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「ああ。道具屋の仕事とは別に、ちゃんと壮大な野望もあって、君にはその為に戦ってもらうつもりだよ。一般的な冒険者のように、遺跡を調べることも魔物と戦うこともあるだろう。だから君の望む、武名を上げられる機会は、いずれ必ずある。ご安心あれ」
と聞いて、シルファーマは心底ホッとした。
長らく途絶えていた笑顔を再浮上させて、しっかりソモロンに向ける。
「良かったあ……。つまりあんたは、今はまだ道具屋なんかやってるけど、それは決して本意ではないと。いずれは、ビシッと男らしく、財宝とか権力とか目指すのね。だったらいいわ。あんたの野望成就の為に、敵対する者との戦いに力を貸すのは、望むところよ」
このソモロンという少年は、シルファーマが思い描いていた野望の男とは、だいぶイメージが違っている。だがそれでも、方針が根本的に大ハズレしている、というわけではないようだ。
ならば問題ない、騒いで損した、とシルファーマは思った。が、
「財宝と権力、ねえ。必要なら、そういうものの獲得を目指すのもアリだとは思うけど。僕の目的はそれではないな」
「えっ?」
「僕の目的は、幾多の伝説に語られるような……」
「まさか、かっこいい正義の味方とか? 財宝や権力ではなくて? そんなの、ゲスなあんたには似合わない気がするんだけど」
「ちがーう。僕が目指すのは、冒険によって名声を高め、且つその冒険の中で数々の感動的なドラマを経て、いろいろな出会いをして築く、」
ソモロンは(シルファーマのツッコミには反論せず)、頭上の星空を見上げて指さし、
「ずばり、ハーレム! ビキニアーマーのエロ女戦士や、清楚可憐なお姫様、そして、」
と高らかに宣言してから、シルファーマに向き直った。
「ロリな悪魔っ子もまた良し。あ、高貴な魔王女様ね。ごめんごめん」
「……!」
しゅざっ! と音を立ててシルファーマは後ずさった。
かつて感じたことのない殺気、というか妖気、というか欲気? を感じたのだ。
「お、落ち着きなさい、わたし。そりゃ確かに下劣だけど、それを達成する過程で、戦いはあると言ってるし……平和に庶民的に店員だけ、やらされることを考えたら……ちゃんと、強敵と戦って勝って武名を上げるチャンス、ないわけではないのであり……」
シルファーマが覚悟を決めつつあるのを見て、ソモロンはパンと手を打った。
「さて! そうと決まれば、誇り高き魔王女様たるもの、タダメシ食うのは心苦しいだろ? だから、ウチの店でしっかりと働いてもらうよ。でも、その恰好ではちょっと問題あるからね。道具屋の看板娘にふさわしい服を買いに行こう。多分、まだ店は開いてるから」
「……こ、このゲス、調子に乗ってるっっ」
歯ぎしりしながら、しかし今は逆らえない、耐えるしかない、と。
断腸の思いで、シルファーマはソモロンに連れられて歩き出した。
低く、しかしよく通る、張りのある青年の声がシルファーマに向けて放たれた。
「あら~! 可愛い子ねえ! ねえお嬢ちゃん、お名前は? ソモロンとはどういう関係?」
ソモロンに連れて来られた服屋に入るなり、浴びせかけられた第一声がこれだ。
シルファーマの目の前には、ソモロンより背が高く、肩幅や腕の太さなどもしっかり上回り、顔は凛々しく二枚目で、整えられた短髪にも清潔感が溢れ、浮かべる微笑みは清々しく爽やかな、なかなかの好青年がいた。
但し、その身に纏っているのは煌びやかなドレスである。長く蒼いスカートの、幾重にも重ねられたフリルは、海の波でも表現しているのだろうか? シルファーマは素直に、綺麗だと思った。
本人はかっこいいし、ドレスも美しい。個別になら、誰がどう見たって文句ないのである。なのに、どうしてこんな組み合わせをしてしまうのか。
シルファーマが発言に困っていると、その肩をぽんと叩いてソモロンが代わりに応えた。
「この子の名はシルファーマ。昔、じーちゃんがちょっと関わったことのある家の子でね。今度、社会勉強がてら、ウチの店に住み込んで働くことになったんだ」
「あら。こんなにちっちゃいのに、偉いわねえ」
ちっちゃい、などと言われることにシルファーマは抵抗を感じたが、今の姿ではそう言われても仕方がないので黙った。というか、開口一番にそんな反論を出したら、この男のこの格好を認めてるような気がしてなんか嫌だ、とか考えてると発言の機会を失った。ので黙る。
そんなシルファーマの葛藤? をよそに、ソモロンは勝手に話を進めていた。
「ついては、ウチの看板娘として働くのにふさわしい、可愛い服が欲しいんだ」
「ん。解ったわ。確かにその服では、ちょっと怪しい酒場向きだもんね。いろんな意味で」
エロいだけではなく、シルファーマが幼すぎるということなのだろう。確かにこんな、幼女スレスレの少女がお酌をする酒場というのは、どんなにいかがわしい繁華街のどんなに怪しい裏通りでも、なかなか見つかるまい。
『うう。本来なら堂々たる表通りの、街一番、いや国一番の上流階級御用達酒場で、指名ナンバーワンの座を守り続ける、色っぽい高級ホステ……じゃなくてっっ!』
シルファーマが一人ボケツッコミをしている間に、青年は一旦、店の奥に入った。特に仕切りなどはないので、シルファーマたちからも奥の様子はよく見える。
青年は、奥の大きな作業台で針仕事をしている、数名の店員たちに声をかけ何事かを確認した。それからさらに奥の、倉庫らしき所に入って、そこから一着の服を持ってくる。
「これなんか良さそうね。ちょうど、在庫があって良かったわ。サイズもいいはずよ」
「お、いいな。ほらシルファーマ、これならその服の上からでも着られるだろ?」
と言って渡されたのは、黒を基調に白を重ねた、上品なエプロンドレスであった。
青年のインパクトが凄過ぎたので、渡された衣装の意外な普通さに、シルファーマは少し驚く。何か仕掛けでもあるのではと疑ってしまうが、一応言われた通りにもぞもぞと着てみた。
「……っと。どう?」
ヘッドドレスもつけて、できあがり。少しスカート丈が短いが、デザイン的にはごく落ち着いた、質素なメイドさんの出で立ちである。
魔王女様の、メイド服姿を見て、
「うん、可愛い! エロさは落ちたけど、それを補って余りある清楚可憐さが素晴らしい!」
「ええ、本当に! ワタシの見立て、間違ってなかったわね。在庫品だったのに、お嬢ちゃんの為に誂えたみたいに似合ってるわ」
男二人は、満面の笑みで絶賛した。
そうなると、シルファーマとしても悪い気はしなくて、
「そ、そう? そんなに似合う?」
クルリと回転して見せると、短いスカートがふわりと広がった。
上着にもスカートにも飾りっ気は殆どなく、肩に羽のように付いているフリルだけがアクセントになっている。素朴な、しかしそれゆえに可愛らしいメイド服。こんな衣装を、魔界では着たことがなかったシルファーマは、ちょっと新鮮な感動に、心をくすぐられている。
そんなシルファーマを見て、ソモロンも笑顔になっている。
「シャレオさんのセンスは、街でも評判だからね。喫茶店のウェイトレスから、怪しい酒場の踊り子まで、可愛い衣装もエロい衣装も何でもござれなんだ」
この店の主人らしい、シャレオという名の女装青年も、ニコニコして頷いている。
「美の追求こそ、ワタシの生涯のテーマ。シルファーマちゃんみたいに華やかな子には、その華やかさを邪魔せずに引き立てる、こういう服がいいのよ。それにしても……」
シャレオは溜息をついた。
「ほんとに、可愛さの中に色気もあり、気品も感じられる。まるで、どこかのお姫様みたい。ねえソモロン、この子って」
「おっと」
ソモロンは人差し指を立てた。
「流石、美しいものに関しては察しがいいねシャレオさん。その通り、実はちょっと高貴な血筋なんだ、この子は。でも事情があって、そのことは秘密でね」
「そうなの? 解ったわ、それなら何も聞かない。じゃ、これからも御贔屓にね」
「ああ。今日は、シルファーマの服しか買わないけどね」
「はいはい、このイジワルっ。でもいつかは……ね。ふふっ」
ソモロンからメイド服の代金を受け取ると、シャレオはシルファーマの片手を両手で握った。
シルファーマの小さな手を、大きな、がっしりとした手が包み込む。
「あなたみたいな可愛い子を、より一層魅力的にできるのは、ワタシにとって何よりの喜びなの。今度はぜひ、シルファーマちゃんのために一から服を作りたいわ。ぜひ、また来てね」
可愛い可愛いと何度も絶賛されながら、シルファーマはソモロンと一緒に店を出た。