第11話 『開幕! 世界大会』
「ひ、ひぃぃ」
BDスタジアム。
壮観なほど巨大なドームを目の前に、舞翔は完全に怯え切っていた。
今日この場所で、世界大会開会式が行われる。
「はいはい、こんな所で突っ立ってたら邪魔になるぞ。入った入った」
「ぎゃああ! 背中を押さないでぇ!」
士騎がもう慣れた事のように、舞翔の背中を笑顔で押す。
カランと武士は、既に自分たちの控室に向かって、遥か前方を歩いていた。
しかし舞翔の緊張の原因は、大舞台でも世界大会そのものでもない。
(武士の代理で世界大会出場って、それって私が主人公をやらなきゃいけないってこと!?)
アニメ本編そのものが、消滅する事は避けられた。
しかし今度は、闘えなくなった主人公の代わりに、ただのモブでしかない舞翔が、バトルをしなければならないのである。
(これってアニメとして成立するの!? いや、でも考え方を変えれば誰よりも間近でアニメ本編が見れる上に、体験まで出来ちゃう訳だけど……ハ! そう考えると本編というより、プレイヤーが主人公になるアニメファン必携ゲーム版『烈風飛電バトルドローン~君とテイクオフ~』に近いのでは?)
士騎に相変わらず背中を押されながら、舞翔は百面相している。
そしていつの間にやら、ドーム内の選手用エントランスに辿り着いていた、その時だった。
「おやおや、これはこれは!」
良く響く低音ボイスで現れた人物に、舞翔は驚きで目を見開いた。
威圧感のある長身と、長い手足。
彫りの深いハッキリとした目鼻立ちと、その中でも大きめな鼻。
(こ、これは!)
ベルガ・スミス。
ヨーロッパチームの監督にして、ご存知舞翔の推しであるソゾンが所属する、バトルドローンのエリート施設『エフォート』の最高指揮官。
そして何といっても、アニメでの悪役総大将である!
ファンブックによれば、この男は“昔はBDFに在籍していたが、仲違いがあり離反に至った。士騎とは因縁の仲である”らしい。
舞翔には見える、二人の間にバチバチに火花が飛び散っているのが。
そんな二人に挟まれて、何故悲鳴を上げずにいられるだろう。
実際、舞翔の口からはすり鉢で粉でも引くような悲鳴が漏れていた。
「こんなところで奇遇ですねぇ」
鉛色の髪に不気味な白濁色をした瞳を細め、ベルガはにっこりと微笑んだ。
「BDF監督の浦風殿では無いですか。大会前にお会いできて光栄ですなぁ」
「……あぁ、ヨーロッパチームのベルガ監督ではないですか。丁寧にどうも」
目の前に現れた人物にも驚いたが、舞翔は自分の背後から聞こえて来た、いつもより一段も二段も低い士騎の声色に、思わず勢いよく振り返ってしまった。
士騎は目元に影を作りながら、いかにもな作り笑顔を浮かべている。
恐怖でしおしおになった舞翔に、突如としてベルガが目線を向けた。
何やら値踏みするように見て来るベルガに、舞翔は思わず士騎の後ろに隠れる。
「あぁ、怯えさせてしまったかな」
ベルガは微笑んだ。
「ひっ」
「ぐえっ」
その余りの胡散臭さに、舞翔は士騎の服の裾を思い切り握り締める。
急に首元が締まった士騎は、苦しそうである。
「うちのソゾンが大会前に大変お世話になったようで」
あくまで紳士的に、穏やかな声でベルガは言った。
けれど目は笑っていない。
その視線は冷たく、それでいてどこか、獲物を狙う蛇のような粘着も感じられる。
舞翔は全身が粟立った。
それから投げかけられた言葉に、ハっとする。
この男は、何故舞翔がソゾンとバトルした相手だと知っている?
舞翔は気付けば、士騎の服を更に強く強く、握り締めていた。
「……忙しいので、用が無いのならばこれで失礼します」
すると、士騎がぱっと笑顔を浮かべながらも、まるで釘を刺すようにベルガを睨み付けると、舞翔の手を引いて歩き出した。
「あぁ、これは失礼。ではまた開会式で」
ベルガは、相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべながら、あっさり引き下がった。
けれども、舞翔と士騎の背中が見えなくなるかならないか、というくらいに。
「めでたい奴め、バトルドローン発祥にあぐらをかいていられるのも、今のうちだ」
そう言って、怪しく目を細めた。
と、すぐ傍に会った扉が不意にガチャリと開いた。
その中からソゾンが無表情で現れる。
「ソゾンか。なんだ?」
「……いえ」
けれどもソゾンは、無言のまま舞翔が去った方へと視線を向けた。
それに気付いたベルガの眉間に皺が寄る。
「ソゾン、お前は二度と負けることは許さん。勝つことだけを考えろ、いいな」
威圧感のある声。
ソゾンはけれど、臆することなくシアン色の瞳を閃かせ、ベルガを見返した。
「無論です」
「……うむ。それでこそ我がエフォート不動のトップだ。甘い考えは捨てろ、いいな」
ソゾンは一度頭を下げると、部屋へと戻って行った。
その後ろ姿を見送ってから、ベルガは静かに瞳を細める。
「だが、士騎の奴め……自分の弟のみならず、まさか新たに“適用者”を見つけて来るとは。いや、まだ確定はしていない、注意深く探らなければ。だがもし適用者だったなら」
ベルガの口角が不気味に上がる。
「あの少女、必ず我が物にしてみせる」
※・※・※・※
「どうやら、ソゾンがスーパー浦風に来たのは、ベルガの差し金だったようだね」
控室へ到着する直前、前を向いて歩きながら士騎は言った。
「差し金、ですか?」
「恐らくゲイラードのデータでも取りに来たんだろう。映像か何かも撮っていたのかもしれない。だから舞翔くんの事が分かったんだろう」
「あ」
ソゾンが映像を記録していた、ということか。
それならばベルガが舞翔を知っている事も頷ける。
「でも、どうして今更ゲイラードのデータを? 武士は散々予選とかでも闘ってるんですよね? その映像を見れば、データなんていくらでも取れそうですけど」
「……」
舞翔はただ、素朴な疑問を投げかけただけだった。
けれども直後、士騎は何かを考え込むように黙り込んでしまう。
「監督?」
舞翔は訝しめに士騎の顔を覗き込んだ。
「あぁ、すまんすまん!」
すると士騎は、急に明るい声でいつも通りの笑顔を浮かべる。
「奴等はこの大会で絶対に勝利するつもりでいる。直前まで最新のデータを集めようとするのも勝利への執念かもしれないね」
そうだろうか、と舞翔は思った。
けれどもそこで控室に到着したことで、この話はうやむやになってしまったのだった。
※・※・※・※
開会式は実に華やかに行われた。
大会DJが上手く会場を盛り上げ、集まった観衆の熱狂が頂点に達する頃。
「それじゃあお待ちかね! 選手入場だ!」
開会式一番の大歓声が、会場を埋め尽くした。
「やっぱり帰る!」
「ほら、もう次だぞ舞翔」
最後の悪あがきに、再度逃げ帰ろうとした舞翔だったが、カランにがっしりと手を掴まれ、叶わなかった。
そうこうしている内に気付けばその場には、BDFチームしか残っていない。
もしかしてもしかしなくても、もしやBDFチームは大トリの入場なのでは?
舞翔が気付いた時には、もう遅い。
「そして最後、この大会の主催であるBDFチームこと、日本代表の入場だぁー!」
会場で割れんばかりの歓呼が響いている。
少しだけ暗い通路を、カランに手を引かれ、士騎に肩を押され、舞翔は半強制的に進んで行く。
そして眩い光を潜ったその先に。
見たことも無い大観衆と、会場を照らすスポットライト、その中心に。
「っ!」
アニメで何度も何度も見た、世界大会出場選手オールスターが立ち並んでいた。
チーム南アメリカ、アジア、アメリカ、中央アジア、ロシア、オセアニア、中東、アフリカ、そして――ヨーロッパ。
直後、突き刺さるような視線を感じ、舞翔は驚愕した。
ソゾンの瞳が真っ直ぐに、舞翔の方を向いていたのである。
舞翔は思わず目を逸らした。
「え? 夢?」
混乱しながら、舞翔は恐る恐る顔を上げ、ソゾンの方をこっそりと確認する。
「!!」
けれども今度は完全に目が合ってしまった。
舞翔は顔が燃えるように熱くなるのを感じて、思い切り勢いをつけて俯く。
(み、みみみみみ見てる!?)
勘違いでなければ、これが夢で無ければ、激しい思い込みで無ければ、ソゾンは確かに舞翔を見ていた。
何故モブの私なんかを、と舞翔は最早パニックである。
しかし、カランに手を引かれていたおかげで、気付けば無事、BDFチーム所定の位置に辿り着くことが出来ていた。
そこはドームのど真ん中。
「これから世界各地を回りながら、リーグ形式で試合を行っていくぞ! 勝ち点上位4チームが決勝トーナメントに出場だ!」
横並びになったおかげでソゾンの視線からは逃れた舞翔は、ほっとしてからカランと武士の背後に、なるべく目立たないように立った。
そこからこっそり、堂々と立っているソゾンの後ろ姿を盗み見る。
(やっぱり、かっこいいな)
真っ直ぐ伸びた姿勢の良い背筋に、少し開かれて立つ足は、まさに威風堂々《いふうどうどう》といった風で、立ち姿すら絵になっている。
「そして急遽だが、日本チームは事前公表から選手が変更となっているので、ここで紹介するぞ!」
ここまで来たら味わい尽くすしかないと、推しの後ろ姿を堪能していた舞翔だったが。
ーーパッ。
突如としてスポットライトに照らし出され、思わず息が止まった。
「SNSでも話題になった、ソゾン選手に勝利した謎のドローンバトラーこと、BDF代表新メンバー! 空宮舞翔選手だー!」
DJが叫んだ瞬間、観衆だけではない、全チームの視線が一斉に舞翔へと集中した。
舞翔は硬直する。
そして、何故DJがその事を知っているのか、と振り返れば、士騎がにっこりと微笑んでいた。
絶対にこの男が、情報を流したに違いない。
「恥ずかしすぎるんですけどっ!」
「まぁまぁ、いいじゃないか」
半泣きで理不尽に震えていた舞翔だったが、不意に気が付く。
ソゾンの顔が見えない。
皆が舞翔の方を向いている中で、たった一人。
ソゾンは舞翔の方を、振り向くこと無く立っていた。
(あ、やっぱり私じゃなくて、さっきのは武士を見てたんだ)
何故だかそのことにツキリと胸が痛んで、舞翔は首を傾げた。
当たり前なことに気付いただけじゃないか、全くとんでもない勘違いをして、なんて恥ずかしい。
そんなことばかり考えていたからか、舞翔は以降の式典については上手く頭に入って来なかった。
※・※・※・※
皆が舞翔に注目する中、ソゾンは顔色一つ変えず敢えて無視をした。
彼女が勝利した相手はソゾンであり、彼女の注目は自分の敗北と表裏一体だったからだ。
(面白くない)
ソゾンは舌打ちをする。
不意打ちとは言え無名だった舞翔に負けたことは、屈辱でしかなかった。
「負けるものか、二度と」
ソゾンは呟き、拳を強く握り締める。
その脳裏には、バトルドローンが楽しいと笑う、あの日の舞翔が張り付いていた。
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※2025/5/8 改稿




