6、女御国総合庁舎
―女御国総合庁舎の一室―
捕虜となった光如付き側人頭だった西沢則武は、少人数での取り調べを受けていた。
西沢に、余計なプレッシャーをかけまいとする配慮だ。
取り調べは彼を捕獲した阿郷高志、見届けは塗手金玉総参謀長。それに総司令官満地破魔娘と谷尻伴。
西沢は頑強に抵抗するかと思いきや、堰を切ったようにペラペラと喋り出した。身代わりにされた腹いせをするかのように。
「まず、聞こう。お前の上司光如とは、どんな人物だ」
「はい。正直いって、どうしようもない愚物ですよ」
「ほう」
「まあ」
多少は浄光国の事情とか人となりについて伝聞があるが、身近に勤めていた人物からこうもあからさまに嫌われている。そのことに、皆は驚かされた。
「ずいぶんな言いぐさだな」
「長く身近で勤めていた感想ですよ。まず、短気。ちょっとしたことで、すぐ怒る。小さい時からワガママいっぱいに育って、堪え性がないんですね。仕える者はいつもビクビクですよ。誰も何も言わないから、責任も取らない。もういい歳なのに、全然成長してない。子供がそのまま、大人になったような人です。身体だけ大人にね」
「う~ん、なるほど。そんな奴が国の後継者では、心配ではないのか」
「浄光様には三人の子供がいます。隠し子の数は分かりませんが。その長男が光如、次男が浄如様、長女が満如様。満如様は女、浄如様に期待する声が少なからずあります。大っぴらには出来ないですがね」
「そうだろうな~。で、浄如とはどういう人物なのだ」
「それが、よく分からないのですよ。僕は光如様付きですからね。ただ、あまり目立った行動は聞きませんね。温和な印象があります」
「ふん、ふん」
阿郷は不満そうだ。光如のことは、何かと聞き及んでいるが浄如のことがよくわからない。
最も知りたいのは浄如のことなのだ。
「では、浄光とはどんな人物なのかな」
「教主様のことは、どうも・・・・」
「言いづらいかな。だけど、もう、浄光国には戻れないよ。洗い浚い喋ってしまいなよ」
「そうですね」
西沢はそれでも躊躇っていたが、意を決し堰を切ったかのように話し出した。
「以前はどうか知りませんが、この頃はどうかと思うような事が多いです」
「どんな事かな」
「以前、大事な儀式の最中昏倒しまして病院に運ばれました。不摂生が祟ったのでしょう。動脈硬化、軽い脳血栓、糖尿病の気もありましたし、何しろ贅沢三昧の暮らしですから。
その時は、何とか持ち直したのですが、後遺症がね。目がかすれ、良く見えないようです。
それから膝にきまして、歩くのが困難となりました。今は輿に乗っての移動です。動機息切れも常態化してるようです」
「ふ~ん、そりゃ長くはないな~」
「それでも、贅沢三昧は止めないのです。豪華な食事を用意させます。食が細くなって、殆ど食えないのに。一般の民に金納、献納で貧しい暮らしを強いていて、自分は殆ど食えないのに贅沢な食事を用意させるなど、実に無駄な贅沢三昧。教主としてどうかと思いますよ。長く教主の座にあって、周りはお気に入りのイエスマンばかり。誰も注意しません。長い独裁の弊害がモロに出てます。それから」
西沢は、なぜか躊躇して破魔娘の方をチラッと見た。
「構わんから、言え」
「はい。教主は異常に性欲が強くハーレムを作っていました。女をとっかえひっかえ、毎晩のように」
「ほう、ハーレムか~すごいね~」
「まあ、羨ましいのですか」
頷いた羨ましそうな参謀長の顔だ。そんな塗手を破魔娘が睨んでいる。
「うん、ああ、いや。続けてくれ」
「それが、糖尿病のせいで・・・・きたのです。勃たなくなった」
「キンタマにきたんだ」
「塗手様、そのような直接的な表現は」
谷尻がイヤな顔をした。
「で・・・・」
「それでも性欲に突き動かされるようで、頻繁にハーレムに出入りしてるのですが」
「なにせ、ものが役に立たない」
「そうです。女を何人も侍らせて、奉仕させて身体をまさぐっても、その先がない。女は、気分が盛り上がって、情欲の炎が燃え盛ってしまう。でも、その先がない。ヘビの生殺し状態ですね」
「それは、気の毒な」
「情欲の炎を鎮めるべく、浮気にはしる女もいました。結局、発覚して拷問を受けたらしいです。亀甲縛りの裸の女が浄光のハーレム室から逃げ出したことが目撃されてます」
「ふ~ん、サドマゾにはしったのか」
「ゲスの極みだな」
「ねえ、亀甲縛りってなあに」
「それはだね。亀の甲羅の模様が六角形だろ。六角形型に縛る技法があるのさ」
「なんでも知っているのね」
「参謀は何でも知っているのさ」
「いやらしいわあ~」
破魔娘と谷尻が、汚らわしいものを見る目で少し身を引いた。
「教祖が煩悩まみれか。よく国が保たれているな」
「ほんと」
「それがですね。国の機構はだいたい定まっていまして、教主のスキャンダルも表にでません。ウワサの段階です。それに、何か事があると身代わりを悪人にし立てて、有無を言わさず処刑してしまいます」
「ふ~ん。浄光、光如、浄如か。それで、戦を指導してる者は」
「光如様付きの参謀長は木村朝男といいます。浄如様付きの参謀長が小島俊道といいます。能力のほどは、よく分かりません。ただ」
「ただ」
「今の軍事顧問、軍の学校長の宇佐美貞夫という人が、そうとうの優秀な参謀と言われています。伝説の参謀長と言われています。その人が、今の浄光国を作ったといわれています」
「う~ん、宇佐美貞夫か・・・・奴が出てくると厄介だな」
「はい」
「ありがとう。参考になった」
「えっ・・・・」
西沢は絶句した。『ありがとう』何て、思ってもみない感謝の言葉だった。
「どうした?」
「いえ・・・・、思いがけなくて」
光如に付いて以来、ついぞ感謝の言葉なんて掛けてもらった憶えなどない。西沢は感激していた。ただのお喋りなのに、大した価値などなかろうに、労いの言葉を掛けられた。
何という違いだろう。僕は、生まれてくる場所を間違えたのかもしれない。
「あの~、僕はどうなるのでしょう」
「あん、捕虜として裁判にかけられるだろうな。当分、捕虜収容所暮らしだな。時として、情報の提供を求められるかもしれない。協力を惜しまなければ、その分早く出られるかもしれない」
「あの~、刑期が終わったら女御軍の入軍試験は受けられるでしょうか」
「う~ん、でも君は浄光教の信者だろう」
「いえ、違います。信者のフリはしてましたが、本物の信者ではありません。はい」
「う~ん」
「いいじゃないか。面接を受けなさい」
「はい。ありがとうございます」
西沢の顔がパッと輝いた。
「いいのですか。西沢は浄光国で育った人間ですよ」
塗手と破魔娘が残った室で、破魔娘が懸念を示した。
「うん、浜口の例があるしな」
「そうですよ。私は今でも信じられない。ず~と子供の頃から、側に居て陰日向なく尽くしてくれた。命を助けて貰ったこともある。それなのに、浄光国につくなんて・・・・」
「前にも言ったろ。それは深層睡眠術とか休眠睡眠術とかのたぐいで、何かしらのキーワードで目覚める。自分の、あずかり知らぬところの行動にはしる。その懸念だろ」
「そう」
「でもね、人間なんていろんなものが混じり合っている生き物なんだよ。良いも悪いも、善も悪も、バカもリコウも、純粋もすれっからしも。逆に丸っきり純粋に見える人間こそ、怪しい、危なっかしいんじゃないか」
「そうね」
「問題ないよ」