」

「ベルガ様が呼んでいる、戻るぞ」

「あ~、はいはい。つまんなーい」


 マカレナはいかにも不服そうに唇を尖らせてみせた。


 しかしそれに一切の反応も見せず、ソゾンはくるりとマカレナに背を向け歩き出す。


 その視線は微かに舞翔が去った方角を見つめていたが、すぐに逸らされた為、誰にも気づかれることはなかった。


2025\5/6〜8で、第一章の大幅改稿をいたしました。

出てくる情報は変わらず、再構成再演出したものになりますので、

すでにお読みいただいていた皆様には、読み返す必要はございません。

(が、もし良くなった悪くなった等感想あればおしえてください!)

新規の方により読みやすくしたつもりです。


今後とも、完結までお付き合い頂けたら嬉しいです!

どうぞよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ