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「あ、あの、ねーちゃん。この場は」
「解ってる、大丈夫」
この場を切り抜ける方便であること、ミミナも理解してくれているらしい。
と、ソモロンがホッとしたところにオロチの声が降って来た。その視線の先はミミナだ。
「対象のスキャン完了。続いて、王家のDNAデータをローディング……」
「!」
ソモロンは、パランジグから聞いたことがある。DNAというのは確か、血液の質などを含めた「その生物固有の情報」のはず。もしや、ミミナのそれを調べている? そして、王家のものと比較している?
会話できるぐらいの知能はあるにしても、破壊兵器であるオロチにそんな機能があるとは予想外だった。そんなことをされたら、決死のバクチのハッタリが破られる!
「……エルフ王家の末裔と確認。お前の言う通り、我を目覚めさせたのはその血だな」
「えっ?」
ミミナが王女だというのは、決死のバクチのハッタリだったのだが?
「【クレバーなバーサーカー】【シニカルなシリアルキラー】などのニックネームで恐れられ、チキュウ星人たちを「ぶちっと引き千切ってはスルー、ぐじゃっと握り潰してはドリンク」していたエルフ王家の末裔だな、確かに」
「そ、それは、」
DNAを調べた結果として、オロチが断定している。ミミナがどういう存在であるかを。
「そのあまりの残虐さに、エルフ星人たちの間ですら、実はアナザーワールドからやってきたクリーチャーがメタモルしているのではないかと噂された、エルフ王家の血を引いて」
「解ったから黙れっ! 王女様の幼なじみの命令だっ!」
「解った。だが……」
ソモロンは、まだ何か言いたげなオロチを黙らせた。
ミミナは青ざめている。が、何とか口を開いた。
「……大丈夫よソモロン。それより今は、早くここから」
「う、うん。ほら、シルファーマも。過去の戦いについて新たな情報が入ったんだから、ここは一旦引いて、賢者のアドバイスとかを受ける、なんてのがスジだろ」
と言われたシルファーマは八本首の巨大なオロチを見上げて、うむむと唸る。
さっき、どうにかこうにか一匹相手なら勝てそうだと思ったDIE蛇が、今は八匹になっている。一匹を殴る間に、残り七匹から襲われたら終わりだ。シルファーマは二匹以上を同時に相手にはできないし、一匹の炎の威力がどれほどかは、身をもって知っている。その七倍を一気に浴びせられたら、大げさでなく命に関わる、いや、ズバリ死ぬだろう。
「……わたしとしては、種も仕掛けもなく自分の拳ひとつで戦い抜きたいけど。でも確かに、今のわたしでは、こいつを殴り倒せるとは思えないわね。悔しいけど」
シルファーマもソモロンの考えに賛同してくれたようだ。
「冷静な判断、感謝するよ。心配しなくても、ラスボス用の伝説の武器を入手するとか、英雄伝説では定番だろ? 例の、「ラのヴェ」だってそうだよ」
「解った」
「よし、では……おいオロチ、そこでじっとしてろ。いいな」
三人が、クルリと背を向けてこの場から退散しようとした時。
オロチの無情な声が飛んだ。
「ウェイト。よくよくアナライズしてみたら、そいつ、混血ではないか」
三人の足が止まる。
「さっきお前は、チキュウ星を裏切ってエルフ星についた、と言ったが。実はエルフ星からチキュウ星への裏切り者がいて、そのリザルトがそいつ、ではないのか」
「あ、いや、その」
「どうあれ、純粋なロイヤル・ブラッドではない。そしてそいつは、エルフ星人にとってエネミーである、お前たちチキュウ星人とフレンド関係にある。ならば、」
オロチの、十六の目がギラリと光った。
「デストローイ!」
「ちょっと待ったぁ!」
ソモロンとミミナを、どんと後ろに押しのけて、シルファーマが進み出た。
「バレちゃあ仕方ないわね! 確かにこの子は、血筋がどうあれ、今はエルフ星人の王女様なんかではなく、チキュウ星人の平民よ! あんたにとっちゃ、ただの敵国の一般市民、どーでもいい存在! ってなわけで!」
オロチを見上げて、びしっと指さして、シルファーマは宣言する。
「あんたの相手は、本物の王女様がしてあげるわ! この、魔王女シルファーマ様がね!」
「王女……プリンセスか? お前が?」
「あんたは知らないでしょうけど、魔界の王女よ!」
くい、とオロチが三本ほど首を捻る。
「魔界というのはメモリーにある。が、こんな未開の地の原住民の王家など、何のバリューもない」
「ふーん。へー。ほー。未開の地、ねえ」
シルファーマが、スタスタと歩く。ソモロンとミミナから距離をとるように。
「で、その未開の地の原住民連合軍にやられたのが、あんたたちエルフ星人ってわけね」
ぴく、とオロチの表情が変わる。シルファーマを睨んで。
「……それは、我を使わなかったウォーズでの話だぞ」
「使われなかったのは、あんたが欠陥品だと判定されたからでしょ」
がっ、とオロチの口が開いた。シルファーマに向けて。
「ダーイ!」
八本の首の、八つの口から、八筋の炎が放たれた。その顔は怒り狂っているように見えるが、流石に兵器生物。冷静に正確にシルファーマを狙い、シルファーマの動く先を読み、そこを塞ぐように撃っている。
シルファーマは、そんな攻撃をかわしていく。なにしろ一発で易々と山を貫通し、八発の本気なら山を消滅させる炎である。シルファーマは既に一発を受けて重傷を負い、その身で威力を知っている。だから必死だ。
その、必死の全力ジグザグ疾走と、的としての小ささを利して、シルファーマはなんとか回避できている。だがそれも、いつまで続くか。体力の問題だけでなく、オロチの炎を受けた周囲の地面が、つまり足場が、どんどん穴だらけになり、まともに走れなくなっている。爆破ではなく、高熱で溶かされ蒸発して消滅しているから、岩の破片などが飛び散らないのが不幸中の幸いか。だがもちろんそれは、命中した場合の深刻さを物語ってもいるわけであり。
シルファーマは回避に精いっぱいで、反撃に移れないでいた。
オロチは余裕たっぷりに、八本の首の内、一本だけ攻撃をやめて、喋るのに使った。
「さあどうする、魔界のプリンセス? 今からでもギブアップし、我がエルフ星に降るか? それとも死ぬか?」
「どっちもしないわよ! わたしの辞書に、敗北の文字はないっ!」
絶え間なく駆け回り跳び回りながら、シルファーマは抵抗する。
「クライマックスでは強大な敵を相手に苦戦して、そこから逆転するのが英雄伝説の王道ってもんよ! 勇気とか友情とか、英雄を目指す信念とか、そういう思いの強さが力に……」
「HAHAHAHAHAHAHAHA!」
突然オロチが、炎を吐くのをやめて八本全ての首で笑い出した。
反撃のチャンス、なのだがシルファーマも動きが止まる。オロチの笑いが、あまりにも心の底からの笑いだったからだ。
「何がおかしいのよっ! 自分は凄く強いから、逆転なんかされないっての?」
「ノーノー。強さがどうこうではなく、お前の言う逆転は理論上不可能なのだ」
「ふ、不可能? 理論上?」
「イエース。この我が、サイコロイドと同じく人間どものマインドを吸い取ってエネルギーにしているのは、アンダスタンしてるな?」
ニヤニヤと語るオロチ、その顔は余裕がたっぷり過ぎて、だばだばと溢れ出しそうだ。
その様に圧されながらも、シルファーマは言い返す。
「知ってるわよ! その範囲は世界中、つまり吸い取りの面積が無限だってこともね!」
「イエス。だがそれは面積だけではない」
オロチの言葉に、不吉な予感を抱いたシルファーマの表情が凍る。
そんなシルファーマにオロチは、じっくりと丁寧に説明した。
「サイコロイドは希望でも絶望でも、嫉妬でも憧憬でも、プラスサイドであれマイナスサイドであれ、対象人物の【パワフルなマインド】をひとつ、チョイスして吸い取る。が、我は違う」
「……まさか……」
「無限。インフィニティ」
オロチの殺気が無限大に膨れ上がった、ようにシルファーマには感じられた。
「我は全世界の人間の、全てのマインドを吸い集めている。お前が言った、勇気も友情も信念も、善も悪もそれ以外も。全てのマインドが我のエネルギー。お前を殺すウェポン、お前のエネミーなのだ」
シルファーマにとつて心の支えである、英雄伝説的な展開が今、オロチによって壊された。
いや、吸い取られた。いわばシルファーマが頼みの武器としていたものが、丸ごと敵の手に渡っているのである。それも、シルファーマの何億倍という規模で。
『ど、どうしろってのよっっ!』
シルファーマが絶望しかかり、オロチが満面の笑みを浮かべていた、その時。
ミミナが戸惑っていた。
「そ、そんなこと、できるの?」
「できる! ねーちゃんならできる! ほら、さっき、あいつが言ってただろ?」
戸惑うミミナを、ソモロンが説得していた。
「だから、できる! 第一これ以外、シルファーマも僕らも助かる道はないっ!」
「わ、わかったわ。やってみる!」




