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「ほうほう。武名ときたか」
ソモロンはニヤニヤしている。
シルファーマはカリカリしている。
「あんただって、わたしが弱かったら困るでしょ? 戦力にならないわよ!」
「まあまあ落ち着いて。まず、今言った仕様について説明しよう。実際に契約書を作成し、契約を結んだのは僕自身ではなく、僕の遠いご先祖様だ。その相手も、君ではなく君のご先祖様。それは知ってるだろ?」
シルファーマの先祖が、昔、人間の魔術師と契約した。契約の内容、義務や権利については、互いの子孫に継続されるということになっている。そのことは、シルファーマだって先祖から受け継いだ契約書を読んでいるから、ちゃんと理解している。
だからシルファーマも、召喚されるとしたら契約を結んだ魔術師本人にではなく、その子孫にであろう、とは思っていた。
しかし、だからって今のこの事態は何なのか。どうして体が縮んでいるのか。
「よく聞いてくれ。契約を結べば、契約に拘束される。契約に反することはできない」
「それは当然でしょ。それぐらい解ってるわよ」
シルファーマは、憮然として言った。
「だからわたしたち魔王側としては、まず、自分の力を存分に振るわせてくれる、そういう契約を結んでくれる、理想の魔術師を見つけること。そして、その相手と信頼関係を築くこと。それらが重要になるわ。つまり戦いそのものの強さ以前に、相手を見抜く目や、自身の器量が試されるという、これこそ魔王の……って、だから!」
ついつい気持ちよく熱弁してしまったシルファーマは、力強く話を戻した。
「それがどうしたってのよ! わたしが縮んだことと、何の関係がっ?」
「説明しただろ。召喚されて契約を結んだ君たち魔王は、契約に反することはできないと。すなわち、こちらとしては契約に制限をつけることができるんだ」
「制限? この、体が縮むことが、契約に基づいた制限だって言うの?」
そう言われて、シルファーマは今更ながら思い至った。
実は、実家に保管されている契約書、字がたくさんあって読むのがめんどくさくて、隅々まで確認してはいないのだ。もしかしてあの中に、何かこう、タチの悪い詐欺パンフレットみたいに、細かい字の但し書きとかがあったのだろうか? こいつの一族は悪徳業者?
いやいや。そうだとしても、最初にあったいくらかの条項、すなわち契約全体の大前提となる部分はしっかり見た。そこを根底から粉砕するような但し書きはないだろう。そんなのだったら、自分はともかくご先祖様はちゃんと読んで、契約を断っていたはずだ。
うん、そうだそうだ。とシルファーマは考えを整理して、ソモロンに反論した。
「もちろん、契約に反することをしたいなんて思ってないわよ。でも、戦うための契約なんだから、いくら何でも契約上の制限で戦うことを禁じられてる、ってことはないでしょ。わたしの力を存分に振るわせ、戦わせたいんだったら、解きなさいよ。この変な制限」
シルファーマにぐいぐい詰め寄られたソモロンは、にっこり笑って頷いた。
「うん。僕が望めばいつでも解けるよ。でも今は不要だから解かない。当面は、僕の店の看板娘として頑張ってもらうつもりだから。その状態で充分だ」
「……か? かんばん、むすめ?」
「そ。実は僕、じーちゃんの代から続く道具屋をやってるんだ。でも、今はじーちゃんも両親もいなくてね。一人だと、いろいろ面倒なんだ。だからその仕事を手伝ってもらおうと。それに、ムサ苦しい野郎一人しかいない店では、集客力がやっぱり、ね。そこで」
「……じょっ……じょおおおおぉぉだんじゃ、ないっ!」
シルファーマは絶叫した。
なるほど確かに、例えばケガの治療、武器の手入れ、拠点の補修、食料の管理など。天下統一に向かって長期間戦うとなれば、戦闘以外にも必要な行動はいろいろあるだろう。将来はともかく今は、国家などではなく個人経営の「天下統一チーム」に過ぎないのだから。ならば、共に戦う仲間として、必要な作業を全面禁止とか免除とかいうのは、問題があるだろう。
だから、「戦闘以外、何もしなくていい」という契約になっていないのは理解できる。また、戦闘以外の行為としてできるのはアレとコレと……と一つずつ列挙なんかしていられないから、「戦闘以外にもいろいろ注文できる」という内容になっているのもいい。
だが、だからって「戦闘以外ばっかり注文する」というのは詐欺だ。地上界の法律でどうなっているのかは知らないが、シルファーマの感覚としては完全に詐欺だ。
「この、魔王女シルファーマ様に、道具屋の店員をさせようっての?!」
「うん」
ソモロンは清々しい笑顔を浮かべている。店長が店員を見る顔とはこういうものなのか。
だがとにかく、その爽やかな笑みは、シルファーマのプライドを、そして夢を、あざ笑っている。と、シルファーマは解釈した。
「は、破棄してやるっ! こんな契約、破棄よ破棄! 互いの同意がなければ、一方だけでもイヤになれば、破棄できるはずよねっ? その部分は確認してるわよ、ちゃんと!」
「他の部分はロクに確認してない、って自白してるねえ。ま、君の言う通りだよ。でも破棄となったら、この契約は君に対して、跡形なく消滅することになる。となると境界の壁の作用により、君は魔界に強制送還される。そして自力では絶対に、こっちに来られない」
「ぅぐっ」
シルファーマの勢いが止まった。
「そうなったら全て終わりだよ。地上界の誰も、魔王との契約なんていう昔話のことは、ロクに知らない。契約書の作り方なんか、高名な大賢者でも知らないだろう。魔界との交信だけですら、できる人は世界中に何人いるやら」
「つまり……」
「地上界で戦いたいなら、武名を上げたいなら、僕との契約に縋るしかないってことだ。他のチャンスは皆無だからね」
ソモロンの、勝ち誇った顔がシルファーマの神経を逆撫でする。
「な、なんだか、圧倒的優位に立ってるみたいな態度だけど! わたしが本気で、この契約を破棄しちゃったら、そっちだって困るでしょ?」
「ああ、困る。但しそれは、百分の一で当たるくじを捨てて、千分の一に切り替えなきゃならないってレベルの困り具合だ。絶対不可になるわけではない。そっちは絶対不可だろ?」
その通りだ。道具屋の店員なんて、求人広告の張り紙を出せば来るだろうし、シルファーマの主張する「戦力」にしても、傭兵を雇えば済む。贅沢を言わず、そして金の都合がつけば、どうとでもなるのだ。
「それにだ。もしも君がこのまま魔界に帰ったら、僕は君のことを、地上界の人間や土着の魔物に負けて逃げ帰ったと言いふらすよ。魔王女シルファーマ敗走せり、とね」
「!」
「書物に記し、吟遊詩人に歌わせたりもして、後々の世まで伝える。こんなの誰も反論しないから、君の敗走伝説は確実に残る。だが、契約を結んで僕に従っていれば、戦って活躍する機会もあろうし、それを見聞きした吟遊詩人が、君の武勇を語り継ぐだろう。さ、どうする?」
シルファーマは理解した。魔王が魔術師と契約して地上界で戦うという仕組みが、どうして廃れてしまったのか。魔界の誰も、やらなくなってしまったのか。
つまり、こういうことなのだ。イヤになって当然だ、こんなもん。
「こ、この、地平線ゲス野郎っっ!」
「どこまで行ってもゲス、か。うまいこと言うなあ。では、地平線をゴールとして走ることの虚しさ、解ってもらえたということでいいかな?」
「うぐぐっ……あっ! ちょ、ちょっと待って!」
シルファーマは、ソモロンがここまでに吐いた言葉をよくよく思い出して、言った。
「あんた、さっき「僕に従っていれば、戦って活躍する機会もあろう」って言ったわよね。「当面は」看板娘として、とも言った。ってことは、ず~っと道具屋の看板娘としてこき使う為だけに、私を呼んだわけではないのよね?」