12、光如
「荒巻を呼べ」
光如は、側近に儀典長の荒巻照代を呼びに行かせた。荒巻はすぐに来た。
「はい、なんでしょう」
「護摩壇を焚け」
「はっ!」
荒巻は緊張した。護摩壇が焚かれる時は、重要な決定がなされる時と決まっていたのだ。
笠原浄光教は仏教系っぽい宗教だった。日蓮宗とか浄土真宗とか真言宗とかの系列ではなく、良いと思ったもの、神秘的で見栄えのするものを寄せ集めた教義を主体とする宗教団体にすぎない。だから『南妙法蓮華経』と唱えたり、『護摩壇』を焚いたり、『座禅』教室なども開いたりする。
光如は新宮殿の最深部に設けられた護摩壇殿の護摩壇の前に結跏趺坐し、般若心経を唱えていた。
傍らには、荒巻照代だけが居た。
護摩壇の炎が赤々と照らし、純白の行者装束と相まって、炎に投げ入れられた酩酊を催す沈香も加わり光如を妖しげに揺らめかせていた。
般若心経が止んで、光如がくるりと振り向いた。
「信如さまが、青厳尼寺に入ったそうです。尼になるそうです」
「うん」
「伸さまが、まだ3歳だというのに・・・・なに、考えているのでしょうね」
「うん、人間生きていれば、いろいろ煩悩に苛まされることもあるのだろう」
「!」
その苛む煩悩をもたらした本人が、事もなげに、他人事のような言い方だ。『すごい』この方は特別な方だ。私たちとは、発想が根本的に違う、と、照代は思った。
「真さまも、お元気そうで何よりです」
「うん、あれは特別な人間だ。人間が鷹揚に出来ていている。いつも穏やかで、誰に対しても分け隔てなく丁寧に親切に接する。誰に似たんだか、誰かとは大違いだ」
「ぶっ!」
照代は噴き出してしまった。
「失礼。でも同じ兄弟なのに、伸さまはずいぶんとお難りがきついそうですよ。侍女の橘瑛以外には口もきかないらしいです」
「うん、あれも特別な人間だ。あの歳で、あれだけ自我を強く持っている人間は居ないだろう。うん」
「そうですわね」
光如は居ずまいを正した。
「我は、啓示を得た」
「はい」
「真と伸とを、結婚させる」
「えっ!真さまと伸さまは兄弟ですが・・・・」
「そんなことは百も承知だ。教祖に常識は不要だ。真と伸とが結婚して、出来る子こそが真の教祖となるだろう」
「え~、教祖って、浄光さまも光如さまも教祖でしょう」
「ふん、浄光父も我もインチキ教祖だよ。教祖らしく装っているが、中身は下劣な煩悩がいっぱい詰まった肉袋に過ぎん。父、浄光なんか、最期は妄想、煩悩が噴出した中で狂い死にしている。下劣な本性が顕れ出てしまったんだな」
「そこまで、言わなくても・・・・」
「笠原家の血は、より近い親族に親和性がある。我の母も浄光の従妹だ。浄如の母も従妹だ。満如はマタ従妹だったかな。我の妻には子が出来なかった。従妹の信如にて子が授かった。浄如の場合もそうだ。笠原の家系はより濃い血を求めている。そして、真如の寛容な心と伸如の強烈な個性が結ばれるとき、最も神に近い本物の教祖が生まれるのだ」
「はあ、そのようなものですか・・・・」




