第100話 『決着! 私達はひとりじゃない』
そう、舞翔は生粋のドローンバカである。
暗闇の穴の中、飛べるものなら飛んでみたい。
そんな無邪気な欲望が、ここ大一番の勝負だというのに湧き上がって止まらない。
「っすごい、すごいねサイモン!」
「!?」
気付けば舞翔の表情は口角が上がり、瞳を爛々と輝かせていた。
見るからにうずうずしていますという風に両手の拳を握り締め、そわそわと体を動かしている。
「あんな抜け穴の中を飛ぶなんてっ、考えただけでもドキドキする!」
次の瞬間、エレキストは井戸の中へと飛び込んでいた。
「ハ!?」
「やっぱり我慢出来ないよ! 私も行く!」
会場中がどよめき立つ。
さすがに抜け道にはカメラを仕込んでいなかった為、ステージ上からもモニターからもドローンの姿が完全に消えてしまった。
土の底では音もほとんど届かない。
「なっ、なんてことだ! 二機とも土の中に入ってしまったぞー!」
DJの実況が静まり返った会場で響き渡る。
舞翔は再びブーイングを受ける覚悟をしていた。だがしかし、会場から聞こえて来たのは割れんばかりの声援である。
「いいぞー!」
「いけいけー!」
「見えないけど、なんかすっげー!」
舞翔はそれを受け、本当に嬉しそうに生き生きとした笑顔を浮かべた。
「!」
その笑顔を見た瞬間、サイモンはハっとしたように会場中で自分達を応援する声を、顔を見渡した。
不思議と皆、舞翔と同じきらきらとした目をしている。
老いも若きも、男も女も。
そのことに、サイモンは見るからに戸惑い、動揺した。
先ほどまでは自分達を見世物にして好き勝手言う野次馬ばかりだと思っていた。
四連敗した時もそうだ。聞こえてくるのは罵声ばかりで、それは彼と彼の妹が夢見ていた舞台とはあまりにもかけ離れていた。
強く無ければ、勝たなくては、称賛も栄光も享受できない。
そう理解したし、実際そうだったはずなのだ。
けれども今はどうだろう、自分達と一緒に一喜一憂し、心から楽しそうに応援してくれているのが分かる。
ずっと自分の事に必死で、勝つことだけが全てで、サイモンは周りなど見えていなかった。
きちんと聞こうともしていなかったのかもしれない。
罵声もあったかもしれない、けれども純粋に楽しむ声や、応援の声の方が遥かに多い。
この場に居る皆はただ楽しんでいるのだ。
他でもない、バトルドローンを!
けれどもサイモンは、勝負の楽しさなどずっとずっと、ずっと忘れていた。
「本当に何も見えないねっ、だけど少しの緩衝を頼りに飛べばいけなくもない! くぅー! 難易度高いけどこれは楽しい!」
すぐ隣の展望台では、もう勝負の事など忘れているのではと思うほど、楽し気に抜け道を飛ぶ舞翔の姿。
「ナ、んで」
「ん? どうしたの?」
馬鹿面だと思った。
サイモンは、今朝あれだけの啖呵を切った癖に、丸っきり子供みたいにうきうきと穴の中を飛ぶ舞翔に、けれども何故だか怒る気力すら湧いてこない。
それどころか、一緒に飛びたいとすら思ったのだ。
この穴の中を、彼女と一緒に飛んだなら、きっと冒険のように楽しいだろう、と。
「っフざけるな!」
けれども、違う。
これはバトル、勝負なのだ。
勝つことこそ全てだし、勝たなければ駄目なのだ。
負ければこの楽しさも全て消えてなくなる。勝って終わるからこそバトルには価値がある。
勝たなければ意味など無い。
「オマエを、倒す!」
次の瞬間、舞翔は目を瞠った。
恐らくグラビーストは穴の中をエレキストに向かって飛んで来ている。
それは勘だった。
エレキストの視界は暗闇だし、音や感覚を感じられない以上、穴の中で起こっている事は、エレキストの微かな抵抗感を指先で読み取るしか感じる方法は無い。
その微かな指先の感覚が経験と勘で感知した振動。
風が穴の中で微かに動いているのが分かる。
「ふふ、いいよ」
舞翔は瞬きも忘れて目を見開いていた。
既に上がった口角を更に吊り上げ、本当に楽しそうにその瞳は輝いている。
「さぁ、バトルしよう!」
舞翔は叫んだ。
エレキストは穴の中を駆け抜けて、井戸から飛び出す。
そして城の中へと逃げ込んだ。
そのすぐ後ろをグラビーストが猛追する。
「おっとー! 二機とも地上に現れたぞー! 城の中で激しい追いかけっこだぁ!」
グラビーストは速い。
けれども、障害だらけの城の中をエレキストもまた同じ速さで、いいや、それどころかグラビーストよりも速く飛んでいる。
障害物にぶち当たりながらもそれをものともせず飛ぶグラビーストに対し、エレキストは一切障害にぶつかることなく、器用に城の中をすり抜けていく。
扉を抜け、通路を抜け、階段を登りテラスに出たかと思えば、窓から城内へと戻る。
一切迷いなく駆け抜け何にもぶつからない。
簡単にやってのけているが、こんな精密な操作は普通ならば絶対に不可能だ。
会場中がどよめき始める。
それは辛くも決勝に出る事が出来ず、この決勝トーナメントを客席で観ている世界大会出場者達も同じである。
純粋に、上手いのだ。
エレキストを見ていると、自分もうずうずして、飛びたくて仕方が無くなって来る。
“自分達も、一緒に飛びたい”と。
「ジーザス! 舞翔! 最高だよ!」
「そこさね舞翔! 攻撃もするさー!」
聞こえて来た声に舞翔はハっと顔を上げた。
マリオンが、フリオが、他の皆も客席から舞翔を観ている。
応援してくれている。
「私、一人じゃないんだ」
ぽつりと呟いた。
カランや武士は今、ベンチにいない。
けれども彼らが居たならば同じように応援してくれていただろう。
今この瞬間、やっているのは一対一のバトルだけれど。
舞翔はもう、一人ではないのだ。
顔を上げた。
サイモンにも伝えたい。
勝負は勝ち負けだけじゃない。
そして、自分達は決して一人ではないことを。
「サイモン!」
エレキストは城の中を駆け抜ける。
「私は貴方に勝つ!」
そうだ、勝たなければならない。
“ファントム”に打ち勝って、そして彼に言わなければ。
「だから、友達になろう! サイモン!」
グラビーストはエレキストを追いながら、城の中を破壊し尽くしていく。
壁を、柱を、内装を。
砂埃が立ち、ブラン城は音を立てて傾き始めた。
崩壊する城の中、瓦礫を避けてエレキストは飛ぶ。
そしてそれは、障害をすり抜け中庭へとエレキストが飛び出した瞬間に、起こった。
ブラン城は、崩落した。
グラビーストを閉じ込めたまま。
崩れ瓦礫となったブラン城。
しかし誰もが予想していた。グラビーストはまだ倒れていないということを。
こんな事で、倒せはしないということを。
直後グラビーストの咆哮が響き渡る。
瓦礫を弾き飛ばし、轟々と風を唸らせ飛び出したグラビーストは、手負いの獣のような凶暴性を纏っていた。
機体自体が高速回転し、更に振動することで少しの衝撃ではびくともしないほど、それどころか触れたもの全てを破壊するほど、グラビーストは攻防一体を最高の形で体現している。
「サイモン、あなたはすごい」
サイモン自身、もう気力だけで立っている状態で、目の焦点は合って居ないし呼吸も酷く荒い。
そんなサイモンを見つめ、舞翔は静かに目を閉じた。
“ファントム”を許せない。
彼の体を蝕むものだから。
けれども彼が“ファントム”に頼ってでも強くなろうとした気持ちを、ここまで耐えてまで闘う気持ちを、何よりも“ファントム”を得てもなお努力を続けたことを。
「私はあなたを否定しない」
「!!」
「だからこそ、全てひっくるめて私があなたを倒してみせる!」
舞翔は今までで一番大きな声で叫んだ。
「“さぁ、風を奏でよう! エレキスト!”」
攻防一体で待ち受けるグラビーストに向かって、エレキストは天高く舞い上がった。
ブラン城の上空に吹いていた、強い風を捕まえて、エレキストは更に上昇する。
「一撃で、倒してみせる!」
「させるモノカァアアアアアアアアアアアアア」
スタジアムの天井ぎりぎりまで上昇したエレキストは一転、真っ逆さまに急下降した。
目指すはグラビーストただ一点。
「これはっ、ついに一騎打ちだー! 勝つのはどっちだー!?」
正々堂々、まさに真っ向勝負。
グラビーストとエレキストは次の瞬間、正面衝突した。
エレキストは弾かれたように吹き飛んで、そのまま地面へ叩きつけられる。
グラビーストは。
「や、やった……のか?」
びくともせずに、その場で飛んでいる。
誰もがグラビーストの勝利だと思った。
だがしかし、
次の瞬間グラビーストよりも先にふらり、サイモンの体が揺れる。
「あ、れ?」
放物線を描き、何かがサイモンの足元へと飛んで来て、落ちた。
それはパーツだった。
ひとつのICチップの付いた小さな小さなパーツ。
「“ファントム”?」
次の瞬間、サイモンの眼球はぐるりと白目を向き、直後体が地面に向かって思い切り倒れ込んだ。
どさりと鈍い音が響き、会場中が驚愕に静まり返る中、その光景に目を瞠る。
サイモンの体は、舞翔が一緒になって倒れ込みながらも受け止めていた。
展望台を飛び移り、そうなることを予期していたかのような速さで、舞翔はサイモンを抱きとめていたのだ。
「これは、勝ったのは?」
DJの呆けた声が響き、会場中の視線がエレキストとグラビーストへと向けられる。
グラビーストは墜ちていた。
沈黙し、ピクリとも動かない状態で。
対してエレキストは地面に叩きつけられながらも、再び飛び上がり瓦礫の上で滞空している。
「こ、これは……っ飛んでいるのはエレキストだ! 勝者は空宮舞翔選手ー!!」
会場中が歓喜で湧き上がる。
しかし、気を失ったサイモンに圧し潰されている状態の舞翔は、それどころでは無かった。
「ぐ、ぐるぢい」
うんともすんとも動けない状態である。
しかし待っていれば士騎か、不本意ではあるがベンが、サイモンを助けに来てくれるだろう。
いや、来ないのでは?
(それにベンには来てほしくない!)
そんな風に舞翔が懊悩していると。
「舞翔!」
天井を向いていた視界に、名を呼ぶ声と共に見慣れた顔が飛び込んできた。
マルベリー色の長い髪、小麦色の肌。
眉を寄せ、金色の瞳が心配そうに見開いている。
その顔を見た瞬間、舞翔は何故だか無性にほっとして、気付けば全身から力が抜けていた。
「カラン、おかえりなさい」
そしてへにゃりと、舞翔は少しだけ、眉を下げて微笑んだ。
信頼した友人の登場って、めちゃくちゃほっとしませんか??
私はかつて経験があり、友人の顔を見た瞬間に涙腺が緩みました。




