4
夜が明けて。三人は洞窟の奥、レウタモカ遺跡へと入って行った。
ミミナが光の神様に呼び掛けて小さな光球を作り、少し高いところでふよふよと浮かせている。そのおかげで視界には全く不自由しない。
そして、判っていたことだがやはり、人間も魔物もおらず、罠も全て解除済みなので、三人は容易に最深部、行き止まりの大広間に辿り着いた。
だだっ広い空間を見渡すと、地ならしされて平らになっている床と、人の手が殆ど入っていない岩壁、それだけが目に入る。他には何もなく、ただ静まり返っている。
だが。ソモロンは確信していた。やはり昨夜感じた通り、どこかで何かが「起動」し、小さな唸りを上げている。振動でも音でもない、魔力の唸りを。
しかしこれは、少なくとも魔術の心得がある者なら、誰でも気づくはずのもの。そしてこの遺跡で、こんなことが起こったという話は聞いたことがない。つまり、おそらく、この起動は今が初めてなのだ。
「ねーちゃんは、ここに来たことはないんだよね?」
「うん」
「ってことは、やっぱりエルフの血に反応して、か。直近の街であるヨサイシが田舎で、今までここにエルフが来なかったのが、ラッキーであったと」
ソモロンがぶつぶつ言いながら考えていると、その前にシルファーマが回り込んできた。
「ねえ。あんたが気にしてるのは、この、何かが動いてることについて?」
「お。流石、気づいた?」
「まあね。サイコロイドの気配と、ちょっと似てるから。同じような素材や技術や理念で造られた、同じような兵器だと思う。けど間違いなく、強さはケタ違いね。実態というか本体は、この遺跡全体ぐらいありそうって感じるわ」
「僕も同意見だよ。兵器と言うより、要塞クラスだね」
「でも」
ちょいと、シルファーマは首を傾げた。
「あんた、エルフがどうこうって言ってたけど。確かエルフってのは精霊術が専門なんじゃなかった? だからミミナに、えと、神通力? の素質があるとか。だったら」
「ああ。言いたいことは解るよ」
ソモロンは、シルファーマに説明した。
黒い魔力の術、魔術。
白い法力の術、法術。
この、魔術と法術の総称が「魔法」だ。一般的には、魔術と法術を区別する意識があまりなく、大抵は総称の「魔法」で括られている。だから、本来は「魔」の対極であり、「魔」の字を使うことがおかしいはずの、「神」の力を行使する術についても、「白魔法」や「神聖魔法」などといった呼称が用いられるのである。
これら魔術と法術は、世界中で使用者が多い。だから体系づけられて学問としての研究が進み、魔と法それぞれの力・術を用いて、道具や武器、設備や施設なども造られている。
が、精霊術は使用者が少なく、専門家として秀でているのは人間ではなくエルフであり、その多くが森での静かな生活を続けている。そのため、個人個人が術者として修行することはあっても、学問として研究されたりはしていない。
「だから、エルフが精霊術を用いて、大掛かりな兵器だの設備だのを造るようなことはしない。そんな研究はされていない。今のエルフは、ね」
「今の?」
「遥か昔に、研究しないと定めたんだ。もっとも今の若いエルフたちは、どうして定められたのかなんて知らず、ただ古くからのしきたりって認識だろうけど。で、そのことと、じーちゃんが研究していたある分野が、深く関わっているんだ。分野というか、事件が」
今、ソモロンがそう言うからには、アレしかないだろう。シルファーマは訊ねた。
「古代戦争、よね。つまり、魔界と地上界が分断されるきっかけになった戦争に、エルフが関わってるの? 地上人とエルフが協力して、魔界人と戦ったってこと?」
「違う。それだったら、地上人とエルフの結びつきは今よりずっと強いはずだし、エルフ側が研究を封じる理由が無い。戦いが終わって、研究が封じられる、あるいは自ら封じようとするのは、常識的に考えて勝った側ではないよ。負けた側だ」
「じゃあエルフが、古代戦争の負けた側ってこと? 魔界人と地上人が、人間連合としてエルフ軍と戦ったの?」
シルファーマは混乱してきた。
ソモロンは頷いて、
「もちろん、大昔のことだよ。さっきも言ったけど、今の若いエルフたち、そして僕ら地上人も、魔界人も、そんな昔のことは忘れてる。で、今はみんな仲良く生きてる。ね?」
ミミナの方を見た。ミミナも頷いて、シルファーマに言う。
「エルフについてのこういうお話は、私も小さい頃から、おじい様に教えてもらってたの。今はまだ世間に知られてない話で、自分から言いふらす必要はない。けど、いずれは研究が進み、知られる日が来る。だから知っておいた方がいい、でも気にすることはないって」
「……なるほどね」
シルファーマは納得した。
パランジグからそんな風に教えられた上で、その孫であるソモロンと親しくしていた。それならミミナがソモロンに対して、普通の幼なじみ以上の親愛が湧くのも当然だろう。
その表現が鞭でビシバシなのはどーかと思うが、ま、それはそれとして。
だがシルファーマにはまだ、別の疑問がある。
「となると、わたしたち魔界人が境界の壁を作ったのはどうして? 魔界人と地上人は手を組んで戦った仲間なんでしょ? 魔界と地上界を区切る必要なんか、ないはずよね。そこも何か、エルフが関係してるの?」
その質問にはソモロンも答えられず、肩を竦めた。
「当時のエルフが、現在からは想像もつかないほどの力を持っていたのは間違いない。地上人と魔界人との人間連合で戦って、何とか勝てたってぐらいなんだから。でも、どうしてそんなに強かったのか、は不明。境界の壁についても不明。とりあえず、」
ソモロンは、シルファーマに向かって構えると、
「制限解除! あちょおおおおぉぉ!」
印を切り、光を放った。その光はシルファーマの体内に吸い込まれ、奥深くへと食い込んで、厳重に掛けられた封印を解き放つ。心得ているシルファーマは、待ってましたとばかりにメイド服を脱ぎ放った。
封印が解かれるのと同時に、まるで壁にぶつかって跳ね返ってきたように、光はシルファーマの全身から放射される。その輝きの中で、シルファーマの肉体が変化していった。
蛹を破り、蝶が羽を広げ、華麗に優雅に力強く羽ばたくように。
水中で身をくねらせた人魚が、勢いよく海上に跳び出すように。
ただ形として美しいだけではない、眩しく鮮やかな生命力に満ち溢れたしなやかな肢体が、薄くぴったりと張り付く黒い装束に彩られて、ソモロンとミミナの前に現れた。
「……」
シルファーマの変身を初めて見るミミナは、圧倒されて声が出ない。
初めてではないソモロンも、やはり感嘆の溜息しか出ない。
あどけなく可愛らしい、花の妖精を思わせる清楚な顔立ちに、見るものを惹きつけ虜にして殺す、食虫植物を思い描かせる妖しい眼差し。そんな風貌のシルファーマが、しなやかな肢体をくねらせて、構えた。魔王女としての、真の力が戻ったことを確認するように。
「ふ~……っと。で、いきなり何をさせる気なのソモロン?」
「あ、ああ」
我に返ったソモロンは、シルファーマの目の前の壁を指さした。
その壁だけは、他の壁とは違い、そして床と同じく、明らかに人の手が入っている。ただの岩壁ではなく、重そうな巨岩が組み上げられて造られている。
「ここを掘ってみて」
「え?」
花の妖精で食虫植物な魔王女、土木作業を命じられる。
「多分、この壁の向こうに何かある。ねーちゃんも何か感じるだろ? この向こうに」
と問われたミミナは、軽く目を閉じて、壁の向こうの気配を探った。
「……そうね。確かにこの向こうに、大きな力を感じるわ。私が今まで感じたことのない力。でも遠いのか何なのか、はっきりとは感じられない。あるのは確かなんだけど」
ソモロンは、我が意を得たりと頷いた。
「実際に遠いのと、向こうさんがまだ起動しきってないのと、おそらく両方だね。もちろん、そんなのがずっとあったら、誰かが気づいてたはず。でもこれは今、僕らが来てから動き始めたものだから、存在を知られなかったんだ。というわけでシルファーマ、発掘作業を頼む」
「発掘作業……魔王女たるわたしに、ざっくざっくと土堀りをさせようっての?」
「いや、違うよ。見ての通り、どごんどごんと岩砕き」
「同じよっ! 相変わらず、どーでもいいことに拘るわねあんたは!」
と習慣で怒鳴り返しはするものの、この仕事、シルファーマとしても異存はない。
話がややこしくて未だによく解らないが、要するに地上界でも魔界でも知られていない、古代戦争時代の凄い兵器が、起動寸前の状態でこの奥にあるっぽい。厳重に隠され、今まで誰にも知られず封印されていた、超兵器が。
それがどんなものか、純粋に興味はあるし、できるものなら戦ってみたいとも思う。もっとも、今のところ黒幕氏の姿は見えず何の動きもないので、もしかしたら本格的に動き出す前に、ソモロンとパランジグが壊すとか再封印するとか、そういうことになるかもしれないが。
「ま、とにかく、やってみないことにはどーにもならないわね、っと!」
シルファーマは拳を大きく振り被り、全身を使って渾身の一撃を繰り出した。
小さな拳に込められた巨大な力が、岩壁に叩き込まれて大きなヒビを入れる。
ソモロンは周囲の状況を確認し分析し、これなら洞窟が崩落する恐れはないと判断した。
「ん、いいよ。その調子で続けて」
シルファーマによる、「どごんどごんと岩砕き」の音が、洞窟内に響き渡った。




