11、信如 2
浄如の若き愛人の噂は光如の知るところとなり、やがて真相にたどりついた。
光如は、羨ましくてならない。いまだに後継者に恵まれないのに、弟、浄如に先を越された。美しい愛人は、悌如の娘、いとこの信如だ。知らない女じゃない。
光如は不仲説もなんのその、度々浄如の館を訪れた。そして、チラチラと信如とすくすくと成長するその息子、真如を盗み見ていた。
やがて、光如が一つの案を出した。父には秘密にしておく、信如の罪も問わない。
その代わり
「真如を養子にしたい」と言ってきた。
行く行くは、光如が浄光国の後継者、その後継者の後継者に真如をということだ。
浄如は迷っていた。光如に息子を出すということは、いわば人質を差し出せということだ。
拒否すれば、今の実力差からいって即滅ぶということだ。自分にはまだ、光如と戦う備えはない。浄如はなくなく光如の案を受け入れた。
5歳を待って、真如は光如の養子となった。
光如は大はしゃぎで真如を迎え、同行した信如を下にも置かず丁重にもてなした。
盛大な宴が催された。浄如は出席していない。信如は身を割かれる思いだ。
そんな信如に、いかにも親し気に
「そなたは近い身内だ。そして、なお近い身内となった。好きな時、いつでも息子に会いに来るがいい。遠慮はいらんよ」と言った。
「はい、ありがとうございます」
信如は、光如と浄如の確執は知っていた。不仲説どころではなく、どちらかが排除、抹殺、謀殺まで行かねば収まらないということも。ただ、今は父の浄光が居て表面化しないだけといわれているのだ。信如の心は複雑だった。本来、光如と浄如は父の仇の息子なのだ。
それが、今は浄如の愛人となり子まで成している。その子を兄光如の養子と望まれたのだ。
それが、二人の不和の解消になって、二人の絆の架け橋になれば、私の喪失したものも価値があると思うのだ。
信如は振舞い酒に酔った。『あれっ!』と思っている内に、意識を失った。
その夜、信如は淫夢をみた。朝起きた時、身体に変な違和感があった。
しばらくして、違和感の正体が分かった。信如は妊娠していたのだ。
光如は人の好い兄ではない、邪悪な本性を隠し持っていたのだ。信如は意識を失ったまま、光如に弄ばれたのだ。
もんもんと浮かぬ日々が続くうち、どんどんとお腹は大きくなってきた。
それを知った時、浄如は烈火のごとく怒った。刀を引っ掴み、裸足で外に飛び出した。
「うおー!」と断続的に叫びが聞こえ、何か物を壊す音がしていた。肩で息をし、曲がった刀を手に浄如は帰ってきた。
それでも浄如は、堕ろせとは言わなかった。
季節は廻り、信如は女の子を産んだ。伸如と名付けられた。
信如、真如、伸如でややこしいので、信如は母さま、真如は真さま、伸如は伸さまと呼ばれるようになった。
信如は病気がちになった。うつ病で、なかなか気が晴れない。
伸如が3歳になったおり、子供の頃母と訪れた事のある青厳尼寺を訪れた。
青厳尼寺は鬱蒼とした巨杉の参道の先に、緑に包まれひっそりと佇んでいた。
何もかもが懐かしい。昔のままだった。通された部屋の外は新緑の緑が生い茂り目にやさしい。
春泥尼の傍らにはキジトラのネコが寝そべっていた。ここは、のんびりした時間が流れていた。
久しぶりに訪い春泥尼の顔を見た信如は、ボロボロと涙が頬を伝い、止まらなくなった。
春泥尼は信如を慈しむように包み込むと、泣き止むまでそのままでいた。
やがて居ずまいを正した信如は、ポツリポツリとこれまでの経緯を話した。
父、兄を浄光に謀殺され逃亡、浄光の子浄如に助けられ匿われる内に情を通じ、子、真如を産む、その子を浄如の兄光如に取り上げられ、挙句に犯され妊娠するはめに。
その子が3歳になる。そして、気が晴れることなく、鬱々(うつうつ)と過ごしている事などをとつとつと話した。
悲惨な人生の割に、その生殖は、親の仇との相性が異常といえる程良い。そして子たちの両方の親は、非常に仲が悪い。どちらかが倒れるまで、争いは止めないだろう。子たちは、否応なしに争いに巻き込まれる。
信如は我が身の置き所に窮していた。
春泥尼は、突然のあまりに激しく翻弄された信如の修羅に因業の深さをみた。
「信如さん、あなた、ずいぶんと深い因業をお持ちですね。仏教で八苦というものがあります。その中の『愛別離苦』『怨憎会苦』。愛する者と、引き裂かれる苦しみです。そして、憎い相手と会わなければならない苦です。それが、尋常じゃなく深く大きい。良く耐えてきましたね。立派ですよ」
「そんな・・・・」
「少し、休まれてはいかが。傷が癒えるまで、ず~とここに居ても良いですよ」
「ありがとうございます」
信如が頭を下げると、またポタポタと涙が落ちた。
「家の事、子たちの事は一時忘れて、自分の傷を癒すといいですよ。先ずは、自分の傷を治してからです」
春泥尼が肩に手をやると、信如の涙が止まらなくなった。春泥尼はそんな信如を、優しく包み込んだ。
信如は青厳尼寺で寝起きする内、春泥尼の手伝いをするようになった。
青厳尼寺の敷地内に、春泥尼が作った児童養護施設があった。戦争や病気などで親を失った子たちを、保護する施設である。
信如は、そこで働くことになった。




