第107話 『舞翔の決断! さらば世界大会』
舞翔はレストランで皆と夕食を取った後、ホテルの部屋へ戻りベッドでうつ伏せに寝転がっていた。
武士もカランも、そして士騎も怖いほどにいつも通りだった。
カランは食後にいつも通り紅茶をたしなんでいたし、武士はお肉を満腹になるまで食べた。士騎はさりげなくサラダのきゅうりを避けていたし、舞翔は出された物は苦手な物でも残さず全部食べた。
いつも通りの光景に、いつも通りの会話。
けれども部屋に戻って来た舞翔は、ベッドに飛び込むようにしてうつ伏せになると、そのまま動けなくなってしまったのだった。
「駄目だなぁ、私」
舞翔の脳裏には怪我の治った武士の腕がずっと焼き付いて離れない。
あの日、彼の代わりに世界大会に出ると決めたあの時。
武士の怪我が治ったら潔く引こうと、そう誓ったはずだった。
行く先々で武士がドローンバトルに目を輝かせるたびに胸が痛んで、役目が終わったならば気持ちよく去るのだと、そう言い聞かせてきた、つもりだった。
それなのに、いざそうなった今、舞翔にはそれが出来ない。出来なかった。
“決勝で、待っている”
不意にソゾンの言葉が蘇り、舞翔は胸を掻きむしられたように苦しくなって、思わず体を丸める。
あの時のソゾンの瞳も、表情も、掴まれた腕の感触も、息遣いまで覚えている。
嬉しくなかった訳が無い。
初めて認められた気がしたのだ。
今のソゾンと闘いたい、本気でバトルがしたい。
そうしたならば、もしかしたら、もしかしたら。
「はは、私って、本当駄目だなぁ」
うつ伏せて、布団に埋もれた表情は見えない。
けれども鼻水を啜る音がして、顔を上げた舞翔は眉を顰めながらもどこか皮肉に口角を上げていた。
立って、洗面所へと移動する。
鏡の中の舞翔は、情けない顔をしていた。
けれども目や目元は赤くなっていない。
だから目を閉じて、息をゆっくり吸って、吐いて、そして目を開けた。
鏡の中の自分は、いつも通りの笑顔を浮かべている。
「よし」
そうだ、初めから決めていたじゃないか。
これはきっと『烈風飛電バトルドローン』の神様の思し召しに違いない。
異物は去れ、主人公は戻って来た。
決勝に出るのは主人公でなければならない。
そしてこの物語の主人公はただ一人。
“浦風武士”なのだから。
「よし、行こう」
今日の部屋割りは舞翔が一部屋、武士とカランで一部屋、そして士騎が一部屋。
もしかしたらこうなることを分かっていて、士騎は一人部屋になったのかもしれない。
舞翔は部屋を出ると、隣の部屋を控えめにノックした。
すると来るのが分かっていたかのように比較的すぐに扉が開いた。
「監督、話があります」
「……あぁ、俺もだよ。一緒にロビーへ行こうか」
士騎はやはり神妙な面持ちで静かに頷き、歩き出した。
※・※・※・※
次の日、舞翔は飛行機の窓側の席に座り、目の前のテレビ画面をどこかぼうっと見つめていた。
画面の中ではバトルドローン世界大会、ヨーロッパ対ロシアのバトルが映し出されている。
まさに激戦で、決勝と見紛うほどの内容だった。
その末にヨーロッパが勝利したところで、舞翔はリモコンでテレビを消し、ブランケットを肩まで掛け直す。
寝る態勢に入り、ぼんやりと窓の外を見た。
空の上、見えるのは飛行機の翼と白い雲。
「これで、良かったんだ」
(良かったんだよ、ね)
誰にも聞こえない程の小さな声で呟いて、舞翔は静かに目を閉じる。
暗闇に、シアン色の瞳が浮かんだ。
そしてみるみるうちにあの時のソゾンが形作られる。
記憶の中で彼は舞翔に呼びかける。
“決勝で、待っている”――と。
「っ」
ソゾンが好きだ。
舞翔はそのことをもうどうしようもないほどに自覚してしまった。
気持ちが止められない、押さえられない。
だからこそ、舞翔は離れることを選んだ。
(これはきっと、神様からの罰だ。こんなモブがこの物語の主人公を怪我させて、そのポジションを奪って、物語をこんなにもかき乱して)
「きっと離れれば、この気持ちも無くなるよね」
近寄り過ぎて、そばに居すぎて、勘違いをしてしまった。
もともと遠い存在だったのに、こんな風に好きになって良い訳がないのに。
自分が愚かすぎて嫌になる。
だから今は、胸の痛みを舞翔は受け入れることにした。
失恋の苦しみは甘んじて受けよう。
それにやがて、物語も元通りになるはずだ。
「あそこは武士の場所だもの。武士なら、絶対になんとかしてくれる」
(だって武士は、主人公なんだから)
もう瞑っているのに、舞翔は更に強く目を瞑る。
油断をすると後悔や反省が波のように押し寄せて、どうにかなってしまいそうだった。
(あぁでも、もう少しマシな別れ方を、すれば良かったなぁ)
もうどうしようもないけれど、と心で呟き、舞翔はとにかく寝てしまおうとタオルケットを頭まで被った。
第一幕が終わり、次からは第二幕です!!
どうぞご期待ください!まだまだ、終わりません!
そしてここまで読んでくださっている読者様に心からの感謝を……まだまだお付き合い頂けたら嬉しいです。




