表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/145

第1話 『烈風飛電バトルドローン』




貴様きさまっ、いったい何者なにものだ?」


 凄まじい形相の推し、ソゾンに睨まれ、空宮舞翔そらみやまいかは戻って来た青く光るドローン“ゲイラード”を受け止めながら、ハっと顔を青くした。


――何者かって、私はただのモブなんですけど!?


 ソゾンのシアン色の鋭い瞳は、氷のように凍てついている。

 縮み上がった舞翔は、慌ててその場を逃げ出した。


「っ待て! 逃がさん!」

「すっげぇなぁ! カランにも見せたかったなぁ!」


 ソゾンの赤紫に光るドローン“アイブリード”のプロペラが再起動した音と、このアニメの主人公、武士の能天気な声は同時に響いた。


「アニメを壊すまいって誓ったのに……!」


 すでに観客も「あいつ誰だ!?」「強くない!?」と騒ぎ出し、中には動画を撮っている者までいる。


「動画までっ? 拡散されたらどうしよう!? 私のバカ! ()()()()()()()()()!」


――モブとして平穏に暮らすはずが、アニメキャラに囲まれてバトルまで……どうしてこうなった!?


 こんな展開、一週間前に前世を思い出すまでは、あり得なかったはずなのに!




※・※・※・※




『ソゾン選手! 今週末からいよいよスタートします、世界大会への意気込みは!?』

『どんな選手が来ようと倒す、それだけだ』


 一週間前の朝、欠伸をしながらエアコンの効いたリビングへと入って来た舞翔は、独特な高音ボイスを聞きつけてテレビに飛びついた。


「ソゾンだぁ! 来日したんだ! 推しが見れてラッキー!」


 円らな茶色い瞳を、これでもかと舞翔が輝かせていると。


「ちょっと舞翔どいて! 今日からおみつ様のドラマの再放送なのよ~」

「ちょっ! まだインタビューがっ」

「あんたはさっさと学校行きなさい」


 母三都子に追いやられた舞翔は、仕方なく朝食を済ませランドセルを背負い、家を出た。

 炎天下の夏空の下、栗色の癖毛を弾ませ走り、教室へと辿り着く。


「いくぜー! “テイクオフ”!」

「うぉおおお!」


 そこでは既に、教室内でクラスメイトが元気よくドローンを飛ばしていた。

 舞翔も早速、黒に黄色いラインの入ったドローンでバトルに参加する、が。


「おっはー、舞翔! また改造?」

「あ、絵美! でもまた負けて壊れちゃってさぁ」

「普通にやれば、あんただって大会出られるくらいには強いんでしょ? なんでその改造にこだわるのかなぁ」

「改造はロマンだよ、絵美! それに、大会なんて無理だよ。私はただのモブなんだから」


 絵美は舞翔の言葉に「自分の人生は自分が主役でしょ」と不満そうな顔をする。

 しかし舞翔はそんなことより、机に広げた図面にもう夢中になっている。

 こうなればもう誰の声も届かない、と絵美が舞翔から離れたその時。


「!? な、なんで」

「あれ、本物!?」


 教室がざわめきだし、既に登校していた生徒たちは明らかに困惑している。

 彼等の視線の先を目視した絵美は、その瞳をこれでもかと見開くと、集中して未だに気付いていない舞翔の背をこれでもかというほど強く、バンバンと連打した。


「ちょっ、痛いよ絵美、なに!?」

「あ、お、あれ」

「え? なに? アシカの鳴き真似?」


 あれだけ背中を殴打しておいて新作の物まねでも見せられたのか、舞翔は思い切り眉を顰めたが、絵美の瞳がどこか一点を見つめている事に気付き、「ん?」と首を傾げる。

 よく見れば、周りの生徒たちも皆、絵美と同じ方向を観ているではないか。


「ここに浦風武士はいるか?」


 そして彼らの視線の先から、今朝けさ聞いたばかりのあの独特な高い声が聞こえ、舞翔は顔を顰めた。

 どうしてあの声が、今、自分の教室でするのだろう。

 けれども大好きな大好きな推しの声、聞き間違えるなんて万が一、いいや臆が一にもあり得ない。

 舞翔の心臓が激しく鼓動を刻み始める。

 今、この顔を少し横に向けた、その先に。


「っ舞翔、舞翔舞翔舞翔!」


 絵美の背を叩く力と速さが増していく。

 けれども無理だ、向けられるはずが無い、舞翔の頭の中は夏の暑さを詰め込んだように沸騰して膨らんで、1ミリだって動けない。

 心臓は破裂寸前だった。

 けれども、見たい。

 いいや、見なければ!


「舞翔!! 舞翔ってば!!」


 もう何度目かの絵美の殴打に、舞翔が意を決して顔を上げたのと、予鈴のチャイムが鳴り響いたのは、ほぼ同時だった。


「セーフッ!」


 そして顔を上げた舞翔の視界に飛び込んて来たのは、遅刻ギリギリで扉から駆け込んできた、クラスメイトの“浦風武士うらかぜたけし”。

 黒髪に黒目、見慣れた日本人。間違っても舞翔の推しであるソゾンのラズベリーレッド色の髪でも、シアン色の瞳でもない。


「へ? なんで?」

「馬鹿! もう行っちゃったわよ!」


 今世紀最大のきょとん顔だっただろう舞翔は、直後泣きそうな顔で項垂れた。


「おい浦風! 今、ソゾン・アルベスクがお前を尋ねて来たぞ!」

「ん? そうなのか? 全然会わなかったけどな」


 いつも遅刻ぎりぎりで登校する浦風武士は、ソゾンと同じく今週末の世界大会に出場する予定のドローンバトラーだ。

 見慣れたクラスメイト、そのはずだ。

 けれども彼の姿を見た瞬間、舞翔は突如耳を劈くような耳鳴りと、激しい頭痛に襲われた。


「っっ! な、なに」

「ちょ、舞翔? 大丈夫?」


 舞翔はこの“シーン”を知っている。

 この直後、ソゾンの赤紫のドローンが窓の外から現れて、武士を襲う。

 これは主人公とその最大のライバルであるソゾンが、初めて邂逅する、象徴的なシーン。


「っなんで、なに……っ、これ」

「舞翔? ちょ、具合悪いの? 舞翔!」


 絵美の声が頭の中で響く、けれどもその頭の中に、まるで濁流のようにあるはずの無い記憶が流れ込んでくる。

 それはバトルドローンに青春を捧げ、世界大会準優勝までしたのに、事故で死んだ、全く別人の記憶。


「舞翔!? どしたの!?」

「……『烈風飛電バトルドローン』?」


 直後、舞翔の目の前を赤紫に光るドローン(アイブリード)が駆け抜けた。


「浦風武士! 俺は貴様に宣戦布告する」

「!? なんだ!?」


 窓の外、校庭から聞こえて来た声に武士は慌てて窓際へと駆けて行った。

 それに続いてクラスメイト達も次から次へ窓際へと駆けて行く。

 しかし舞翔は激しい頭痛と記憶の流入し眩暈を起こし、立ち上がる事さえままならない。


浦風武士うらかぜたけしっ、『烈風飛電バトルドローン』の主人公……!」

「ちょっと舞翔、本当に大丈夫っ? 先生呼ぶ?」


 絵美は混乱し、少し涙目になっている。しかしそんな彼女を気にしている余裕など今の舞翔にあるはずもない。

 そうだ、と舞翔は全てを思い出した。

 前世で繰り返し繰り返し見た、大好きなアニメ『烈風飛電バトルドローン』。

 今目の前に広がっているのは、まさにそのアニメのワンシーン。


「……私っ、『烈風飛電バトルドローン』のモブになってる――!?」


 直後顔を上げた舞翔が、窓の外へと颯爽と飛び立つ青く光るドローン(ゲイラード)を見た。


「その宣戦布告、受けて立つぜ! ソゾン!」


 武士が叫ぶ。

 いつの間にソゾンは校庭に行ったのかとか、そもそも不法侵入してるじゃんとか、もう朝の会が始まるのにみんな席に着かなくて良いのかとか、先生来るの遅くないかとか、そんな常識的なことは言うだけ野暮だ。


 何故ならここは、“ホビーアニメ”の世界なのだから――!


「! 舞翔!?」


 けれどもそこで、舞翔の体がぐらりと揺れた。

 椅子もろとも床に倒れ込み、思ったよりも大袈裟な音が教室に響き渡る。


「? 空宮!?」


 まさに今、二機のドローンがぶつかり合うという直前だった。

 けれども舞翔が倒れた音に、クラス中が驚いて教室を振り返る。それは、武士も同様だった。


「ソゾン! ちょっとタンマ! クラスメイトが倒れた!」


 武士はそう叫ぶと、さすが主人公というべきか、まっさきに舞翔のもとに駆け付けて「空宮! 大丈夫か!」と助け起こした。

 けれども既に舞翔は意識が薄れかけており、絵美が慌てて職員室へと先生を呼びに走る。


「ん? これって」


 意識を失いそうになりながら、舞翔は目の前の武士が自分の机の上に視線を投げたことに気が付いた。

 そしてハっとする。

 自分が倒れたせいで、アニメの展開が変わっている。


「あ、浦風、くん……っ、も、戻って」


 頭痛と眠気のようなものに必死で抗いながら、舞翔は言う。

 しかし直後、武士は目を爛々と輝かせ、舞翔を見た。

 舞翔はその主人公の圧に口から心臓が出そうになる。


「すっげぇ! なんだよこの図面! 面白ぇ!」


 舞翔の顔面から、一気に血の気が引いた。

 浦風武士は、自他ともに認めるバトルドローンバカである。()()()()に興味を持たれること、それは彼に舞翔自身が興味を持たれてしまったことに等しい。


「舞翔! 先生呼んで来たよ! て、ちょっと武士、あんた病人に何やってんの!?」


 担任の高橋教諭を引き連れて戻って来た絵美は、ぐったりした舞翔に図面を押し付ける武士に半ば悲鳴のような声を上げた。

 しかし武士は止まらない。校庭のソゾンなどほったらかしで、舞翔にどんどん顔を近づけていく始末だ。


「やっやめ、やめ……!」

「ちょっと武士、舞翔が嫌がってるから離れなさいよ!」

「ここでつまずいてんのか? 兄ちゃんなら解決できるかもしれないぜ!」


 絵美の制止も聞かず、武士は図面を舞翔にずずいと押し付けた。

 舞翔の意識は色んな意味で限界を迎えていた。

 武士の顔が近過ぎることに恥ずかしさで顔が赤くなり、記憶の流入で頭がガンガンと痛み、そしてソゾンをほったらかしにしていることに罪悪感で胸がいっぱいだ。

 そして今、自分のせいでアニメのワンシーンが完全に壊れてしまった!

 そのことに、すっと意識が遠くなる。


「カランって奴にも言えば助けてくれるはずだぜ!」

「カラン? それってっっ!!」


 主人公チームの大人気イケメンキャラの名前ぇぇぇえ!

 そう心の中で叫びながら、限界に達した舞翔の意識は、遂にそこで消失したのだった。



趣味を大いに詰め込んでおります。

完結までどうぞお付き合いください!


少しでも気に入って頂けましたら、感想、レビュー、ブクマ、評価など頂けると大変勉強になります。

よければぜひぜひ、お声をお聞かせください!


※2025/1/21 改稿

※2025/2/16 改稿

※2025/5/6 改稿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この度はフォローいただきましてありがとうございます。 拝読に参りました〜! 宜しくお願い致します♪ おおおお。怒涛の記憶の蘇り。 そしてまさかのモブポジション。 これはここからどう物語が展開するのか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ