第105話 『波乱!? 帰って来た武士』
今まで見たことが無いカランの照れた顔と、少し濡れそぼったような瞳に、舞翔の心臓がいっきに跳ね上がった。
同時にバトル前の約束を思い出し、舞翔の顔も一瞬にして真っ赤に茹で上がる。
会場中から冷やかしの声とキスコールが巻き起こり、舞翔は思わず拳を握り締めると「うるさぁい!」と力の限り叫んだ。
そして、どこか怒ったような表情でカランをきっと睨み付ける。
「ま、舞翔っ。すまない、俺はまた君を困らせて」
舞翔の表情にらしくもなくびくりと肩を揺らしたカランだったが、急に手を掴まれて困惑する。
舞翔はカランの手をぐいぐいと引いて、展望台から降り会場から抜け出した。
控室への通路に入っても、背後から冷やかしや文句の歓声が聞こえて来る。
カランは手を引いて前を歩く舞翔を、情けない顔でじっと見つめた。
舞翔は耳まで赤くして、心なしかいつもより大股で歩いているようにみえる。
そのまましばらく歩き、客席の声も遠くなってきたところで、舞翔は急にくるりとカランを振り返った。
「あの、舞翔」
「しゃがんで!」
少し戸惑いながら声を掛けたカランに対し、舞翔は顔をこれでもかと赤くして、有無も言わさず言い放った。
カランは反射的に、その言葉の通りに舞翔の前に両膝を突いてしゃがみこむ。
いわゆる正座のような形になって、カランは舞翔に怒られる覚悟をした。
だから反省を表すように目線を床に向け、待つ姿勢に入る。
そんなカランの頬を、舞翔の両手が包み込んだ。
そして、直後。
「っ!!?」
カランは目を瞠り、時間が止まったように固まった。
舞翔はといえば、もう後ろを向いてしまって表情は分からない。
けれどもカランは確かに感じた。
額に触れた、柔らかな感触を。
「っ舞翔!」
ガバリと立ち上がりカランは舞翔に詰め寄る。
「だぁあ! もう! 約束は守ったよ!?」
しかし舞翔は顔を両手で押さえてしゃがみこんでしまった。
小声で「もうこんなの二度としないんだからね、絶対しない」とぶつぶつ呟いているのが聞こえる。
そんな舞翔の耳は相変わらず真っ赤に染まっていて、カランは舞翔の前に移動すると、視線を合わせるようにしゃがみ込み、舞翔を見た。
すると舞翔は指の間からその茶色い瞳をこっそりと覗かせる
「カランの馬鹿、でも、格好良かったよ」
舞翔は真っ赤な顔のまま、小さく呟いた。
その言葉にカランは破顔する。
「ありがとう、舞翔」
「すごく綺麗だった。カランのバトルは、世界一綺麗」
顔を塞いでいた手を下ろし、舞翔は茶色い瞳をきらきらと輝かせカランをじっと見つめた。
先ほどまで照れていたのに、もうバトルに夢中になっている。その瞳に、視線に、今度はカランの胸がどうしようもなく締め付けられて痛くなる。
彼女はドローンバトルに真っ直ぐだ。
夢中になっているその瞳は本当に綺麗で、カランにとってどんな宝石よりも美しく価値がある。
気付けば見つめ合い、二人は微笑み合っていた。
そしてカランは、不意に手のひらを舞翔に向けて掲げる。
それを見た舞翔はにっと微笑むと、自身の手も誇らしげに上げ、カランの手を小気味良い音を立てて打った。
「決勝進出だね!」
「あぁ、やったな」
舞翔は無邪気に喜んでいる。もうすっかり今までの関係のように思っているのだろう。
けれどもカランは違う。その瞳は以前とは明らかに違っている。
舞翔を見つめる瞳は優しく甘い。
それは傍から見れば明らかで、誰がどう見ても恋する瞳になっている。
そしてそれを、見てしまった者が居る。
試合会場から抜け出し、練習室で最終調整をし、そろそろ控室へ戻ろうと移動していたところだった。
ラズベリーレッドの髪、シアン色の鋭い瞳。
ソゾンだ。
ソゾンは曲がり角から出たところで、二人を見つけてしまった。
舞翔は背を向けており気付いていない。
カランは直ぐに気付き、けれどもあえての無視なのか視線はすぐに舞翔に戻った。
ソゾンは、踵を返していた。
不思議と心はそれほど動揺していない。
彼女と、彼が、バトル前に交わした約束を果たしたかどうかは、分からない。
けれど、どうでもいい。
今はただ、彼女と決勝で闘う事だけを考える。
恐らくその唯一の因縁であり約束が、今のソゾンをソゾンたらしめているのだ。
自分はパートナーではない。
彼女の最大のライバルなのだ、と。
「空宮舞翔」
その名を無意識のうちに口ずさむ。
「決勝で、必ず」
「あっれー」
と、ふいに目の前から声がして、ソゾンは知らず俯けていた顔を上げた。
そこに居たのはくりっと大きい瞳を太陽のように輝かせ、口を開けて磊落に笑っている少年。鴉羽色の青く光る黒い髪に、意志の強そうな太い眉。
「浦風武士」
「へぇ! 俺の名前、覚えててくれたんだな」
武士はそう言うと「俺も早くお前と闘いたいなぁ」と両手の拳を体の前で握り締めた。
ソゾンは馴れ馴れしい態度に微かに眉を顰めたが、感じた違和感に一度ピタリと動きを止める。
それから武士をじろりと睨むように凝視した。
「貴様、その腕は」
そして気付き、口から思わず零れ出る。
「ん? あぁ。腕、やっと治ったんだ!」
武士はそう言うとギプスの外れた腕をぐるぐる肩から回してみせた。
「これでやっと、ゲイラードを飛ばしてやれるぜ!」
ここで、きました!
そう、ここです!
主人公! です!




