第103話 『放て! カランの新技!』
「さぁ! カラン選手も登場したところで、次のステージを紹介するぞぉ!」
真っ赤になりながらも、舞翔がベンチの奥に駆け足で引っ込み、展望台にカランとベンの両雄が揃い踏んだのを確認して、DJは高らかに叫んだ。
「ヨーロッパの美しき原風景と名高い、外壁に描かれた美しいフレスコ画が特徴的な、修道院や教会の点在する“モルドヴィア地方教会群”ステージだぁ!」
ブラン城ステージが下がり、次に現れたのは田園風景の美しい田舎町といった雰囲気のステージである。先程のブラン城と同様、実際の大きさではなく、ドローンに合わせた縮小サイズで造られているようだ。
積み藁のある田畑が広がり、そこに中世のような家並みや教会が点在、それらを繋ぐように森林の丘や道が再現されている。
城内でのバトルだった一戦目とは真逆の、遮るものが殆どない広大なフィールドステージである。
「てっきり逃げたのかと思ったがねぇ、温室育ちの王子様」
眼前に現れたステージを見下ろしながら、ベンは目だけをカランに向けてにやりと笑った。
「その軽口、すぐに利けなくしてやろう」
対してカランは殺気を隠す事無く、鋭い眼光でベンを睨み付ける。
ベンはあくまでそれに「そりゃどうも」とへらへら笑って受け答えたが、内心背筋には冷や汗が伝っていた。
目の前で堂々と立つカランは、今まで見て来た彼とは明らかに違っているように見えたからだ。
「ソゾンといい、アンタといい、空宮舞翔も隅に置けないねぇ」
「黙れっ」
舞翔の名に反応したのか、カランは直後分かりやすく牙を剥いた。
収縮した瞳孔がベンを捉えている。
「貴様だけは絶対に叩き潰す」
「お~怖い怖い、お手柔らかにお願いしたいねぇ」
バトルを前にして、二人は既に闘争心バチバチである。
両雄睨み合った状態で、その煽り合いが会場中を盛り上げたようで、歓声が割れんばかりに響き渡る。
ベンチの舞翔はハラハラとその様子を見つめていた。
あの様子だと、どういう訳かカランはベンが舞翔に危害を加えようとしたことを知っているようである。
それに気付いた舞翔は先程のカランの行動に合点がいった。
だからあんなに険しい顔をして、あんなことを言い出したのだろう、と。
同時に先程の手の甲への口付けと、カランの告白を思い出し、舞翔の顔は再びこれでもかというほど真っ赤に染まった。
両手で顔を押さえ、うるさいほど脈を打つ心臓に「うぅ」と情けない声が漏れる。
答えなくていいと言われた、あれはどう受け止めれば良いのだろうか。
どちらにしろ、カランが勝ったなら舞翔は彼の額にキスをしなければならない。
思わずしてしまった約束に頭を抱え、溜息を吐きながら、それでも舞翔は再びカランの方を指の間からちらりと見やった。
真っ直ぐに立つ、大きな背中。
その背で、腰まで届くひとつに結わえたマルベリー色の髪が揺れている。
いつも共に展望台に立ち横から見ていたから気付かなかった。
彼の背は、あんなにも逞しかったのか、と。
「カランは、ただの王子様じゃないよ」
誇らしかった。
彼が自分のペアであることがこんなにも。
舞翔は微笑む。いつの間にか顔の赤みは引いて、真っ直ぐにカランを見つめていた。
「カラン! 信じてるよ!」
そして叫ぶ。有りっ丈の大声で。
「だってカランは私の最高のパートナー、“常春の王子”様なんだから」
カランは振り返り、微笑んだ。
その自信に満ちた笑顔といったら!
「さぁ、二人とも準備は良いかな!? “スタンバイ”!」
DJの合図の声が高らかに響き、スプリングスとイヴビーストが舞い上がる。
「健闘を祈るぞ! “テイクオフ”!」
その瞬間、二機は迷いなくお互いに向かって勢いよく飛び出した。
「!? こ、これは!」
DJが戸惑う。
スプリングスとイヴビーストは、広大なステージの中でスタート早々激しい音を立てて打ち合い始めたのである。
「は、激しい! まるで殴り合いの喧嘩のようだー!」
まさにDJの言った通り、イヴビーストとスプリングスは、激しく打ち合いながら田園の中を飛び回っている。
初めから闘争心剥き出しの、実に泥臭い闘いである。
「はは! まさか王子様がこんな品の無い闘い方をするとはねぇ!?」
「軽口を叩いている暇があるのか?」
舞翔は焦った。
これは本来スプリングスの闘い方では無い。
彼はどちらかというと隙を突いて大技で叩くタイプだ、前衛後衛で言うなら後衛、殴り合いのバトルをするような性格でもない。
頭に血が上っておかしくなってしまっているのかと思った。
けれどもハラハラしながらもよくよく見れば、スプリングスがイヴビーストの攻撃を上手く受け流している事に気付く。
このスタイルは、まるで。
「これは、カンフー? そうか、ユウロンの!」
「はーい、正解ネ!」
「え? ユウロン!?」
突然背後から聞こえた声に舞翔は驚いて振り返った。
そこにはいつも通り糸目でにこにこ笑って手を振るユウロンと、仏頂面のルイが立っており、二人はごく自然に舞翔を挟む様にしてベンチに座った。
「あいつに頼まれた時は驚いたアル。でもまぁ、僕とルイの二人がかりで、決勝までほぼ休みなく修行したからネ。けっこう様になってるアルな?」
「修行!? 休みなく!? カランが!?」
「そうアルよ~」
舞翔は目玉が飛び出るのではないかというほど目をひん剥いて驚愕した。
そんなエピソードは『烈風飛電バトルドローン』に存在しない。
それどころか、まさかカランが舞翔に内緒でそんなことをしていただなんて、思ってもいなかったのだ。
だってルイはともかく、カランとユウロンはあんなに仲が悪いのに。
「男の子って分からない」
「ハハ! 誰かを本気で守ろうと思ったらプライドは不要。あの王子様はそれが出来る、だから僕達も協力したってことヨ」
言いながらウインクをしたユウロンに、舞翔は少しだけ間をおいてからその頬を微かに紅潮させた。
先ほどのカランの告白を思い出してしまったのである。
「だけどあれは男らしくなかったね! なーにが答えなくて良い、アルか」
しかし直後プリプリと怒りだしたユウロンのおかげで、舞翔は何とか平常心を取り戻すことが出来た。
「やっぱり僕の方がお買い得アルよ」
「商品じゃないんだから」
ウインクするユウロンを呆れた目で見返してから、舞翔は改めてバトルへと視線を向ける。
しかし、その瞬間。
「!?」
「おっとー! どうしたことか、スプリングスの動きが揺らいでいるぞー!」
DJの言葉通り、先程までのスプリングスとは明らかに動きが違っていた。
何とか持ちこたえてはいるが、明らかに思い通りにいかないようで、動きがブレている。
何が起こったのか?
ただ深刻に眉を顰める舞翔の横で、ユウロンがその糸のような瞳を薄く開き、表情を険しく変えた。
「あいつ、刃物を仕込んでるネ」
「っ刃物?」
「出してすぐ引っ込めてるカラ、僕ぐらいの動体視力が無いと気付けないアル。その証拠に、スプリングスを見るアルよ」
「! 確かに、傷跡がある」
「まぁ、あんな動きが出来る時点で仮にも世界大会出場者なだけはあるアルな。でもまぁ、反則ギリギリってとこカ? 分かってるから見えないようにやってるアル」
舞翔は動揺していた。
スプリングスは上手く致命傷は避けているようだが、このまま打ち合ってもスプリングスが不利である。
だからといってこれは一対一の勝負だ、助け舟を出すことは出来ない。
しこの状況からカランの持ち味である風を巻き起こす技を放つには、カランが自力でベンに隙を作るしかない。
「カランっ、頑張って!」
「ふふ、大丈夫。心配いらないネ、舞翔」
一人焦る舞翔に、ユウロンとルイは非常に落ち着いていた。それどころか余裕そうに笑っている。
そんな二人の態度に舞翔が頭にハテナを浮かべていると、ユウロンはちょいちょいとカランの方を指差した。
促されるままにカランを見やれば、確かにカラン自身も実に落ち着いた様子で堂々としている。
何か秘策があるということなのだろうか。舞翔は眉を顰める。
「修行の成果、見せてくれヨ。王子様」
ユウロンが呟いた直後、イヴビーストの攻撃でスプリングスが弾かれる。
その機体は積み藁へと突っ込んで、イヴビーストはすかさずそこへ追い打ちをかけようと向かって行った。
次の瞬間。
「なっ!?」
「油断したな、愚か者が」
イヴビーストが炎に包まれる。
なんと積み藁が炎上し、周囲の田畑が一瞬にして火の海と化したのだ。
その火災の中心に、スプリングスが居る。
ベンは気付いたがもう遅い。
カランが手を掲げ、高らかに言い放つ。
「“春嵐よ、巻き上がれ!”」
直後、炎は渦となってイヴビーストに襲いかかった。
「な、なんということだーーー! スプリングスが炎の渦を巻き起こしたぞー!」
大歓声が会場を揺らし、舞翔は目を丸くしてユウロンを振り返る。
ユウロンは親指を立てていた。
どうやらこれこそが、ユウロンとの修行の成果であるらしい。
「これは決勝進出決定戦で、カラン選手がユウロン選手と協力して放った技とほぼ同じだ! すごい、すごいぞカラン選手! イヴビーストは完全に炎の中に閉じ込められているぅ!」
DJの言葉通り、イヴビーストはスプリングスが巻き起こした炎の竜巻の中で激流に翻弄されていた。
このままでは炎の熱さでモーターがオーバーヒートを起こしかねない。
これにはさすがのベンもその表情に焦りを浮かべ、大きな舌打ちを打った。
「火災旋風かっ、まさかたった一人でこの技を放ってくるとはねぇ」
「勝つためならば、俺は何だってする」
苦し紛れに放ったベンの言葉に、カランは平然と答える。
しかし、その言葉にベンの表情がふいに消える。
「は?」
その声は、先程までの人をおちょくったような声では無くなっていた。
低く、重い。
それは皮肉にも、今までで一番真剣な声。
「何だってする、だって?」
ベンの瞳の奥で、押し込められた怒りが仄暗く揺らめいた。
ベンは作者のお気に入りキャラです。




