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「? オロチ、だと?」
ラカートは首を捻った。
「お前の名はDIE蛇だろう?」
DIE蛇、改めオロチは、八つの首の十六の目でラカートを見下ろして答えた。
「ダイジャ? ノー。我が名は、オロチ」
「そ、そんなはずはないんだが。確かにあの本では、つまり当時の記録では、ダイジャと記載……いや、名前なんかどうでもいい。ではオロチよ、手始めにこいつらを焼き殺せ!」
「言われるまでもない。チキュウ星人のデストローイこそ、我が使命。だが、」
オロチは、首を一本だけ、ラカートに向けて軽く突き出した。
「チキュウ星人の分際で、我にオーダーする、お前は目障り。キル」
「えっ」
驚く間も、悲鳴を発する間もなかった。オロチはその巨大な口でラカートに噛みついた、というかラカートの全身を丸ごと、口に含んだ。
ぼっ、と音がした。オロチの、閉じられた口の牙の隙間から、少しだけ煙が上がった。そのままオロチは口を開けることなく、閉じたままで喉を鳴らした。何かを呑み下した。
「ふん。チキュウ星人は、デリシャスではないな」
ソモロンたちにとっての、「事件の黒幕」が死んだ。消えた。
「ちょ、ちょっと! 何よこの、なんというか、あっけなさはっっ?」
オロチの強さに戦慄し、だが怯えることなく、拳を握って戦う決意を固めていたシルファーマだったが、この展開には戸惑わされてしまう。
「使い魔の制御に失敗するってのは、たまに聞くけど! でもあいつは、凄くレアな古い本を入手して、不完全とはいえ解読して、こんとろーらーってのを作ったほどの奴なんでしょ?」
「不完全に訳してたから、不完全なこんとろーらーだったんだろうさ。いや、そもそも、」
ソモロンは魔術師らしく、シルファーマよりは冷静に状況を分析している。
「完全なこんとろーらーは、エルフ星人自身、作れてないはずだ。だから、完全体のオロチが制御不能になるのを恐れて、古代戦争時に起動させなかったんだろう。なのにラカートは、自分ならできると思い上がって、勝手に作って、その結果がこのザマってわけだ」
と、ここまで考えてソモロンは気づいた。だとしたら、ミミナが来ただけでオロチが起動し始めたのはどういうことか。辻褄が合わない。
ミミナ、すなわちエルフ星人の血を引く者が来たから起動した、という考え自体が間違いなのか? だがラカートもそう思っていたし、起動したのは事実だ。いや、ラカートの知識が当てにならないことは、オロチを制御不能なこんとろーらーの件で証明済みだが。
しかし、だったらここから、何をどうすればいい? シルファーマが、一匹でも苦戦していたDIE蛇×8であるオロチと、まともに戦って勝つのは困難と言わざるを得ない。だが向こうは殺意満々だし、こんなのが街へ行ったら、いや、世に出たら大変なことになる。戦わないわけにはいかない。だが戦うなら何らかの策が必要、しかしそれを考える材料すらない。
あの本はここにはないし、ラカートも死んだ。ここにいるのは自分と、エルフ星人の血を引くミミナと、魔界の王女様であるシルファーマだけ。
「……あ」
エルフと、王女様。これは使えるかもしれない。一時しのぎだが、一度ここから退いて、あの本の翻訳を終えたパランジグと相談できれば、何か手を打てるかもしれない。
ソモロンは、すぐにでもまた炎を吐きそうなオロチに向かって叫んだ。
「おい! お前、気づいてないのか? ここにエルフ星人がいるぞ!」
「ワット?」
ソモロンの指さす先に、ミミナがいる。
オロチが、うねっていた動きを止めた。ここぞとばかりにソモロンは畳みかける。
「しかも、平民ではなく王家の末裔だ! すなわち、エルフ星の王女様! その血が、お前を起こしたんだ! だから言うこと聞け! 大人しくしろ! ひかえおろう~!」
ソモロンから偉そうに言われたオロチは、三人をじっと見て言った。
「そういうお前と、そっちのピンクヘアーは、チキュウ星人のようだが?」
「その通り! 何を隠そう僕らは、チキュウ星を裏切ってエルフ星についた者! だからこうして、エルフ王家の末裔と仲良く一緒にいる! どーだ恐れ入ったか! つまり僕ら三人は、お前の敵ではない!」
オロチは古代戦争時代からずっと眠っていた、研究所で造られてから世に出る前に封印された。ならばチキュウ星のこともエルフ星のことも、戦争の終わり方もその後の両星人の動向も、何もかもロクに知らないはず、ということに付け込んだソモロンの賭けである。
実際にはエルフ星人の王家の末裔なんて、どこかにいるとしても本人自身、そのことを知らないだろう。知らされたとしても、今更人間と敵対して戦争しようだなんて、考えはすまい。エルフたちは総じて賢明であり、人間とも友好的だからだ。
そりゃあ、エルフの中にもラカートみたいな奴がいるかもしれないが、とりあえず今ここにいるのはミミナだけだ。後は、オロチがこのハッタリにかかるかどうか?
「……エルフ王家の……」
オロチの口調が、少し重くなった。ソモロンとミミナをジロリと見て、言う。
「詳細なデータが、メモリーが、我の中にある。我がダイレクトに、その姿をこのアイで見て、その声をこのイヤーで聞いた、というワケではないが」
「お前の見聞や記憶はどうでもいい。とにかく、ここにおわすはエルフ王家の末裔、王女様だ。お前を起こせたのが、何よりの証拠。王家の者がここへやってきたことにより、お前にかけられていた封印が解かれ、起動したんだからな」
証拠なんか皆無の、口から出まかせをつらつらと並べ立てるソモロン。とにかく、今ここで態度を崩すわけにはいかない、不安を見抜かれたらマズい、のでぐいぐいと前に出る。
そのソモロンと、ソモロンが背に庇っているミミナを見て、オロチは更に言う。
「エルフ王家はキングもクイーンもプリンスもプリンセスも、王家の名に恥じぬ最強の一族。皆、ベリーベリーストロングなファイターであったらしい」
「ああ。だからさっき、チキュウ星人の兵器が張った結界に屈しなかったんだ」
「自ら前線に立ち、そのビューティフルな姿で舞うようにバトルして、何千何万というチキュウ星人のハートを鷲掴みにしたという」
「うんうん。敵すらも魅了したわけだな。その血を引いてるから、ほら見ろ。美人だろ」
「ハートとは、チキュウ星人のいう心臓のこと。それを鷲掴み。アンダスタンしてるか?」
「……ぇ」
「抉りだしたばかりの、ドクンドクンと活きのいいハートで、ファミリー団欒バーべキュー。それが、エルフ王家スタイルのパーティーであったという。その末裔なのだな? 現・エルフ王女なのだな?」
「……ぅ」
ちょっと返答に詰まってしまったソモロンを、ちょいちょいとシルファーマがつついた。
「ねえソモロン」
「何?」
「わたしも王女様なんだけど」
「それ今、関係あるっ?」
「いや、何とかこう、今の話に加われないかなって。わたしが、かっこいい英雄伝説の主人公に拘ってるのは知ってるでしょ?」
「だからってこんな時にそんなことを」
「だってほら、敵対勢力の王家の末裔ってのは、かなり重要な役どころ……あ」
シルファーマと、ソモロンが、ミミナを見た。
何とも言い難い表情をしている。




