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ソモロンの店の地下には店よりも広い地下室が存在し、その隅々までが書庫である。ソモロンの身長ぐらいの本棚がズラリと並び、魔術関連の本がギッシリと詰まっている。
ソモロンの祖父の専門分野は異世界の研究で、ソモロンがシルファーマと契約を結べたのも、その研究資料のおかげだという。つまりここの本の多くは、異世界関連の資料らしい。と言われてもシルファーマにはさっぱり解らない、難解な専門書の山なのだが。
壁に掛けられた燭台の明かりの中、ソモロンは本棚から一冊を取り出してパラパラと捲った。やがて目的の記述を見つけると、メイド服姿の小さなシルファーマに説明する。
「かつて地上界と魔界とは、多少の心得があれば容易に行き来が可能だった。が、ある大きな戦争……学界では古代戦争と呼ばれてるんだけど、その後、魔界の人々は地上界との関わりを断ち切ることにした。その為に造られたのが、境界の壁だ」
「えっ?」
全く聞いたことのない話に、シルファーマは驚いた。
「じゃあ境界の壁は自然のものとして最初からあったのではなく、わたしたち魔界人が望んで造り上げたっていうの?」
「らしいね。この記録ではそうなってる。かなり古い時代のことだから、魔界でも【失われた古代の秘術】的なものなんだろう。だから今の魔界人には、解除できないんだ」
「で、でも、境界の壁という厄介なもののせいで、わたしたちは面倒な契約を結ばないと地上界に来られなくて困ってるのよ? なんでわざわざ、そんなものを造ったの?」
シルファーマから浴びせられる質問には答えず、答えられず、ソモロンは肩をすくめた。
「お互い、遠いご先祖様のことだからね。その時、魔界人と地上人が何を考えていたか、どんな事情があったのかは不明だよ。古代戦争そのものも、魔界と地上界とのどっちが仕掛けたものか、結末はどうだったのか、何もかも不明尽くしなんだ」
「もっと詳しい記録はないの?」
「ないらしい。時代の古さから考えて、たとえ世界中探しても詳しい記録なんてなかなか見つからないだろう。もちろん、ここにもない。んで、その戦争の中で大暴れしたのが、」
ページをめくりながら、ソモロンの説明が続く。
「サイコロイドという兵器である、と記されている。でも魔界と地上界のどっちが開発したものかは、これまた不明。相手側が造ったものを、回収して改造して使うこともできるしね。ただ、今ではその製造法は失われていて誰にも造ることはできない」
「それが今、出て来たってことは?」
「たまたま壊れずにどこかに埋まってた物を、誰かが遺跡から発掘したんだろう。製造法の資料だけ見つけても、専用の特別な素材や設備まで全部が揃ってないと造れない。だから、発掘したのはまず間違いなく現物だ。となると、数はそう多くないと思う」
ソモロンから詳しい説明を受け、シルファーマは腕組みをして考え込んだ。
数が多くない、というのは残念だ。シルファーマとしては、活躍の機会が減ることになるのだから。だが、それはあくまでソモロンの推測だし、そんな発掘をしてあんな騒動を起こすような謎のワルモノなら、また別の何かで騒動を起こしてくれるかもしれない。
どうあれ、期待して待つしかないようだ。自分から積極的に努力できないのは何とももどかしいところだが、仕方ない。
「む~。とりあえずわたしは、道具屋生活を続けるしかないわけね」
「そういうこと。理解が早くて助かるよ」
ソモロンは本を棚に戻すと、壁の燭台を手に持って地下室の出口へと歩き出した。
その後に続いて歩きながら、シルファーマはあれこれ思う。
『シャレオさんが言ってた。譲れないものはある、しかし仕事は仕事、手は抜かないと』
『ソモロンは、ゲスでMではあるけれど、目の前のチャンスを逃がすような腰抜けではない。場合によっては命すらも懸ける覚悟がある。わたしの武名についても(自身の趣味混じりではあれど)いろいろ考えてくれてる』
『何か、壮大な物語に繋がるかもしれない、古代の伝説っぽい兵器だか何だかも出てきた』
今は、シルファーマにとって絶望して落ち込むような状況ではないのだ。
当面は不本意な道具屋生活が続くであろうが、それでもしっかりと前を向き、上を向き、希望を抱いて、しっかり日々を歩いていこう! と。
シルファーマは決意を新たに、地下室を出て店内に戻ってきた。
「明日からまた、いらっしゃいませ~の日々ね」
「ああ。よろしく頼むよ」
ぐっ、とシルファーマは拳を握る。
「ふんっ! もう絶対に俯かない、ぐちぐち文句言ったりもしないわよ、わたしは! 店番でも在庫整理でも掃除でも言いつけるがいいわ! ハーレムではなく、街の道具屋としての常識的な仕事である限りは、何だって引き受ける! 誇り高き魔王女として、ね!」
力強いシルファーマの表情とポーズに、ソモロンは拍手を送った。
「それは頼もしい。期待してるよ」
「任せなさい! 冒険に向かう戦士や魔術師たちの、助けになる道具を売る仕事と考えれば、戦いと無縁ってわけではないんだしね! 何かその中で、わたしの役に立つ情報とか聞けるかもしれないし! と前向きに考えれば、この仕事だってそう悪いものでは……」
翌朝。早朝というにはもう遅いが、昼までにはまだまだ遠い、朝。
ソモロンの店に、シルファーマが帰ってきた。
「……ただいま……」
「お帰り~。どうだった?」
どんよりした顔のシルファーマは、つらつらと答える。
今日は月に一度の、町内会の掃除日。各家庭から一人ずつ出てきて、みんなで街のゴミ拾いやドブさらいをする日だ。その掃除に、シルファーマは行ってきたのである。
そこではいつも、掃除の後、町内会の連絡事項が言い渡される。
「今度、親睦会があるんだって。できるだけみんな参加するようにって……」
「あ~アレか。面倒なんだよなあ。会自体は欠席すれば済むんだけど、いずれは当番制で幹事をやらされるからなあ。ま、それは街の中で経営してる道具屋として常識的な仕事だし」
ぽん、とシルファーマの肩に、ソモロンの手が置かれる。
「その時は頼んだよ。誇り高き魔王女様に、後付けの言い訳の二言はないよね?」
「~~~~っ!」
誇り高き魔王女、シルファーマは思った。
やっぱりこいつは、どうしようもなく許し難いゲスである、と。




