第102話 『一世一代!? 王子の告白!』
舞翔とサイモンのバトルが終わり、興奮冷めやらぬスタジアム。その喧騒が、どこか遠くに感じられる。
それほどに、カランの怒りは心頭に達していた。
未だ薄ら笑いを浮かべるベンを睨みつける。
自分がいない間に、奴に舞翔が襲われた。
ソゾンにそれを知らされた時の、あの、激情。
それはおさまるどころか、今もはらわたが煮えくり返りそうである。
カランの握り締めた拳の爪が、自身の皮膚にじわりと食い込む。
それは焦りか、怒りか、それともーー
「カラン? どうしたの?」
けれど、不意に聞こえてきた舞翔の呼びかけに、カランはハっとして声の方を向いた。
見れば心底心配そうに、舞翔はカランを覗き込んでいる。
「カラン?」
その鈴を転がすような声に、カランの胸が震えた。
自分を一心に見つめる舞翔の円な瞳に、どうしようもない感情が湧き上がる。
気付けばカランは真剣な表情を浮かべ、まるで懇願するように舞翔の手を取り、跪いていた。
それに舞翔が目をまん丸く見開いている内に。
「俺は君が好きだ、だからこの勝負絶対に勝つ」
「っ!」
手の甲に口づけた。
その瞬間、スタジアム中が興奮の渦に呑み込まれる。
舞翔はパニックで目が回りそうになりながら、その顔をみるみるうちに茹蛸のように赤くした。
それから水揚げされた魚のように口をぱくぱくと開閉させる。
阿鼻叫喚の客席からは歓声に交じってブーイングや罵詈雑言も聞こえていたが、カランは舞翔以外はまるで目にも耳にも入っていないように、真っ直ぐな眼差しを舞翔に向ける。
「答えなくていい、これは俺の自己満足だから。だけどひとつだけ頼みがあるんだ」
そう言って少しだけ眉を下げて微笑んだカランに、舞翔は小さく目を瞠った。
どこか弱気で、諦めたような表情をカランはしていた。
だから聞きたかった。
舞翔は彼に、どうしたの、何かあったの、と。
しかし。
「勝ったら、頬にキスをしてくれないか?」
次の瞬間、にっこりといかにも作ったような笑顔で言ってのけたカランのその言葉に、舞翔は全身の毛を逆立てるようにして驚愕する。
「なっ、なななな」
「君はまだ誰のものでもないだろう? だめだろうか」
舞翔の頭は一瞬にしてパニックになり、心臓はこれでもかというほど脈打って、いっぱいいっぱいだ。
どう処理していいかも分からずにただただ顔に血が集結し熱くなる。
だからカランは何を言っているのだろうとか、駄目に決まっているじゃないかとか、そういうのが全部頭から吹っ飛んで、気付けば手を強く握られて逃げられなくなっていたことに今更気が付いて、そして口走っていた。
「お、おでこ、なら」
会場から耳が痛いほどの冷やかしが聞こえて来る。
舞翔は自分が言ったことに自分で愕然とし、前言撤回と言いたくてカランを見やる。
カランは笑っていた。
泣きそうな顔で、とても優しい笑顔で。
「ありがとう、舞翔」
だから舞翔はそれ以上何も言えずに、完全なるキャパオーバーでフリーズした。
その様子はスタジアムの大画面に映し出され、そしてそれは丁度スタジアムの客席に戻って来たソゾンも目の当たりにするところとなった。
ソゾンは無言で、けれども僅かに目を見開いて画面を見つめていたが、直ぐに踵を返し会場を後にする。
その後ろ姿を、ベルガは見ていた。
「これはこれは」
そしてその口元は三日月を象って不気味に笑う。
「空宮舞翔、やはり私は君が欲しい」
ベルガは舞翔を見つめる。
けれども不意に、ベルガの胸倉を何者かが強引に掴み上げた。
「ベルガ、お前!」
「おやおや、これは浦風監督ではないですか」
ベルガを掴み上げていたのは士騎だった。
しかし誰もが舞翔たちに夢中になっているため、その光景に気付かない。
「サイモンにあれを渡したのはお前だろう。治療に必要だ、今すぐにデータをよこせ」
「おや、何のことやら?」
「とぼけるな!」
しかし荒げた士騎の声に、近くに居た観客たちがさすがに何事かと気付き始めた。
あれはBDFとヨーロッパの監督じゃないかと囁き声が聞こえ、士騎は反射的にベルガから手を放す。
ベルガは微笑んでいる。まるで馬鹿にするように、勝ち誇ったように。
「治療が難航しているというなら、もちろんお手伝いしますよ、浦風監督」
その胡散臭い台詞に士騎は眉間に皴を寄せたが、怒りをかみ殺すように奥歯を噛み締めると「もう結構だ」と直ぐにその場から立ち去った。
歩きながら、士騎の表情はどんどんと険しさを増していく。
「回収したパーツからデータを取るしかない。だが」
拳を握り締めた。
爪が喰い込む、痛むほどに。
「まだ、舞翔くんを諦めていなかったのか」
偶然にも聞いてしまったベルガの言葉を思い出し、士騎の背筋はつぅと寒くなった。
あの男は目的の為ならば何だってする。
舞翔が説得や策謀でベルガの手に堕ちる事は絶対に不可能だ。
いや、不可能だった。
だからこそ、次に舞翔を手に入れるためにベルガが動くとしたら――
全身から熱が消え、嫌な予感に心臓を撫でられたような感覚がして、士騎は息を呑んだ。
「絶対に、させるものか」
士騎の瞳に暗い影が宿る。
一度開いた拳をもう一度握り締め、士騎は歩き出した。
その胸に、ひとつの決意を秘めながら。
まだバトルじゃないんかい!
次はいよいよカランVSベンです!
勝敗やいかに?
楽しんで頂けたら幸いです!




