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「僕が自発的に、体力面での修行らしい修行はしていないってのは確かだよ。ただ、時々強制的に鍛えられてるから。打たれ強さはそのせいだろう」
「強制的って、誰に? あんた、わたしが来るまで一人暮らしだったんでしょ?」
「そうなんだけど、時々ちょっとね。そういえばそろそろ来る頃かな。十日ほど山奥での修行に入るからしばらく会えない、って言ってたから」
「十日前というと、わたしがここに来る直前ね」
「ああ。だから、街でのサイコロイド騒動も知らずに過ごしてたはずで……」
ソモロンがそう言うのを見計らっていたかのように、店のドアが開いて、
「ソモロン! メイド服姿の可愛い女の子と同居してるって聞いたけど、ほんと?」
元気のいい女の子の声と共に、元気のいい女の子が入ってきた。
制限解除した時のシルファーマと同じぐらい、つまりソモロンと同じか一つ上ぐらいに見える年頃の少女だ。長い金色の髪をポニーテールに纏め、清潔感のある純白の、軽く風通しの良さそうな服を着ている。スカートは裾こそ長いが、少し動くたびに左右のスリットが大きく割れる。なので、スカートというよりも前後に二枚の布が垂れているといった感じで、真横から見ると健康的な脚が全域、太ももより上まで晒されている。
その脚の肉付き具合と歩き方で、シルファーマには判った。この子の体は、かなり鍛え込まれている。単なる肉体労働などではなく、間違いなく武術の鍛錬を積んだ体だ。飾り気の少ない、且つ動き易さも考えられた服装からして、修道僧ではなかろうか。
シルファーマがそんなことを考えている間に、ソモロンが女の子に応対していた。
「ああ。ほら、この子だよ。名前はシルファーマ。店を手伝ってもらってるんだ」
「……ふ~ん……」
この女の子は、ただ穏やかにしていれば、さぞかし温和で品の良い微笑みが見られそう、と思わせる可愛らしい顔立ちをしている。だが今は、何やら堅物の行政官みたいな表情で、シルファーマを頭から足元までじろじろ見てから、ぴしっと背筋を伸ばして自己紹介した。
「はじめまして。私はミミナ。街外れの山のふもとで、おばあちゃんと墓守をやってるの」
「あ、はじめまして。シルファーマよ」
反射的に名乗りを返してから、シルファーマはソモロンの方を向く。するとソモロンは素早く質問を察し、聞かれる前に答えた。
「ずっと昔、この街の墓地と葬儀関係を取り仕切ってた寺院があったんだけど、後継者が絶えて潰れたんだ。で、僕のじーちゃんの紹介で、じーちゃんの古い知り合いのばーちゃんが住み着いて、墓の管理を引き受けた。そのばーちゃんと二人暮らしをしてるってこと」
「知り合いのばーちゃんが住み着いた、って。そんなことでいいの? 宗派とかは?」
「そういうの、この街は昔から自由というか、拘ってなくてね。邪悪な術の為に死体を盗んで使おうとする魔術師、そいつに雇われた盗賊、墓で発生あるいは他所から寄ってくる悪霊、などなどの相手ができる人なら誰でもいい、ってことで受け入れられたそうだよ」
そういう仕事を、老婆と二人でやっているのがミミナであると。つまり、ちょっと変則的ではあるが、やはりシルファーマの読み通りだったようだ。鍛えられた体と身のこなしに加え、生真面目そうな様子からも、いかにも日頃の鍛錬を欠かさない修道僧らしい。
ミミナは、シルファーマからソモロンへと向き直る。
「で、ソモロン。このシルファーマちゃんと貴方はどういう関係なの」
「どういう、って。別に、ねーちゃんが思うようなことは……っと」
ソモロンはシルファーマに説明する。
「ねーちゃんのこと、ねーちゃんって呼んでるけど、実の姉ではないよ。幼なじみなんだ」
「そう、幼なじみなの。姉弟同然のね」
ずい、とミミナが前に出た。制限解除時のシルファーマほどではないが、かなりの量感をもった胸のふくらみが、ソモロンに触れそうになる。が、触れないギリギリのところで止まった。狙って止めたのかはシルファーマには判らない。
ミミナが長身なので、ソモロンとの身長差は殆どない。至近距離でまっすぐソモロンと向かい合って、ミミナはシルファーマとソモロンと、二人に対して言った。
「ソモロンのご両親がここを出る時、くれぐれもソモロンのことをよろしく、と私に頼んでいかれたわ。だから私には、ソモロンが非行に走ったりしないよう、しっかりと監視する義務がある。……しかるに!」
目の前で大声を出されて、ソモロンが退く。
「こんな小さな女の子を働かせて、しかも同居、つまり同棲というのは、見過ごせない事態よ。迷子とかなら、速やかに騎士団の詰所に連れて行くべきだし。一体どういうことなの? 説明しなさい、ソモロン」
「え、えーと、それは、その」
ソモロンが、しどろもどろしている。シルファーマはちょっと驚いた。
今までずっと、ソモロンは偉そうだった。いつも平然と涼しい顔で、やりたい放題だった。シルファーマは意に沿わぬ道具屋生活を押し付けられ、しかし拒否できず、悔しかった。そのソモロンが今、何やら弱気になって返答に窮している。
察するにこのミミナという女の子は、幼い頃からずっとソモロンの姉代わりで、ソモロンは頭が上がらない、というところだろうか。もしかしたら幼少のソモロンがミミナに対し、「大きくなったらお嫁さんに~」とか約束してたりするかもしれない。
『おおっ。これは、思わぬところでソモロンの弱みを握った?』
などと、シルファーマが思い至る頃には、ソモロンの話は終わっていた。
「……というわけ。これは、優れた才能に加えて常日頃から努力を怠らない、この僕だからこそ、できたんだよ。世界でもトップクラスに難しい術なんだから」
「武名を上げたい魔王女様と契約、ねえ。確かに、街で聞いた噂とは辻褄が合うわ。それに、あのおじい様なら、そういう凄そうな本とかを持ってても不思議はないわね」
「えっ? ちょっと、あの、ソモロン?」
いつの間にかソモロンが根こそぎバラしていることに、シルファーマはまた驚いた。
「マジカルワールドは? 謎のスーパーヒロイン計画はどうしたの?」
「どうしたもこうしたも。他の人ならともかく、ねーちゃん相手にウソをついても多分バレる。見抜かれる。隠し通せる自信がない」
隠せないと言いつつ、ソモロンは大して困った様子でもない。
「それに、ねーちゃんなら、きちっと話した方が解ってくれるよ。だろ、ねーちゃん?」
「そうね。おじい様の研究の後を継ぎ、難しい術に挑戦し、それを成功させたというのは親孝行なこと。一人で異世界にやってきた女の子、シルファーマちゃんの夢を実現させる為に、知名度を向上させる作戦を立てたのも、住居や職を提供したのも、感心できるわ」
ミミナは腕組みして、うんうんと頷いている。
ほらね、とシルファーマに振り返るソモロン。
「でもねソモロン。街で聞いた噂によると、魔王女様であるシルファーマちゃんは、こう見えてかなり強いらしいけど。強いからって貴方は、そのサイコロイドとやらを倒すのに、まるっきりシルファーマちゃんに頼っちゃったのよね」
「え、いや、それは」
「世界でもトップクラスに難しい術を成功させた、優れた魔術師なんでしょ? そんな貴方が、こんなに可愛らしい女の子一人を戦わせたというのは、問題あるわ」
ミミナは、シルファーマに向き直って問いかけた。
「貴女、一人で店番できる?」
「え。う、うん。できるけど」
「なら、お願い。ソモロン来なさい。しばらくぶりに鍛え直してあげる」
ミミナはソモロンの襟首を掴んで、引きずって歩き出した。歩きながら、腰に差していた黒っぽい物を抜き取って、短く折りたたんでいたそれを一振りして伸ばす。
見ればそれは、かなり使い込まれた様子の、皮の鞭だ。凛々しく聖職者然としたミミナがそんなものを手にしているというのは、なかなか異様な威容である。
ミミナはソモロンを店の前まで連れ出して、
「じゃあシルファーマちゃん、あとよろしくね。夜までには帰るから。……ほら出発!」
ソモロンの背中を鞭で打つ(いい音がした)と、ソモロンが悲鳴を上げて走り出した。
その後をミミナが追いかけていく。鞭を振るいながら。
「ほらほら遅いっ! お店でシルファーマちゃんが働くのを眺めて、デレデレして怠けてたんじゃないでしょうねっ!」
「そ、そんなことは、」
「ペースが落ちてるっ!」
「ひええぇぇ~!」
ソモロンの悲鳴、ミミナの大声、そしてソモロンが鞭で打たれる音、が遠ざかっていく。南を向いている店のドアから出て、まっすぐ東へと。それからしばらくすると、二人の声が北東にずれ、そのまま北へと向かった。この辺りをぐるぐる周回するつもりなのだろうか。もう、結構な距離があると思うのだが、それでも二人の声は聞こえてくる。
そして、そんな二人の姿、響き渡る声について街の人たちが全く興味を示していない。ということはこれもシャレオの服装同様、この辺りではなじみの光景、いつものことなのだろう。ミミナは手慣れた様子だったし、ソモロンも殆ど抵抗していなかったし。
ともあれ、店に入れば静かである。シルファーマはカウンターに戻り、一息ついた。
「はあ。何アレ。ソモロンがMならアレはS? 流石は姉弟同然の幼なじみ、いいコンビね。って、いやいや、普通は幼なじみだからってああはならんでしょ。つまりただのSね」
などと、自分で自分に突っ込みつつ結論付けていると、
「あのねシルファーマちゃん」
いきなり、ミミナが戻ってきた。
「ぅわっ! な、何?」
「さっきも言ったけど、私がこういうことをしてるのは、おじ様とおば様からソモロンの教育を頼まれたから。決して、鞭打つことを楽しんでるわけではないの。Sではないの。教育だからね、教育。それ以外には何もないの。勘違いしないでね」
極めて淡々と、ミミナは言った。
なんでSだと思われたことを察したのか、よくそう思われるのか、自覚あるのか、だったら言動を改めたらどうかとシルファーマは思った。が、とりあえずそれは置いておく。
『教育以外の何物でもない、とやたら強調してるわね。これはもしや……』
いくら武闘派一直線のシルファーマとて、年頃の女の子なのだ。ミミナからわざわざこういう風に言われると、女の子らしく、興味を引かれるものはあるのである。




