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「ごぼぐぶおおぉぉっっ……」
溺れたような、いや、今正に溺れ続けて深くどんどん沈んでいくような呻き声をあげて、ソモロンはぶっ倒れた。倒れた後も、ノドを抑えてのたうち回っている。
そんなものはほっといて、シルファーマは思う。
「わたし、いつの間にか三角関係の一角? でも、ソモロンを取り合う気なんかサラサラないし。リボン……は勿体ないから紐で縛って、プレゼントしたいぐらいなんだけど」
「ぼ、僕はドMじゃないから、縛られるのは」
まだ転がっているソモロンの腹を、シルファーマは無言でぐりぐりと踏む。ソモロンは呼吸困難で呻きながらも、「そうそう、これこれ……」とか言ってるようだが、無視する。
はあぁどうしたもんだか、とシルファーマが溜息をつきながら考えた、その時!
「あっ?」
ソモロンから足を離して、シルファーマは耳を澄ませた。
「……確かに聞こえる! あの、あれ、ほら、そう! サイコロイドよ!」
「え、また?」
ソモロンが体を起こした時には、もうシルファーマは駆けだしていた。
「貴重な活躍の機会、逃がしちゃ大変! 急ぐわよ、ほらっ!」
「ちょ、ちょっと待ってっ」
後を追って、ソモロンも店を出た。
街に出現した、二体目のサイコロ巨人。前回と同じく頭はサイコロで1の目が前を向いている。そしてその体は、
「パーンパカパーン! パーンパカパーン! パーンパカパーンパカパァ~ンパカパーン!」
白いウェディングドレスを纏った、筋肉巨漢、というか筋肉巨女。叫んでいるのはウェディングマーチである。
ドレスは白いレースとフリルで丁寧に飾られて実に美しく、ご丁寧にブーケまで手にしている。だがやっていることは、やはり無意味に暴れ回っての街破壊。いや、何か意味があるのかもしれないが、とりあえず標的が定まっているようには見えない。目についた建物を、手当たり次第に叩き壊しているとしか思えない。
そして、破壊活動を邪魔する相手はもれなく蹴散らしている。
「パーンパカパアアアアァァン!」
街が壊され、戦いを挑んだ者たちが敗れ、逃げ惑う人々の悲鳴が轟く修羅場に、
「たああああぁぁぁぁっ!」
場違いなほどに可愛らしい、だが鋭く斬り込んでくる、勇ましい少女の声が響いた。
声の主は、建物の屋根から屋根へと跳んで跳んでここまで来て、その勢いのまま、ウェディング巨人の後頭部に、槍で突くかのようなカカト突き込み蹴りを叩き込んだ。
その常識外れの威力に、ウェディング巨人が前方にぶっ倒れる。蹴った少女は、反動で大きく跳び上がり、また屋根の上に降り立った。
黒く薄い武闘着、鮮やかなピンクの長い髪、生命力と躍動感に満ちた瑞々しいプロポーション、高い気品と甘い色香を備えた美貌。魔王女シルファーマである。
そんなシルファーマを見上げて、眼下で声援が上がった。
「魔女っ子戦士ちゃ~ん! 頑張って~!」
シルファーマが、ちょっとコケながらそちらを見ると。
五、六人ぐらいのグループの中に、シャレオがいた。他のメンバーも、シルファーマには見覚えがある。シャレオの店と軒を並べる、商店の店主たちだ。
「う、う~ん。有名になるのはいいんだけど……」
まずは謎の存在として名を知らしめて、話題性を高めることで拡散力を強め、後々になって大々的に正体を公表するという、ソモロンの立てた【謎のスーパーヒロイン計画】。筋は通っているので、シルファーマも賛同した、のだが。
何か、違う気がする。違う気がするがまあ、とりあえずやっていこう。ということで。
「んじゃ、いくわよおおぉぉっ!」
うつ伏せの姿勢で倒れたウェディング巨人が起き上がる前に、シルファーは大ジャンプ! その強靭な脚力で高く高く舞い上がった。
後ろから蹴倒されて、起き上がって振り向けば、そこに誰もいない、という状況にウェディング巨人が困惑する。シャレオらの野次馬連中が、遥か上空を見上げて歓声を上げているのに気づき、それを追いかけて自分も上を向いてみたが、もう遅い。
上を向いたその顔面に、まっすぐ落下してきたシルファーマの、超高空エルボードロップが叩き込まれた。正に、隕石の直撃もかくやというその衝撃に、再度ウェディング巨人はぐらつく。そこを、シルファーマが蹴り突き放し、また大きく跳んで、本人は屋根の上に立った。蹴られたウェディング巨人は、踊るようにたたらを踏んだが、何とか堪える。
そうこうしている間に、シルファーマが自分の立っている建物の下を見ると、ちょうどそこにソモロンが到着していた。手を翳して、その手越しにウェディング巨人を見ている。
ソモロンはウェディング巨人の魔力を読み取りながら、同時に周囲の惨状を見て、そこからも分析していた。
前回のメイド巨人と違い、今回のウェディング巨人は、倒した相手への追撃は特にしていないようだ。つまり、前回の巨人には街破壊以外にも服を着せるという目的があったが、今回の巨人にはそれがない。物を破壊して、人をぶちのめせれば、それでいい。ということらしい。
『サイコロイドは人間の精神、人格構造の深層領域を核としている。だから、与えられた指令に従いはするが、元になった人間の精神、つまり性格が、ある程度は個性として反映されると考えられる。おそらく今回は、シャレオさんよりも凶暴な人間の精神が……って』
ソモロンの隣に、シルファーマが降り立った。
「どう? また誰かの精神が閉じ込められてるっての? そうでなかったら、全力本気で叩いて砕いて、すぐ終わらせるとこなんだけど。ま、閉じ込められてるとしても、前回と同じようにすれば特に問題はないけどね」
「……まさかと思ったけど……間違いない。ねーちゃん、だ」
ソモロンは珍しく、動揺を露わにした声で言った。
「ねーちゃんの精神が、あいつの中にある」
「え、ミミナが?」
ソモロンの隣で、ソモロンに続いて、シルファーマも動揺する。
そんな二人を、少し離れた場所から見て、ウェディング巨人は。
「……フ……フシダラアアアアァァァァッ!」
いきなり、初めて、全力疾走して向かってきた。ここまでの、どっしりパワータイプという印象を打ち消すような走りっぷりだ。それでいて、巨体であることは全く変わっていないので、走ることによる足音はそのまま轟音となり、地響きも凄まじい。
局地的な地震を起こして突進してくるウェディング巨人に対し、シルファーマはソモロンの襟首を引っ掴んで一緒に跳んだ。ぶん投げてしまおうかと思ったが、シルファーマの本能が、それではソモロンが危ないと感じたのだ。
その判断は、正しかった。ウェディング巨人は、まだ二人までは距離があるところで、攻撃を開始したのである。手に持ったブーケを、走りながら振り被って、
「イドオオォォ!」
投げた。束ねられていた無数の花が、バラバラに散る、と見えた次の瞬間、花たちは茎から炎を噴射して軌道修正、シルファーマとソモロンに照準を合わせて一斉に飛んだ。
上から下から右から左から斜めから、まっすぐに、弧を描いて、あるいは蛇行して。炎を吹く花たちは、まだ空中にいる二人を狙ってくる。その花たちはあくまで花でしかなく、飛びながらも風に揺れている様子からして、硬質化しているわけではない。つまり、硬い刃物でも鈍器でもない。だが、本当にただの花であるはずもない。
シルファーマは、花たちを充分に引き付けてから、ソモロンを投げ飛ばした。花たちは急カーブができず、全てシルファーマに向かってくる。シルファーマの狙い通りだ。
シルファーマは空中で、一呼吸の内に体内の魔力を高めて練り上げ、両手両足に集めて、
「四方八方・ザコ一掃ラアアァァッシュ! りゃりゃりゃりゃああぁぁっ!」




