001:起きたら荒野
夢。
それは睡眠中に体験する明瞭な感覚・意識体験。
・・・・・
目の前に一つの光の玉が見えた。
「起きてるっすか!?
時間がないっすよ!
早く起きるっす!」
その光の玉は私の前で右へ左へと忙しなく動きながら喋っていた。
光源らしい物は見えず、光が丸く集まっているとしか言えない感じだった。
「…夢?」
「夢じゃないっすよ!?
起きたんっすね!?
良いっすか?
よく聞くっす!
お前は死んだっすよ!」
「はぁ…」
「詳しい事は全部、これに書いたっすから!
目が覚めたらちゃんと読むっすよ!」
「はぁ…」
「返事はしっかりするっす!
頼んだっすからね!」
私が返事をする前に光の玉は消え、私は気が付いたらうつ伏せで倒れていた。
立ち上がり辺りを見回すと周囲の一帯が灰色の岩肌で傍に一冊の黒い本しかなかった。
あと、私は裸だった。
「どういう事?」
とりあえず光の玉の言葉通りに本を読む事にした。
落ちていた黒い本を拾って表紙を見たがタイトルが無く、試しに中央から開くと何も書いていなかった。
「白紙?」
何度かページをめくるといきなり風もないのに勝手に本がめくられ始めた。
私はそれを呆然と見つめたまま待っていると、とあるページで止まった。
/////
どもっす。
オレっちはアンタ付きの天使とか悪魔とか守護精霊とかそんな感じの存在っす。
事情を簡単に書いておくっすよ。
まず、そこは異世界っす。
そこのあるバカが魔法で地球をぶっ壊したっす。
オレっちはアンタの魂を守る為にそっちに連れて行ったっすけど…
途中で力尽きたっす。
体は異世界でも生きていけるように創り直したっすから安心するっす。
力も与えておくっすから頑張って生きるっす。
ちなみにオレっちは植物に関する知識を蓄えていたから植物に干渉できる能力にしたっすよ。
やり方は本に書いてあるっす。
知りたい事を唱えれば勝手に本が開くっす。
詳しい事もちゃんと書いてあるっすから知りたかったら読むっすよ。
/////
「…えぇ?」
私は本を閉じ、目も閉じて本に書いてあった内容を理解する為に考えた。
「…どういう事?」
考えた末にたどり着いた答えは私には理解の及ばない事が起きたという事が分かった。
軽い感じで書かれていたけれど、地球は滅ぼされてしまったらしい。
いきなりそんな事を伝えられても実感が湧かない。
昨日の事を思い出そうにも…何も分からない。
思い出そうにも何も思い浮かばない。
文字や単語は理解できるのに思い出が全く浮かばない。
私は誰だったのだろうか。
記憶喪失という言葉が脳裏を掠める。
天使?様の造り直した頭にはどうやら生前の記憶というものが欠けているようだ。
無いものは仕方ない、諦めよう。
第二の人生を歩めるだけ感謝するべきだ。
天使様、万歳。
それと魔法とはやはり…アレだろうか?
アニメやゲーム、ライトノベルなんかに出る万能の力の事だろうか。
…どんなものを見たり読んだかのか忘れてしまったが知識としてどんな物か分かるとは奇妙な体験だ。
これらの単語が出る辺り、私はいわゆるオタクと呼ばれる存在だったのかもしれない。
世界を壊す程の魔法があるなら私が想像している大抵の事は可能なように思う。
火の玉、水の槍、雷の矢、エトセトラ…
攻撃に関するものばかりイメージが沸き出てくるのはゲームの影響だろうか。
天使様は私に頼んでいたように思うけど何を頼んでいたのだろうか。
詳しい事を書いたって言ってた気がする。
内容は詳細とは程遠い量な気もするし、読んでも頑張って生きろとしか書いてあってない。
日差しが強いせいだろうか。
肌がジリジリと焼けるような感覚。
暑さから逃れる為に日陰に入りたいが辺りを見渡しても灰色の岩肌が広がっているだけで日差しを遮る物も無い。
ふと思い出したかのように喉の渇きを覚えた。
「水」
しかし、周囲にはカラカラに乾いた灰色の岩肌が広がっているだけで水場が近くにある気配が全く感じられない。
人間を含め生物は水が無ければたちまち死ぬ事になる。
せっかくの新たな人生を水不足で終わらせるなんて事はあまり好ましくないだろう。
私は再び本を開く事にした。
植物に干渉する力。
それがどのような物か分からないが今をどうにかできるかもしれない。
具体的に言えば喉の渇きを癒せる果物でも手に入れば良いな…と、そんな淡い希望に縋った。
「植物に干渉する力について」
先ほどとは違って閉じていた本が勝手に開く。
スマホのような便利な本だと感心しながら開かれたページを覗く。
そのページには白紙ではなくちゃんと文字が書いてあった。
しかしそのページの前のページを見返してみようとめくったが白紙だった。
この本は自分で開いて読むという手順では読めない仕組みなのだろうか?
便利なようで不便な不思議な本である。
少なくとも私が知っている本とは違う代物だ。
魔法のある世界ならばこの本は魔法の本というべき存在なのだろう。
それも異なる世界の天使様が書いた本となるとこの世界でも価値ある物だろう。
これからは魔本と呼び大切に扱おう。
ページをめくって文字が消えていない事に安堵しつつ内容を読む。
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『植物に干渉する力』
植物に触れると自在に干渉できる。
地球に存在していた植物ならば名前を唱えると種を生成できる。
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種を生成できる?
種を植えて根気良く育てろという事だろうか。
それに先程の天使様の挨拶の文章と違う書き方である事も気付いた。
それにどんな理由があるかは分からないけれど。
魔本を読んでも分からなかった。
知りたい事が書いていない。
困った。
自在に干渉できるという説明から予想を立てるとして、形や状態を変える事ができると想定しよう。
植物の変化と言えば生長だろうか。
種から芽吹き、花を咲かせて、果実を実らせ、種を残して枯れる。
その状態の変化に干渉ができるならば促成栽培、つまりは生長を早める事も可能ではないのだろうか。
喉の渇きを癒す為、先程の仮定を確認も兼ねて、まずは瑞々しい果実を試してみる事にした。
できれば日陰も作りたいから木が良い。
どうせなら皮が素手で剥けてすぐに食べれる物。
そう考えて私はミカンを選ぶ事にした。
「ミカン」
何も起こらない。
何かを間違えたのだろうか。
体のどこからか種が出てきて落ちたのかと岩肌を確認したがそれらしい物は無い。
もう一度ミカンと唱えるが先程と同じように何も起こらない。
魔本をもう一度、読む。
名前を唱えて、と書いてある。
もしかしてミカンは果実の呼び方であって木の名前は違うのだろうか?
あいにくと生前の私は植物に詳しくなかったようでミカン以外の言い方が思い浮かばない。
しかし、私には強い味方、天使様から授かった魔本がある。
困った時はまずはこれに頼ればなんとかなる、かもしれない。
「ミカンの正式な名前は?」
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『ミカンの和名』
ウンシュウミカン。
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「和名?」
正式名称ではなく和名なのか。
ミカンの和名がウンシュウミカンなのだろうけれど聞いた事があるようなないような?
とりあえず名前は分かったのだ。
次こそは種を生成してみせよう。
「ウンシュウミカン」
名前を唱えると手に違和感を感じた。
魔本を閉じて確認するとそこには見覚えのある一粒の小さな白い種が有った。
なるほど手に種が現れるのか。
確認の為、現れた種を岩肌に置いて手を見ながらもう一度唱えてみる。
するとどうだろうか。
手のひらの中央が盛り上がり種へと変わった。
先程の感じた違和感はこれだ。
一瞬の出来事で痛みは無く、気付けば種の感触があるといった具合だ。
手を傾けるとコロコロと種が岩肌に落ちる。
どうやら肌と種はすぐに分離するようだ。
種を拾い、試しに発芽を促せるか試そうとすると種から芽が出た。
………なるほど。
私の仮定は合っていたようだ。
さらに触れた状態で考えるだけで植物に干渉できる事も分かった。
私はミカンの発芽した種を岩肌に置いてしゃがんだ状態で芽に触れて思った。
育て、木になれ、実をつけろ。
芽はみるみるうちに育ち木になって…倒れた。
木が折れた様ではなかった。
よく観察すると木の根がむき出しで種を置いた岩肌に何も変化がない。
急激な生長で岩肌に根をはる事ができず、バランスを崩して倒れたのだと思う。
確かに足元の岩肌は土どころか、とっかかりになるような段差やひび割れが見当たらない。
見れば見るほど植物が育ちにくい環境である。
木は幹は細いとはいえ、私の胸程までの高さまで生長しており、もし私の方に倒れていたら怪我を免れなかっただろう。
危なかった。
私の手から離れてしまったからだろうか。
木を観察すると葉が生い茂っているがミカンらしい物は見当たらない。
倒れた木に触れてミカンが実っている様子を思い浮かべるとイメージ通りにミカンが実った。
地面から生えていなくても干渉できるようだ。
しかし果実は花が咲いた後にできるものではなかっただろうか?
とはいえ、私はミカンの花が咲いている様子を見た事がないし、そういうものなのかもしれない。
軽くミカンを引っ張っても取れなかった為、力任せに引っ張りなんとかミカンを取った。
私の知っているミカンだ。
早速皮を剥いて一房食べる。
「マズイ」
異世界に来て最初に食べたミカンは不味かった。