003:増設したら発見
苔。
地表や岩の上に広がる植物の総称。
・・・・・
異世界に来てから数えて100日目。
大体三ヶ月が経った今日この頃。
最初に寝床を作った場所を拠点としてその周辺の岩肌しかない荒野の緑化活動をしていたが全然上手くいかない。
まず、岩肌のみだとミカンの木のように根が張れずに倒れるだろうと思い、地平線まで苔を生やした。
苔が土代わりになればと思って実行した。
寝床の時も思ったが苔の場合だと種がないらしく、手には何も現れないのだが触れた場所には苔が生える。
さらに増えるように念じれば凄い速度で苔が広がっていくのだ。
岩肌だと遮るものが無いせいか、より分かりやすくてまるでペンキを高速で塗っているかのように岩肌が苔の絨毯に変わっていく様は圧巻であった。
次に思い付く限りの野菜や果物など食べれる植物の種をばら撒いたが一向に芽が出ない。
水代わりにミカンの果汁を撒いたがダメだった。
能力を使えば生長はするがミカンの木のように根付かないし一夜明けたら凍って全滅だ。
日が沈むと寒くなるとは思っていたが植物が凍ってしまう程だとは想定外だ。
そして凍る…というよりも枯れると能力が効かなくなってしまう事も分かった。
剥いた後のミカンの皮にも能力が効かなかった事も考えると生きた植物に干渉できるけれど植物だった物、つまり枯れたり植物を加工した物などには干渉できないらしい。
野菜や果物は全滅だが、その代わりに苔は白く変色こそしたが極寒の夜をやり過ごせた。
私が触れば緑色に変わる所から他の植物と違って枯れていないようだ。
苔の生命力、恐るべし。
私も熱を発するザゼンソウが無かったら凍えて死んでしまっていたことだろう。
熱に感謝。
天気はずっと快晴。
ずっと雨どころか雲一つ無い快晴である。
ついでに風も吹かない。
今はそういった時期なのか、この世界ではこれが普通なのか比較対象も情報も無いから分からない。
私は野菜や果物で水分を補給できるが他の生物はどうやってこの環境を凌いでいるのだろうか。
昼は灼熱、夜は極寒、雨も風も無い岩肌しかない環境。
ここで生きていける生物に尊敬の念が絶えない。
しかし、この世界に来てから獣どころか鳥や虫さえまだ見つけていない。
やはり水の無い場所には生物は存在できないのだろうか。
もしくは…考えたくないが既に生物は絶滅しているのだろうか。
他の世界を壊す魔法が使われたのだ。
この世界に何も影響を与えなかったとは思えない。
結果、この半年の緑化活動の成果は地平線まで広げた苔の絨毯のみだ。
というか緑化は早々に諦めて苔の維持しかしていない。
私が専念していたのは生活環境の充実化と植物の生長を活用した整形技術の練習である。
まず手を出したのは服だ。
葉や木の皮、繊維などを織って服を作れる事は知っているが、作り方が分からない。
そこで最初はミカンの葉一枚を全身に沿って生長させて作った頭の上から足の裏まで覆ったピッチリスーツだ。
メリットは作りやすい事だ。
生長で全身を覆うだけならば不器用な私でも簡単に肌を隠す事はできた。
デメリットは耐久性の低さ。
少し動くだけで破れて穴が開く仕様だ。
脱ぐ時も全身をビリビリに破かないといけないから一度きりしか使えない代物だ。
没。
一枚の葉で作る事がダメならばと葉を鱗状に重ねたギリースーツのような物を作ったが良き発想の転換だった。
動きにくいけれど破けない。
しかしミカンの葉は硬めで曲がってしまうと元に戻らなかった。
それから私は葉を重ねるスタイルのまま植物の種類を色々と変えて試した。
数多くの試作品を作っているうちに似たような物を思い出して作った物に落ち着いた。
日差しを防げる大きな笠のようなものを頭に被り。
肩から足元まですっぽり隠せる蓑を着て。
足首まで包む草鞋のような物を履いて。
魔本や携帯食なんかを入れた籠を背負っている。
昔の農民スタイルである。
所々ブカブカなのは気にしない。
編む技術や知識が無い私が能力でそれらしく作った代物である。
全てはアジアイネ様のおかげである。
ちなみにアジアイネとは米の和名だ。
魔本のおかげでまた一つ、賢くなった。
米が食べたかったから作ったのに火が無くて炊けなかったから断念したのだ。
それにいくら生長させても私の知ってる米にならなかった。
手から出る時から白くなく、茶色かった。
いわゆる玄米というやつなのだろうが…私はこの状態から白米にする方法を知らないし魔本も教えてくれなかった。
見た目は古き農民だが着心地は私が作った試作品の中で一番良い物だ。
動きやすく、着脱ができ、日差しを防げ、暑くも寒くない。
荷物も背負っているから両手が自由。
そして簡易に作れる。
これで壊れたとしてもまた新しいのが作れる。
藁は天日干しをするから時間はちょっと掛かるが。
植物の整形技術はこの世界に来てからは日が出ているうちはずっと練習していた。
そのおかげかだいぶイメージに近い物が作れるようになった。
想定よりも5倍程の大きさになるが形は良い。
寝床も木を固めた物から私の知っている家の形に近づけれた。
巨人の家みたいな所は目を瞑るしかない。
ただ、小さい物や細かい作業は苦手だから家具はほとんど作れていない。
それでも寝室と食糧庫の用途に合わせて部屋を分けるぐらいはできた。
寝室は藁山を作っていつもそこに潜り込んで寝ている。
藁のチクチクした感触にも慣れて今ではザゼンソウの熱を逃がさない藁の暖かさに包まれて熟睡できている。
食糧庫は天日干しした果物やナッツを種類別に分けて蓄える部屋だ。
味や香りは未だに感じられずにダメだが食感だけは分かる為、干した果物やナッツ類など歯ごたえのある物を好むようになった。
今ではいつでも食べれるように一定量作って保管している。
この三ヶ月で分かった事は環境以外にも私の体についてもいくつか分かった事がある。
まず食べれはするが排泄がない。
便秘とかそういう話ではなく、汗、涙、尿、便など生きていく上で発生するはずの物が無い。
この体は天使様がこの異世界に適応できるように作ったらしいが、この世界では排泄が存在しないのだろうか。
なんだか全く違う世界に来たと思ってしまう。
魔法がある時点で分かっていた事だが。
今でも農民スタイルで大量のピーナッツをバリバリ食べながら家を中心とした拠点造りの真っ最中である。
生物を未だに見た事が無いとはいえ、いつ外敵が現れてもおかしくない。
転ばぬ先の杖と昔の人も言っていたように備えておいて損はない。
ゴブリンハーレムは遠慮させてもらおう。
外壁用にはユソウボクを採用している。
魔本に硬い木を尋ねるとユソウボクが出た。
知らない名前だが緑と灰の斑ら模様の細い幹の木で頼りなく見える。
しかし細い枝にぶら下がってみてもびくともしないからかなり丈夫な木だと思う。
外壁は横から見た場合、外側を直角に、内側を斜めの直角三角形にして拠点を中心にぐるりと囲むように造った。
これからユソウボクが根を張れずとも倒れる心配は無い。
高さは大体5メートル程で登り難くする為に外側の上層部を反らしている。
立派な外壁の完成だ。
毒も考えたが能力を使って生長させるには私が触れなければならないから辞めた。
肌が荒れるぐらいなら外敵対策としては弱いし、逆に死の危険がある場合は最初に触れるのは私だから不採用だ。
最近になってようやく一周目の外壁ができたから今は二周目の外壁を作っている所だ。
ただユソウボクを生長させるだけなら一手間で終わるのだが形を揃えるにはその箇所を見ながらでないとまだ整形は難しい。
それにユソウボクは夜を越える事ができないから次の日は枯れてしまって能力が効かなくなる。
つまり小分けして慎重に整形しているから時間がかかってしまう。
ずっと集中なんてできないから小休憩を挟んでいる為なおさら時間がかかる。
でも着々と拠点ができていく光景は達成感があって楽しい。
ナッツ休憩を終えて外壁の上層部を整形しようと登った時だった。
何かが見えた。
苔しか見えないはずなのに何かある。
遠すぎて何か分からないがこっちに近付いてきている。
生き物か乗り物か?
どちらにせよ、こちらに近付いているなら逃げるべきか。
しかし私が一周目の外壁に移動している間に追いつきそうな勢いだ。
仕方がない。
ユソウボクを私が外側から見えないように生長させて隠れる。
とりあえず様子見しよう。