10、信如
6年前、信如の父、悌如が浄光に謀殺された。あらぬ反逆の疑いをかけられ、有無を言わさず毒殺させられたのだ。実際は、温厚な悌如が最近になって、とみに乱暴、横暴、弑逆、無慈悲になって。猜疑心の塊りと化して周りの者を次々と粛清していた浄光より、多くの人の信頼が寄せられてあったことに嫉妬したためといわれていた。
悌如はいずれ兄浄光との対決は避けられないと、信如を西部の山奥に非難させていた。
その予感は違わず、悌如はその長男、次男共々粛清されてしまった。
怯え隠れていた信如を見つけたのは、西部の別荘に遊びに来て『佳人が住んでいる』との噂を聞いた浄如だった。
浄如は叔父の娘、信如に親しかった叔父悌如の面影をみた。
「信如かい」
「・・・・・」
「お父さんは、気の毒をした。父はどうかしている。許せないだろうが、今は我慢してくれ。先ずは、生き延びることが大事だ」
「・・・・・」
「俺の家に来て欲しい。追手に見つかったら、やっかいだ。と、言っても浄光の息子だからな、信用はできないか。でも、信用して欲しいな。怪しいと思ったら、いつでも刺していいから」
浄如は腰に下げていた短刀を解き、信如に差し出した。
信如はしばし戸惑ったが、頷き短刀を受け取って鞘を払った。
そして、その刃を自分の白い首筋にあてた。
「あっ、待て!」
「ふふふふ、冗談です。この刃を浄光に突き刺すまで、死ぬ気はありません」
「あは、大人をからかうものじゃないよ。・・・・とにかく、その意気だ」
信如は顔を薄く黒く塗り、ソバカスを施し、地味な恰好で浄如の侍女として仕えた。
浄如の妻は、人を介して仕えたジミな女に関心は抱かなかった。
状況が変わったのは、夏の夕立からだった。
使いに出ていた信如が夕立にあい、濡れて帰って来たのだ。その時、玄関で夕立を眺めていた浄如は侍女の布を持って来させると『ハッ!』とした。化粧を落とし黒髪を顔に貼りつかせた信如は、輝くばかりの美しさに成長していたのだ。濡れた衣服は身体の線を浮き立たせ、形の良い乳房が透けて見えた。
『不味い』浄如は信如を隠すように、部屋に押し込んだ。
「不味いよ。正体がばれてちゃうじゃないか」
「すみません。旦那さま」
「旦那さまか・・・・」
その時、“バリバリ!”と、近くに雷が落ちた。
「きゃー!」
信如が浄如の懐に飛び込んだ。
ま近に信如を見た浄如は、理性を失った。
しばらくは秘密の逢瀬がつづいたが、秋口になった頃、信如から妊娠を告げられた。
浄如は驚愕し驚喜した。妻との間には、いつまでたっても子が授からなかった。自分に原因があるのか、それとも妻に原因があるのか分からなかった。だが、兄、光如にも子が出来ない。
ひょっとして、笠原家系に原因があるのかと思ってもいた。
それが、思わぬ朗報だ。浄如は今後を考えた。そして、妻との離婚することにした。
「産まず女に要は無い。里へ帰れ」
浄如は妻に、冷たく言い放った。
妻は泣き叫び、抵抗したが決定は覆らない。身分の差、権限、権力の差が歴然としている。妻は、悄然と館を去った。
浄如は館を去る妻付きの侍女を呼び「あれは、まだ若い。ワシのことは早く忘れて、誰かいい人を見つけるといい」と言い「ワシからとは、言わないように」と言って、多額の金品を持たせた。




