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チキュウ星と他の星を隔てているのは、ウチュウ空間と呼ばれる異空間だ。水も空気もない、我々の想像を絶する空間らしい。その広さは、我々のいるこの世界全て、チキュウ星を何百万と並べても埋まらないほど。そんなウチュウ空間を、エルフ星人たちは空飛ぶ巨大な軍船で乗り越えて来た。この一事だけでも、我々チキュウ星人がエルフ星人に勝てる道理などない、と誰にでも解るだろう。単純に戦力を比較すればな。
だがエルフ星人たちとて、遠征して戦う以上、何の問題もなかったわけではない。航行中や着陸後の事故、彼らにとって未知の病、食料や燃料の調達など。また、総合的にはともかく部分的には、チキュウ星の方が上回っている技術もあったらしい。加えて、彼らの内部から、チキュウ星侵略に反対する裏切り者なども出た。
それらが積み重なった結果、エルフ星の侵略軍は、チキュウ星人連合軍に敗れたのだ。
生き残った僅かなエルフ星人たち、主に先程の裏切り者たちだが、彼らは森の奥に隠れ住むことにした。そして、もうエルフ星には戻れない以上、自分たちが異星人であることは忘れようとした。その為に、兵器に限らずエルフ星の高い技術で造られた物の数々を廃棄し、資料も焼いた。そして自分たちはエルフという名の、チキュウ星の在来種であると子孫に言い伝えた。
チキュウ星側では、エルフ星人は全滅したと信じる者が多く、エルフ星人側からの接触も無いに等しかったので、次第に彼らに関する正確な記憶は薄らいでいった。
また、この戦いでウチュウ空間の星々を脅威と感じた魔界は、ウチュウ空間に接している地上界と、魔界との間に壁を築くことにした。ウチュウ空間からの侵略者が、地上界には降り立っても、魔界にまでは来られぬようにと。それが、境界の壁だ。地上界としても、別に魔界を侵略する意図などはないので、わざわざ壁を破ろうなどとは考えず、壁はそのまま放置された。
かくして古代戦争は終わり、永い時が流れた。エルフ星人の子孫も、魔界人も、そして我々地上人も、古い戦争のことなど歴史の彼方に忘れ去り、現在に至っている。
「と、いうわけだ」
ラカートの語った昔話は、ソモロンにも、シルファーマにも、ミミナにも、大きな衝撃を与えた。信じ難い内容であったが、なにしろ古代戦争時代の兵器を使いこなした男の研究発表だ。少なくとも、そんじょそこいらの考古学者辺りが反論できるものではない。パランジグもここまでは知らなかったし、であればソモロンなんかには何も言えない。
つまりサイコーロイドは、やはり元々はエルフ星人の兵器であり、それを地上人が戦後に回収して、エルフ星の技術を土台にして、改造したのだ。アンチ・エルフフィールドは、どこかに隠れ住んでいるエルフ星人がここに来た時、対抗する為のものなのだろう。
古代の地上人、そしてサイコーロイドから見れば、ミミナは「地上人に復讐する為にやってきた、エルフ星人の子孫」だったのだ。ミミナ本人に、そんな意思はなくとも。
「サイコーロイドの発見と改造は、境界の壁が造られてからのことなのだろう。だから、主たる目的は対エルフ星人であっても、異世界人全てに対して有効なようにできているのだ。よからぬ魔界人が、エルフ星人同様、敵に回ることも考えてな。だからそろそろ、」
ラカートが視線を向けたのと、シルファーマが片膝をついたのとが、ほぼ同時だった。
「シルファーマ!」
ソモロンが駆け寄る。といっても、灰色の壁の向こうには行けない。ドンドンと叩いてみるが、灰色の壁はびくともしない。
シルファーマはすぐに立ち上がったが、両脚が細かく震えている。
「どうやら、これ、さっさとぶっ壊して、出ないと、危ない、みたいね!」
拳に魔力の黒い光を纏わせ、灰色の壁を殴り始めるシルファーマ。だが破れない。そもそもこれは、シルファーマが殴って壊せるようなものなのか?
いや、おそらく壊せまい。とソモロンは思った。
『ウチュウ空間とかいう、凄いところから来た、エルフ星人? とやらの技術が使われている、サイコーロイド。そのサイコーロイドが、最後の力を絞り尽くして造り上げた、対異世界人用の封印結界。魔王女一人の拳で、破れるとは思えない』
シルファーマの傍にはミミナもいるが、こちらは結界のメインターゲットであり、肉体的にもシルファーマよりはずっと弱い。術も封じられてしまい、蹲って苦しんでいるだけだ。何もできそうにない。
つまり、ソモロンがどうにかしなくてはならないのだが、ソモロンだって何の変哲もない、ただの少年魔術師でしかないのであり……
「あ」
ソモロンは、思い出してしまった。サイコーロイドは番人に過ぎないことを。
ラカートの本当の目的は、これから果たされるのだということを。
「さて、ソモロンよ。ここに来たということは、もう気づいているだろうが」
ラカートはローブの袂に手を入れた。
「俺の目的は、エルフ星人の最終兵器を入手することだ。が、厄介な門番がいたので、それを排除してもらわねばならなかった。その為に、魔王女様に働いてもらったわけだ」
「そしてそれ以前に、最終兵器自体が起動してもらわないと、正確な在り処も判らなかった、だろ。その為に、僕らがこうして、ねーちゃんを連れてくることを期待した」
ソモロンもパランジグも、ここにエルフの最終兵器がある、とは思っていた。ミミナが行くことで、それが起動することも。だがその兵器に、鍵であるミミナが害されることはないと思っていたし、シルファーマがいれば大抵のことは切り抜けられるとも思っていた。
まさか、エルフ星などというとんでもないものが出てきて、そのとんでもなさにより、シルファーマまでが囚われてしまうことになろうとは、予想できなかったのだ。
ラカートは満足げに頷いて、
「何もかもお前の言う通りであり、俺の筋書き通りだ。お前たちは、俺の目的の為に誂えたかのようなチームであったぞ。これはもう、運命だな」
と、楽しそうに取り出したのは、黒いサイコロだった。握りこぶし程度の、つまり大きくはあるが、色以外は一見普通のサイコロだ。
「パランジグにくれてやったあの本。俺は、細かい部分までは訳せていない。だが俺が知りたかった重要な部分は訳せたので、こいつを完成させることができた。想像はつくな?」
「……最終兵器の……制御装置?」
「そう! お前やパランジグは知らぬであろう専門用語でいうと、コントローラーだ!」
ラカートは、黒いサイコロを高く掲げた。
するとサイコロの、一の目が輝き、そこから伸びた一筋の光が、ラカートの頭上を撃った。何もない空間なのだが、まるでそこに壁があるかのように、その光は命中して弾け、激しく瞬き、その壁に穴を空けた。
光が消えた時、空間の壁の穴には、光とは対照的な暗い闇が、渦を巻いていた。それを見上げるソモロンは、それが何なのか知識としては知らないが、推測は容易にできた。
「距離的に遠いんじゃなくて、異空間に収納されてたってことか」
「そういうことだ。さあ、出でよ! ウチュウの彼方から星の海を越えて来た、エルフ星人の最終兵器! かつて振るえなかったその力を、今、俺が存分に使ってくれる!」
闇の渦の中から、それは出て来た。兵器、という言葉から想像するものとは全く対照的な、サイコロイドとも全く違う、異質なもの。
ぬらぬらと、てらてらと。湿り気を感じさせる、硬質な赤錆色の鱗に覆われた体。前方に突き出ている大きな口には長い牙が並び、唾液が糸を引いている。丸太、いや大神殿の柱ぐらいはある太さ、渦から伸びても伸びても出きらない長さ、ソモロン程度なら二人ぐらいまとめて丸呑みできそうな口。これは、ケタ外れのサイズではあるが、誰がどう見ても蛇。巨大な蛇だ。
「見るがいい! これぞエルフ星の技術の粋! 地上の全てを超越した、最強最大最高の、絶対無敵の、死の化身! その名も蛇型兵器【DIE蛇】だ!」
というラカートの高らかな宣言を、大人しく聞く義理はない。ソモロンは、ずるりずるりと空中を這って出てきているDIE蛇に向けて、有無を言わせず爆破の術を放った。ソモロン自身の両腕ではとても抱えきれぬほどの大きな火球が、DIE蛇に向かって飛ぶ。
が、DIE蛇はそれをジロリと睨むや、口を開けて食らいつき、噛み砕いた。その口中で爆発音が響き、牙の隙間から数条の煙が上がったが、DIE蛇はビクともしない。
「ま、そうだろうよ」
ソモロンも予想していたので、落胆はしない。ソモロン一人でどうこうできる相手でないのは解っていた。まだ完全に起動しきってはいないから、もしかしたらと試しただけだ。
そう、まだなのだ。ソモロンには読み取れている。同じエルフ星の兵器だからか、根本原理はサイコロイドと同じであることを。このDIE蛇も、人間の精神を力の源としていることを。それがまだ、満タンになっていない。今、吸い集めている最中らしいのだ。
そしてサイコロイドと違うのは、相手が一人ではないという点。広く浅く、そして途方もなく多くだ。目の前のソモロンたちはもちろん、おそらく周囲一帯、ここからヨサイシの街全体をも飲み込んで、こいつは吸い集めている。そこにいる人々、全員の精神を。
人数が多いから、一人当たりの吸い取る量は少しずつでいい。吸われた人が弱り、倒れてしまうほど吸ってはいない。
だが一人から吸い取る精神力は1でも、百人なら100、千人なら1000が、DIE蛇のエネルギー源となる。チリも積もれば何とやら。エルフ星人の最終兵器、なんと豪快にして堅実なシステムであろうか。
「見せてやるがいい、DIE蛇! お前の力の、ほんの一端を!」




