19、鉢伏山 2
ここからが登山道となる。
塗手と珠子が、代わる代わる伸如を背負いの登山だ。
一行は、鬱蒼と茂る杉木立を進んだ。
「木漏れ日がいいね」
「杉の香りが新鮮だわ」
「線香は杉の葉から作るんだ。葉をすり潰して、練り上げて線香にするんだよ」
「そういえば、線香に似た香りだわ」
一行は杉林を抜けて、落葉樹林帯に入った。
「新緑の木漏れ日が新鮮だわ」
「空気がいいね」
「爽やかだわ」
やがて、高木樹林の中に低木の赤橙色の花が咲いているツツジが、ぽつりぽつりと見えだした。
「あの、きれいな花は」
「あれは、山つつじの花だよ」
やがて、少し開けた場所に出た。
「あそこで休憩しよう」
平たい岩が並び、開けた先に遠くかすむ牛の腹の田園や家屋が眼下に広がっていた。
「やあ、いい景色だな」
「ほんと~」
その時、樹木の影からわらわらと迷彩服の男たちが現れた。
「むっ、何者」
塗手は、伸如を隠すように立ちはだかった。珠子も前に出た。
「伸さまを返してもらおう」
笠原の手の者だった。手に手に丸い棒を持っている。塗手が目で数えると9名いた。
ぐるりと取り囲まれている。こちらは2名、持ち物はただの杖。珠子は棒剣術を習っているが、心許ない。
相手の剣ではなく棒なのは、万が一の伸如への配慮なのか。迂闊だった。笠原とは、いまだ戦争中なのだ。塗手は悲壮な覚悟をした。
「兄さん、いままで金玉金玉言ってごめん」
「この非常時に、何言ってるんだ!」
「もう、言えないかもしれないだろ」
珠子も、悲壮な覚悟をしているらしかった。
塗手はこの少し先に冬の遊具、道具保管小屋があり、ソリがあることを知っていた。そこまで辿り着き、伸如と珠子をソリに乗せ斜面を滑らせれば、逃れるチャンスがあるかも知れないと思っていた。
笠原の者は、じりじりと包囲の輪を縮めてきた。
「待ちなさい」
甲高い声が響いた。伸如だった。
伸如は岩の上に立ち、いつの間にか塗手が腰に差していた短剣を抜き、その白刃を自分の喉元に当てていた。
「ああ~!」
笠原勢に悲鳴が上がった。塗手も珠子も驚愕した。
「無理に連れて行くのなら、私は死にます」
「ああ~」
「伸さま、止めて下さい」
「待って下さい」
笠原勢が、必死の叫びをあげた。塗手、珠子は呆然としていた。
「私は、自分の意志で女御国に来ました。時が来たら、自分の意志で笠原国に帰るつもりです」
「ああ・・・・」
笠原勢は、今、奇跡を見ていた。3歳児の幼子と聞いていたのに、理路整然と自分の意見を言い、決意を表明し、次なる行動予定を示した。始めて聞く肉声、断固たる意志、信じ難い聡明さ、笠原勢は伸如の威に打たれた。
笠原勢は一斉に膝まずいた。
「伸さま、分かりました。とにかく、刀をお収め下さい。お願いします」
ようやく、伸如は刀を塗手に返した。
「名を名乗りなさい」
「はっ、光如さま付きの第2隊、戸間昌平といいます。これらは第2隊の選りすぐりの者たちです」
「戸間昌平、憶えておきます」
「はっ」
「戸間昌平、聞いている」
塗手は、敵、戸間昌平を知っていた。
「はっ、光栄です」
「戸間、かの方に伝えなさい。時至れば、伸は帰ります」
「はっ、かしこまりました。確かに」
「その間は、塗手が責任を持って預かる」
「はっ、塗手殿にそう言っていただけると、安心です。お願い申します」
「お願いします」
「お願い申します」
笠原勢は一斉に頭を下げた。
次回が最終回となります。




