20、橘 瑛
―新宮殿―
「戸間が帰って来ました」
「通せ、して首尾は」
「はっ、戸間にお聞きくださいませ」
儀典長、荒巻照代は言葉を濁した。戸間は、手ぶらで現れた。
「申し訳ありません」
戸間は、土下座して頭を下げた。
「戸間、責任は重いぞ」
「はっ、処罰は覚悟です。その前に、伸さまから伝言がございます」
「む、申せ」
「はっ、伸さまは『私は、自らの意志で女御国に来た。時期が来たら、自らの意志で笠原国に帰る』とのことでした」
「ううむ、いきさつをもっと詳しく申せ」
「はっ」
戸間は、鉢伏山でのいきさつを丁寧に説明した。
「むむ、伸は刀を喉元に当てて脅したのか」
「はい、我らも驚愕しました。塗手とその妹珠子も驚いていました」
「はは、そうか」
「我らが一番驚いたのは、伸さまの理路整然とした言葉、断固たる決意、将来への行動の予測、とても3
歳のお子さまとは思えません。信じられません。誠に聡明でいらっしゃる。それが、目がキラキラと輝き、非常に可愛らしい女の子なのです。あの方は人間ではありません。神です。ああ、すみません。私ごときが、出過ぎた意見などを、お許し下さい」
「むむ」
「教主さま、お顔が歪んでおられます」
儀典長に指摘され『ハッ!』とした光如は、顔をパンパンと張った。
「戸間、今回の不首尾、当分謹慎とす」
「はっ」
戸間は不首尾、謹慎と言われても何の痛痒も感じて無い様子だった。むしろ、恍惚とした表情を浮かべている。対する光如さまは、騙し討ちが得意技と言われているのに、伸如のことになると、まるで恋に恋する乙女のようだと荒巻は思った。
「荒巻、どうしたものかのう。どうすれば、伸は帰ってくるのだろう」
「はあ、まず、帰って来ない条件を考えないと。浄如さまと争っていては、帰って来ますまい」
「うむ、そうだな。木村を呼べ」
「はい」
「北の章の軍を撤収させよ」
「はっ、何と?」
いきなりの撤収、木村参謀長は光如の言葉が信じられなかった。
「愚にもつかない兄弟ゲンカをしても、しょうがないだろう。不毛だ」
「はっ」
珍しく、真っ当な言葉だ。しかし・・・・。
「停戦交渉を始めよ」
「はっ、かしこまりました」
木村参謀長は、キツネにつままれた気持ちで退出した。
北の章地区の浄如軍司令官は、撤収する光如軍を見て疑念を抱いた。急ぎ、各隊の長を呼び協議した。
「どういうことだろう」
「う~ん」
「罠かもしれません。撤退と見せかけて、追尾すると両側に別れ挟み撃ちにするとか」
「いや、だけど、やけに整然と退却してますな」
浄如軍は議論を重ねている内に、光如軍は粛々を撤退してしまった。
浄如軍はなすすべ無く、撤収を始めた。
それを、光如軍到着の最初の戦闘で撃破され物陰に隠れ見つめていた章秀来が、呆然と見つめていた。両軍激突かと思われたら、なぜか光如軍は撤退し、浄如軍は追おうともしない。
「何なのだ!」
章は憤懣やるかたない。これでは、我らだけがやられ損じゃないか。
やがて、章秀来は伸如が絡んでいる事を知る。
―新宮殿―
「どうしたものかのう」
「誰か、様子を見に行かせてはいかがでしょう」
「うむ・・・・お主行ってくれるか」
「えっ・・・・私では・・・・。満如さまでは、いかがですか」
「ん、そうか満如が居ったか」
光如は手を打った。ハナから、念頭に無かったようだ。
「満如を呼べ」
「はっ」
7月吉日、浄光国を出立した満如一行は、女御国総合庁舎前広場に到着した。
広場には伸如、橘瑛、それに満地破魔娘、塗手参謀総長はじめ主だった者たちが、整列して出迎えた。
未だ戦争中の国とは思えぬ、歓迎ぶりだ。
満如は光如から『伸のこと、よろしく頼む。細大漏らさず、伸のこと見て聞いて来てくれ』と、懇願されたのだ。この、異様とも思える融和ムードは伸如がもたらしたものなのだ。
『3歳児の伸如がどういう者なのか』という興味が、満如が任務を引き受けた要因だった。
「オバさま、お久しぶり」
「伸ちゃん、元気そうね」
伸如が満如に駆け寄ろうとした時、異変が起こった。
満如の一行の一人が、飛び出したのだ。
手に、キラリと光る刃が見えた。
その時、運動神経が鈍そうに思えた橘瑛が、どこにそんな俊敏さがあったのかと思われる素早さで、伸如の前に出た。
凶刃は、ブスリと橘瑛に突き刺さった。
犯人は満如の従者の一人を殺し、一行に紛れ込んでいた章秀来だった。
「キャー!」
「ああー」
「瑛いー!」
「何てえことを」
広場は大混乱となった。
章秀来は、すぐに取り押さえられた。
「瑛―、瑛―!」
伸如は、瑛に突き刺さった短剣を引き抜こうとした。
「伸ちゃん、抜いてはだめだ。そのまま、そのままだ。医者だー、医者を呼べー!」
医者を呼んでもダメだろうと、素人目でも分かった。
瑛は、伸如の手を握り微かに笑って逝った。
「瑛―、瑛―!」
広場には、伸如の悲痛な叫びが響いた。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
20話をもって『女御国の攻防 2』は終了です。
またどこかで、お目にかかれたら嬉しいですね。




