7
「か、壁ええええぇぇ! うおりゃああああぁぁぁぁっっ!」
パランジグは慌てて、再び境界の壁を展開しオロチの攻撃を受け止めた。
眩い八筋の輝き、破壊のエネルギーの奔流がパランジグの張る壁に防ぎ止められる。
「ぬぐぐっ、ソ、ソモロンっっ」
パランジグは眉間に皺を刻んで眉を吊り上げて額に汗を浮かべ、かなり苦しそうだ。
「す、すまんが、この術には二つほど弱点がある。一つは、」
「一目瞭然だよ! 長持ちしないってんだろ? 今、手を貸す!」
ソモロンはパランジグの隣に並んで立った。見様見真似で自分も、境界の壁を張る。そして何とか、壁を維持しながら逃げるしかない。至難だろうが、やらねば!
と燃えるソモロンに、パランジグは告げた。
「もう一つの弱点はこの通り、両足でしっかり踏ん張っていないと使えん術なのだ」
ぴた、とソモロンの勢いが止まり、首だけがギリギリとパランジグの方を向く。
「そ、それって」
「全く移動できん、ということだ。もともと地上界と魔界を区切る壁として、いわば据え置きの設備として開発された術だからな。個人が、歩いたり走ったりしながら使うことなど想定されておらん」
つまり、この術でオロチの攻撃を防ぎながらではここから逃げられないのである。
それを承知で、こうして助けに来てくれたことは有難い。だが、しかし。
「じゃ、じゃあ、これからどうすれば」
「……さっきの、わしの口車の続き、何か思いつかんか?」
「んなこと言われてもっっ!」
正面を見れば、大して分厚くもない陽炎のようなものに対して白い光が渦巻きながら叩きつけられ、砕け散っている。今はそうしてそこで食い止められているが、この壁が破られた時、四人は一瞬であの世行きだ。シルファーマが喰らって死にかけた攻撃を、ソモロンたちに耐えられるはずがない。シルファーマとて、次に受けたらもう終わりだろう。
後ろを見れば、まだシルファーマは辛そうだ。ミミナがずっと治癒の術をかけ続けているが、やはり「死」に片足どころか半身突っ込んだ者を、全快させるのには時間がかかるのだろう。
そのミミナにも、疲労の色が……と思っていたら、ミミナは片手をシルファーマから放し、パランジグに向けた。そこから流れる光がパランジグに注がれ、砂地に撒かれた水のように沁み込んでいく。それによってミミナの呼吸は荒く、それでいて浅く弱々しくなってきたが、
「おおっ? こ、これならばっ!」
パランジグにはリキが入り、境界の壁が少し厚くなった、ように見える。
だが、だからといって事態が好転したわけでもない。
「……で」
と、重い声を出したのはまだ片膝をついた姿勢のシルファーマだ。
「いつもいつも、ムダにややこしいゲスM。そろそろ何か言いなさいよ」
「な、何かって」
「わたしを地上界に呼んだと思ったら、見事に脅迫してコキ使ったり。制限解除して戦わせたと思ったら、妄想を土台にした宣伝工作を考えたり。こいつにも、いろいろごちゃごちゃ言ってきたわよね。あんたなら、こんな状況でも何か思いつくでしょ。ほら早く」
「う、ぁ、え、その」
実体験に裏打ちされた、シルファーマの言葉。これは憎まれ口ながらも、信頼されていると考えていいのだろうか?
信頼。シルファーマを召喚して出会った当初もその後も、結構な頻度で怒られ怒鳴られボコボコにされてきたものだが。それでも幾多の戦いを経て、戦友として熱い友情も育まれていったから……という思いも湧かなくはないが。
しかしソモロンはソモロンである。やはりシルファーマのことで思い出して湧いて来るものといえば、あんなことやこんなこと。
殴られたり、踏まれたり、罵られたり。時にはMの範疇を越えてしまうこともあったが、たまのことであればちょっとしたアクセントというか。味の変化、珍味ってなもんで。
例えばあの時。ソモロンはつらつらと不満を述べたが、今にして思えばあれはあれで悪くなかった。あの時のシルファーマはソモロンに対して、もはやMとかドMとかいうレベルではなく、人間扱いしてなくて……
「……あ」
思いついた。そういえばシルファーマは、今こそ重傷を負っているが、オロチに対して手も足も出ないわけではないのだ。オロチの攻撃をかわせていたし、八本首の筋力に打ち負けることもなく、弱点である核に手が届いていた。ただ、殴ってダメージを与えられなかっただけだ。
ならば。ひとつ、問題をクリアできれば希望はある。そのクリア手段はパランジグが持ってきてくれた。シルファーマの体も、完治には至らぬまでもミミナが回復してくれている。
後は、ソモロンが決断し実行すれば、最後のピースが埋まるのだ。
「よ、よ~し。やってやるっ! まず、じーちゃん!」
「お、おうっ」
「こんな可愛い女の子に、回復の術をかけてもらってるんだから、こりゃ頑張るしかないよな?」
「無論!」
「任せた! ねーちゃん、じーちゃんと協力して、少しだけ待ってて!」
「うんっ」
「んで、シルファーマ!」
「はいよ、っと」
ミミナの両手をパランジグに向けさせて、シルファーマはよろりと立ち上がった。その黒装束はボロボロで、肌の火傷だけは何とか完治しているようだが、ミミナの言う通り、体の中にはまだまだダメージを抱えていそうだ。動くのも辛そう。
だがミミナとパランジグがいつまでもつか判らない今、悠長にしてはいられない。ソモロンは手早く作戦を説明した。単純なものなので、あっという間に済む。
「……わかったわ。どうせこのままじゃ全滅だし、それに賭けるしかないわね。にしても、」
軽く、凝りをほぐすように両肩を上げ下げしながら、シルファーマが言った。
「まさかあんたと、ここまで生死を共にすることになるとは思わなかったわよ」
「僕だって。いい看板娘を手に入れて、安定志向でハーレムを目指すつもりだったのに」
「そのハーレムも、わたしの英雄伝説も、ここで死んだらどうにもならないからね」
「そういうこと。さ、いくぞっ!」
ソモロンがシルファーマに向かう。
シルファーマはソモロンの襟首を掴んで、高く高く放り投げた。