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第104話 『決着! 決勝進出BDF!』





 ゆらり、カランの方を向いたベンの額には、血管が浮き出ていた。その表情は瞳孔を開き、口元には牙を剥き出し、カランを睨み付けている。


「アンタらの“何だって"が、まるでたいそうな努力みたいに言うねぇ」


 口角が上がり、ベンはくっくと不気味に笑い出すと、何を思ったのかイヴビーストを炎の中へと突撃させた。


「!?」


 それにカランが驚愕していると。


「言葉通り泥水をすすった事は? 自分の全てを奪った奴の下でへらへら笑い続けたことは? 何日も飲まず食わずで無様にほどこしに縋るしかなかったことは?」


 ベンは俯き、表情が隠れる。

 けれどもまるで譫言うわごとの様に呟いたその言葉に、カランは微かに眉根を寄せた。


「望めば手に入り、望めば努力が出来る。お前たちにとっての当然が、何故俺っち達には与えられていない?」


 イヴビーストは炎から出てこない。

 誰もがもう、イヴビーストは終わったと思った。

 あの炎の中で耐えられるドローンなど存在しない。

 熱さで溶け、最早再起不能だろう。

 

 けれど、カランだけはそうは思っていなかった。

 ベンの目はまだ諦めていない。

 暗く淀んだ瞳には、確かにまだ昏い炎が宿っている。


「こそこそと隠れて! 見つかっては鞭打ちされ! それでも俺っち達はこれに縋り付いてここまで来たんだ! もうこれ以上、誰にも奪われてたまるものかぁあああ!」


 ベンの魂からの叫びが会場に響き渡る。

 そして瞬間、カランは目を見開いた。

 イヴビーストは炎で身を燃やしながらもスプリングスに向かって飛び掛かって来たのだ。

 そしてベンの表情は、まるで正気を失っていた。


「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!」


 瞳からは黒目が消え、全身無数に浮き出した血管は今にもはち切れそうに膨らんでいる。

 舞翔は立ちあがった。

 あれは“ファントム”だ。

 彼は、ファントムを使っている!


「ベンッ、やめて!」


 ユウロンの制止も聞かず、舞翔はベンチから飛び出すと展望台アウトルックタラップの下からベンに向かって叫んだ。

 あれはまずい。

 あの状態はきっとサイモンよりもずっと、ずっと辛いはずだ。

 下手をすれば、もしかしたら。


「っやめて! お願い、めて! カランっ!」


 舞翔の悲鳴がこだまする。


 それを聞いたカランは、一度静かに目を閉じた。

 それから強く、拳を握り締める。


「貴様が舞翔にしたことは万死に値する。どんな理由があろうと絶対に許されない」


 襲い来るイヴビーストの連撃を避け切れず、傷付きながら、スプリングスは飛ぶ。

 巻き起こした風はもはやスプリングスの制御するところではなくなっていた。

 激しい火災旋風は渦となって両機に襲い掛かる。


「だが、貴様の言っていることも一理ある」


 カランは開眼する。

 瞳孔を収縮させ、牙を剥き出し、腹の底から叫んだ。


「貴様の血の滲む努力と執念に敬意を表し、今ここで、全力で叩き潰すッッ!!」


 一瞬、まるで頬を撫でる様な春風が吹いたようにベンは感じた。

 直後いつのまに辿り着いていたのか、イヴビーストの周囲に満開の花畑が広がる。


 その中心で、スプリングスはピタリと止まった。


「これが俺の全力だ! “春嵐しゅんらんよ、巻き上がれッ!”」


 風は渦を巻いた。

 花を、草を、春を巻き上げて。


 その風はある時は嵐のように、ある時は凪のように辺りを包む。

 燃え盛る炎を掻き消す程の巨大で、けれども穏やかな渦だった。


 ベンは口を開けたまま唖然とする。


 展望台アウトルックタラップまで届いた花々は、まるで祝福するようにベンの上に降り注ぐ。


「なんだってんだ、これ」


 イヴビーストを包んでいた炎が消えて、直後まるで眠るように静かに花畑に墜ちた。


 もう限界だったのだ。


 沈黙しうんともすんとも言わないイヴビーストに、ベンはその場で脱力し、どさりと無様に座り込む。


「負けた」


 そして呟いた。

 直後、竜巻は掻き消えて会場中に花びらが舞い上がりひらひらと舞い落ちる。

 舞翔も展望台アウトルックタラップの下で、その光景を呆然と見ていた。


 そして目の前の景色を、今までで一番、綺麗だと、思った。


「あぁ、これが」


 舞翔は呟く。


「これがカランの、バトルなんだね」


 いつの間にか静まり返っていた会場が、その瞬間歓喜に沸いた。

 DJの興奮した実況がそれを更に加速させ、人々は花弁と共にカランを祝福する。


「文句なしのストレート勝ち! 決勝進出はBDFチームだぁああああ!」


 呆然とするベンのもとへ、展望台アウトルックタラップの柵を乗り越え歩み寄ったカランは、手を静かに差し出した。


 けれどもベンはその手を乱暴に払い除けると、無理矢理一人で立ち上がろうとして、ふらりめまいがして倒れかける。

 カランの腕がそれを支えた。


「いやだねぇ、勝者の余裕ってやつかい?」


 ベンはへらりと笑ってみせると、やはりカランの手を払い除け、ふらふらと一人展望台アウトルックタラップくだり出した。


 一歩、また一歩と降りて行く内に、視界がぐらぐらと揺れ、意識も少しずつ遠くなっていく。


 そのぼやけた視界に、いつかの記憶が走馬灯のように巡っていく。

 不思議なことにそれはすべて、サイモンとの駆け上がって行く日々ばかりで。


「せっかくのぼったのに、もうくだりかい? なぁ、神様」


 ベンは力が抜け、ふらりと体が宙に投げ出された。

 それでいいと、ベンは思ったのに。


「「ベン!」」


 上から腕を痛いほどの力で掴まれ、下からは肩を乱暴に押さえられ、ベンは階段の途中でそれは情けない格好を取ることになった。


 上からはカランが、下からは舞翔が、落ちかけたベンを二人して同じ様なびっくり間抜け面で支えていたのだ。


 薄れ行く意識の中でそれを見て、ベンは笑った。


「サイモン、ごめんなぁ」


 そうして意識を失ったベンの体重が舞翔の方へと容赦なく圧し掛かる。


 思わず自分まで落ちそうになった舞翔だったが、急に重さが消え驚いて振り返れば、ルイが舞翔の代わりにベンを俵抱きにしたところだった。


「こいつは僕達が医務室に連れて行っておくヨ!」


 ルイの後ろからひょっこりとユウロンが現れて、そう言い残すとバチリとウインクをしてさっさと去って行ってしまった。


 そのウインクは、どうやらカランに向けられたものだったらしい。


 導かれるように舞翔が振り返り仰ぎ見たカランは、逆光でよく見えなかったけれど、少しだけ緊張したような強張った顔で頬を赤く染めていた。






二人の約束、覚えてますか!?

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