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ゲスでMな魔術師の野望(ドMではない。これ重要!)  作者: 川口大介
第三章 素直な幼馴染は、Sなお姉ちゃん
14/40

 シルファーマの、地上での初陣から僅か二日後。

 ヨサイシの街の人々、特に冒険者たちの間では【マジカルワールドの魔女っ子戦士】が、ただの噂の域を脱し、周知の常識と化していた。もちろん噂の発生源はソモロンとシャレオなのだが、もう誰が最初に言い出したのかなんて判らない、誰もそんなことを気にしないほど、人から人へと伝播して街中に知れ渡っているのだ。

 そもそも、謎のサイコロ巨人(サイコロイドという名は知られていない)の大暴れというだけでも、センセーショナルな事件なのである。その、多くの冒険者たちが歯の立たなかった正体不明のバケモノを、どこからか現れた謎の美少女が倒してしまった、というのだから。皆が盛り上がる娯楽性の高い話題、しかもノンフィクション。だから爆発的に広まったのだ。

 たまに、そういう娯楽気分ではなく、真面目に考えようとする人がいても、

「マジカルワールド……何か胡散臭いような……」

「えっ? 高位の魔術師の間では常識らしいよ? あんた、魔術師なのに知らないの?」

「え、あ、いや、知ってるよ、うん。そういえば昔、師匠に聞いたことがあるな。ははっ」

 大体こういうことになり、噂の拡大は止まらない。

 そんなわけで。自分の噂が街中で語られているのをちょっといい気分で聞きながら、シルファーマは街を歩いていた。ソモロンに頼まれて食料品の買い出しだ。

 市場を回って卵や肉などを買い込んでいく。いろいろ入れた買い物かごからは、長ネギが突き出ている。

 やがてソモロンから言われていたものを全て購入し、さて帰ろう、とした時。

「おっと、失礼」

 シルファーマとすれ違いざま、どん、と大柄な男がぶつかった。

 男はそのまま去ろうとしたが、シルファーマは振り向いて声をかける。

「待ちなさい。あんた、スリで生計を立てるには修行が足りないわね」

 男も立ち止まり、振り向いた。

「何だと?」

「大人しく返すのなら、この場は見逃してあげてもいいわよ。もっとも、」

 多くの人が行き交っている市場だ。もう既に、野次馬の注目が集まりつつある。冒険者の多いこの街なので、ここにもちらほらと、戦士や魔術師らしき姿が見かけられる。

「この状況でスリをしましたと認めたら、誰かがあんたを捕まえて騎士団に突き出して、金一封ぐらい狙うでしょうけどね。わたしは、そんなものには興味ないからやらないけど」

「やっていないものを、認められるわけねえだろ!」

 男は、大声を上げてシルファーマに詰め寄った。

「そんなに言うなら、身体検査でもしてみやがれ! それで何も出てこなかったら、どうなるか解ってるんだろうな?」

「そうやって脅せば、身体検査なんかしませんごめんなさい、と言って相手が引き下がる。今まで、ずっとそうやってきたと」

 シルファーマは、これ見よがしに肩をすくめた。

「典型的なチンピラのパターンね。残念ながら、わたしには通じないわよ」

「! こ、このガキ!」

 男が、怒りもあらわにシルファーマに殴りかかった。シルファーマは、やれやれと思いながら応戦しようとして、ふと気づいた。

『あ。そういえば今は、体が縮んでて力も封じられてるんだっけ。ソモロンを殴るぐらいなら充分だったけど、あいつはMだから、自分から喜んで殴られにいってたわけで……』

 つまりケンカ慣れした街のチンピラ相手に、今のシルファーマでは勝てないかもしれない。ということに、シルファーマは今この瞬間、思い至った。

 が、もう遅い。十歳児相当の体であるシルファーマの頭上に、男の拳が降ってきた。


 ソモロンの店。シルファーマが出ているので、ソモロンが真面目に店番をしている。

 カウンターで商品を渡し、代金を受け取り、ありがとうございました、とか言ってると、

「今日は、あの女の子はいないのか。残念だな」

 という反応が、よく返ってくるようになった。そういう客に対してソモロンは、「いやぁすみませんねえ。またのご来店を~」と応えている。

 シルファーマの、看板娘としての地位が着々と築かれているようである。この様子なら、どこの店でも大差のない商品を買う場合、シルファーマ目当てでソモロンの店に足を運ぶ、という客がどんどん増えそうだ。

「ふっ。ハーレム計画と同時に始めた、【魔王女を看板娘としてこき使って店を繁盛させよう計画】。うまくいってるようだな。我ながら見事だ」

 と、そんなところにシルファーマがどたばたと帰ってきた。ネギの突き出た買い物かごを左手に、財布を右手に持って。普通、財布はそのかごの中か、あるいはエプロンのポケットに入れておくものなのに。

 何かあって、財布をがしっと掴んで、そのまま急いで走ってきたという感じだ。

「お帰り。何か慌ててるけど、またサイコロイドでも出た?」

「だったら嬉しいけど、違うわ! それよりあんた、Mなのよね? Mであることを認めるって言ってたわよね? だったら、痛めつけられてもいいわね? ってことで!」

「え? ちょっと待って、何が」

 ソモロンの返事など聞かず、シルファーマはかごと財布をカウンターに置くと、カウンターを回り込んでソモロンの背後に来た。そこでしゃがみ込み、ソモロンの足首を掴む。そして、一気に持ち上げた。ソモロンの全身が、軽々と地面から離れる。

 ソモロンの叫びなど聞かず、シルファーマはソモロンを、サイコロイドの時と同じように振り回し始めた。旗のように投げ縄のように。大して広くない店内だが、シルファーマもソモロンも巨人ではないので、振り回せるぐらいの空間はある。振り回しに支障はない。

 流石に、やはり十歳児姿のせいか、あの時のように風がゴォゴォと唸りはせず、聞こえる音はブンブン止まりである。などと冷静に分析する余裕は当然ソモロンにはない。強烈な遠心力と風圧、呼吸がしづらいことによる酸欠、などで意識が朦朧としてきたところで、

「よ、いっ、しょおおおおぉぉっ!」

 びたぁん! とうつ伏せに、つまり顔面から、地面に叩きつけられた。地面、といっても店内なので床板だ。石畳だったら流石に命が危なかっただろう。

 だが、命は助かっても意識は助からず、

「ふうっ。この程度でも疲れるわね。やっぱり力は弱ってる。けど……」

 というシルファーマの声を聞きながら、ソモロンは失神した。


 シルファーマはソモロンを仰向けにして、襟首を掴んで引き上げ、ビンタを一発。

「……ぅ……」

「目覚めた? 目覚めたわね。やっぱり。こんなに簡単に」

 ソモロンが、苦しそうに瞼を持ち上げた。

 まだ体が覚醒しきっていない、力が入らないのであろう、ぷるぷる震える右手を上げて、シルファーマに語りかけてくる。

「あのね。僕はあくまでもM。Mであって、ドMではない。叩かれたり踏まれたりといったレベルなら歓迎だけど、それ以上の、日常からかけ離れたものはダメだと。僕は断じてドMではないと。最初に言ったよね?」

「ああ。そういやそうだったわね。悪かったわ。ごめんなさい。以後気をつける」

「解ってくれればいい。で、いきなり何?」

 シルファーマは、改めてぐいっとソモロンの襟首を捻じり上げて言った。

「さっき、市場でチンピラを叩きのめしたのよ。腹に一発入れたら、胃液を吐き出して体を折り曲げ、頭が下がってきたところに真横からフックを入れたら、あっけなく失神した」

「ついさっき、僕も失神したね」

 ついさっき、顔面のみならず全身を激しく叩きつけられたソモロンはゆらゆらしている。

「それはあんたも言った通り、日常からかけ離れた攻撃だったからでしょ。召喚されてすぐ、わたしはあんたを殴り飛ばしたけど、失神しなかったわ。制限解除の全力状態には遠く及ばないものの、人ひとりを振り回すぐらいの力はある、わたしの拳を受けたのに」

「それが?」

「あんた、魔術師でしょ? しかも、そう頻繁には冒険に出たりしてないんでしょ? なのに、どうしてそんなに打たれ強いのよ」

 地上界に来て、体が縮んで、契約のせいで制限をかけられて、自分は凄く弱くなってしまっている、とシルファーマはずっと思っていた。本来の自分の強さを、しっかり発揮して拳を振るうには、ソモロンに制限解除してもらうしかない、そう思っていたのだ。

 それが今日、制限をかけられているこの姿のままでも結構強いのでは? と思える事態に出くわした。だが、召喚されてソモロンと対面したあの時、戦士ではなく魔術師であるソモロンを、一発で叩きのめせなかった。むしろ悦ばれた。いくらMだからって、気絶するほどの攻撃を受けたなら、気絶するだろうに。

 今の自分、制限をかけられている自分が強いのか弱いのか。シルファーマはそれを試そうとしたのだ。とりあえず、市場で男に楽勝したことと、今、ソモロンをブンブン振り回せたのは事実だが、まだよく判らない。

「要するに僕が、魔術師にしては妙に打たれ強いことが不思議なわけか」

「そーよ。……実は、ちゃんと真面目に天下統一とか考えていて、わたしにも隠れて密かに、真剣に体を鍛えているなんてことは」

「ないよ」

「でしょうね」

 シルファーマとて、本気で期待して言ったわけではない。もうソモロンの人間性は掴めてきている。こいつがそんな、人知れず地道に汗を流したりはしていないだろうと。しているのなら、シルファーマに対して偉そうに誇示しているはずだ。誇示していないなら、していない。

 しかしそうなると、やはり打たれ強さが不自然だ。


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