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ソモロンは、見えない力に突き飛ばされて地面を転がった。
立ち上がってみれば、そこはさっきの部屋。倒れて動かないサイコーロイドの残骸がある。その反対側には灰色の煙のドームの中があり、パンチとキックで暴れている(そして虚しく弾かれている)シルファーマの姿がうっすらと見える。
「何だ? 僕だけ弾き出された? そういやアンチ・エルフフィールドとか言ってたな。これは対エルフ用のものってことか。でも、だったらどうしてシルファーマが……って、ねーちゃん! ねーちゃんは?!」
「だい、じょうぶ」
ミミナの声が聞こえたので、ソモロンはそちらを見た。
シルファーマの少し後ろで、蹲って苦しそうにしているミミナが見えた。立ち込める煙? 越しなので表情までは見えないが、服装や髪形や声から、ミミナであるのははっきり判る。
シルファーマも気づいたのか、振り向いて助け起こそうしている。
「ミミナ? どうしたの?」
「ちょっと、苦しい、かな……シルファーマちゃんは、何とも、ないの?」
「う、うん。わたしは何とも」
良かった、と言いながら、ミミナはどうにか立った。
「とにかく、ここから出ないとね。シルファーマちゃんの拳が効かないとなると……風の神様、御力をっ!」
ミミナは祈り、腕を振った。そこに空気が集い、糸を紡ぐように巻かれ、鋭く研ぎ澄まされて、造り上げられた風の刃が煙のドームを切り裂く!
はず、なのだが。ソモロン自身、ミミナが墓荒らしとの戦いでその術を使用するのを見たことがあるのだが。なのに、何も起こらない。
「えっ?」
困惑したミミナは、続けて他の術を試してみたが、やはり何も起こらない。
洞窟の中なので、地の神様(精霊術で言うところの地の精霊)以外の力が弱いというのは解っている。が、その、地の神様すらもミミナの呼びかけに一切答えない。
「ど、どうして? この、煙? のせいなの? ……っ! ぅ……っ!」
ミミナが両膝、両手をついて、苦しそうに息を乱している。乱すといっても、豪快にゼイゼイハアハアとやってるのではない。それをやろうとしているのに、やりたいのにできなくて、ヒューヒューと喉を鳴らしている。
これはただ事ではない。間違いなくこの、アンチ・エルフフィールドとやらのせいだろう。やはり最終兵器の番人・サイコーロイドは、過去二体のサイコロイドとは違うようだ。
「シルファーマ!」
「わかってる!」
ソモロンが、緊迫した声で叫んだ。シルファーマも、みなまで言うなとばかりに応じる。
「突進粉砕・ぶっ壊しパーーーーンチ! そしてぇ! 四方八方・ザコ一掃ラアアァァッシュ! りゃりゃりゃりゃりゃりゅりゃりゃああぁぁっ!」
シルファーマの術は、問題なく使えているようだ。魔力の黒い光を纏わせた拳で、煙のドームの壁を殴りまくっている。
が、効かない。煙の壁は、多少の揺らぎはあれども、壊れる気配は全くない。
『対エルフ用の結界なら、閉じ込められたエルフがダメージを受けるのは解る。そういう性質の結界なんだろう。そのエルフが、精霊と交信できないように造られてるのも解る。だからシルファーマの、自分の中から絞り出す魔力は自由に使えてるわけだ』
だが、どうしてソモロンだけが弾かれたのか。サイコーロイドが元はエルフ軍のものだったとしても、エルフを敵呼ばわりしていた以上、人間が改造して人間の為に使っているのは間違いない。エルフの血をもつミミナが今、苦しんでいるのもその証拠だと言える。
だったらどうして、ミミナだけでなくシルファーマまでが閉じ込められる? と、ソモロンが考えているところに、
「ふむ。混血だから肉体の性質がいろいろと違っていて、ゆえに結界の効き目が弱く、なかなか死なない、ということか。だが精霊術を妨害する効果については、壁でやっていることだから中身には関係なく、しっかり作用していると。興味深い実験結果だ」
洞窟の入り口側から、三十歳前後の男が歩いてきた。これといって特徴のない、ごく普通の、ローブを纏った魔術師姿の男である。
ソモロンたちのことを、よく知っているらしい。ソモロンは警戒しながら声をかけた。
「もしかしてあんたが、じーちゃんに……パランジグにあの本を?」
「そうだ。まぁこの展開なら、誰でもそう思うだろうな」
ククッ、と男は笑う。
「俺の名はラカート。古代戦争時代の研究をしている者だ。あのパランジグ先生ほど、表社会で有名ではないがね。だが今はこうして、パランジグも見たことがないであろう、古代戦争関連の貴重な実験を目にしている。そのことに、感動しているよ」
「……」
「解っていると思うが、俺はお前と同じただの人間で、そこに転がっているサイコーロイドは古代戦争時代の兵器だ。俺には、アンチ・エルフフィールドをどうこうすることなどできない。俺が何をしても、何をされても、死んでも、事態は一切変わらんぞ」
つまり、今ソモロンが独力でラカートを倒しても、あるいは捕まえて拷問しても、無駄ということだ。ミミナとシルファーマを救えない。
ならばとソモロンは考える。どうやらこいつは今、ソモロンたちをまんまと思う壺にハメた、といい気持ちになっているようだ。だったらその気持ちを煽って、情報を引き出し、状況打破の手がかりを掴むことが良策であろう。
「確かに。今、これをどうこうするのは不可能だろうな。僕にも、あんたにも」
「ああそうだ」
「ではラカート先生に、若輩魔術師として質問したい。あんたは、僕が魔王女と契約していることと、今閉じ込められているあの子がその魔王女であることを、知っているか?」
ラカートがフィールドの中を見た。そこではミミナが相変わらず苦しんでおり、シルファーマは動きを止めて、こちらに目を向け耳を傾けている。
「ああ。先のサイコロイド二体を通じて知っている。あれを操っていたのも俺だからな」
「だったら答えてほしい。なぜ、エルフの血を引いていない魔王女が、つまり魔界人までが、対エルフ用の罠に閉じ込められているのか?」
ラカートは一瞬、きょとんとしたが、すぐに笑って答えた。
「ははっ。パランジグも、そこまでは知らなかったのか。どうやらもう完全に、この俺の天下だな。なにしろ文字通り、俺は「天より上」だから。「天上」の叡智を手にしているのだから」
「?」
「いいだろう。説明してやろう。よく聞くがいい、パランジグの孫よ」
ソモロンの狙い通り、ラカートは両腕を広げて気持ち良さげに語りだした。
「お前は知るまいが、この世界は星なのだ」
「? ほし? 星って、あの、夜空の点々?」
「そうだ。実は、あの点々ひとつひとつが、この世界全体と同じか、それ以上の大きさなのだ。あまりにも遠いせいで、小さく見えるだけでな。つまりこの世界全体も、あちらから見れば、夜空の一点に過ぎんということだ」
「?! い、いや、待て。確か、星を落として使う魔術があると聞くぞ。その時落ちてくるのは、せいぜい大きめの岩ぐらいだと」
「それは、小さな破片を落としているだけだ。大きなものは、人力では動かせないからな」
バッサリ言い切られ、ソモロンは言い返せない。星の大きさなど、全く知らないからだ。
しっかり聞こえているらしく、フィールドの中でシルファーマとミミナも目を見張っている。
「あの、夜空の、宝石箱みたいな輝きが……あれが全部、この世界と同じような大きさだっていうの……? そんなものが、あんなに小さく見えるぐらい遠い、ってこと?」
そうだ、と肯定してラカートは続ける。
「知っての通り、我々の魔術では、まだ他の星へ行くことなどできない。いつかは可能になるかもしれんが、今はそんなレベルに到達していない」
「そりゃそうだろ。そんなのは何百、何千年先でも、可能かどうか」
「そうだな。だが太古の昔に、星々の彼方からこちらへやって来た連中がいる。奴らはここをチキュウ星と名付け、侵略するつもりで来たのだ。エルフ星の、エルフ星人たちがな」
「え」
「る」
「……ふ、星人?」
ソモロンが、シルファーマが、そして苦しみながらミミナも、我が耳を疑った。
その驚愕の表情を心地よさげに眺めて、
「エルフ星人から見れば、地上界と魔界など、二つの国のようなもの。地上人も魔界人も、どちらもチキュウ星の人間、すなわちチキュウ星人。単なる人種の差だ。その、チキュウ星人連合軍が、異星からの侵略者であるエルフ星人と戦った。それが、古代戦争の正体だ」
ラカートは語った。古代の真実を。




