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サイコロイドの巨大な胸板に、シルファーマの小さな拳が叩き込まれた。と同時に、そこに宿る黒い光、シルファーマの魔力、練り上げられた魔術が、サイコロイドの内部、全身の隅々まで、洪水のような勢いで強引に流し込まれ大暴れして、精神を呪縛している力を砕き散らす。
数瞬後、サイコロイドを蹴って、シルファーマは後方へ大きく跳び、着地した。
その、蹴られた勢いでよろめいたサイコロイドが、
「ペア……アッペル……クペアルルクルル……」
瀕死の呻き声? を上げると、シルファーマに殴られた部分から全身へと、無数のひび割れが走った。そして、その全てのひび割れから光が放射状に溢れ出し、
「ペアアアアァァァァ!」
サイコロイドは断末魔と共に、まるで打ち上げ花火のように縦に長く爆発した。その爆発で何かが、シルファーマの魔力とは違う眩しく明るい光の塊が、天高く打ち上げられる。そして、どこかへと飛んでいった。
ソモロンが、その光の塊へと手をかざしている。
「……うん、間違いない。あれがシャレオさんの精神だ」
「今、派手に爆発したけど、無事なの?」
「ああ。サイコロイドを動かすのに必要な、大切な核だからね。体内で厳重に守られてたはずさ。その守りが、いわば精神を監禁する檻で、その檻が、体内に強く呪縛されていた。で、そのまま本体を壊したら、巻き添えを食って精神も壊れるところだったんだ」
ソモロンは、ホッとしたのか落ち着いた様子で説明している。
「でも、本体より先に呪縛を壊してくれたからね。そうなれば檻も壊れ、精神は本体へと帰っていく。その背後で、核を失ったサイコロイドが爆発しようが炎上しようが、悪党のアジトが冒険の最後に崩壊するってやつさ。問題ない。文句なしの大活躍、見事だったよ」
ソモロンから素直に褒められた。シルファーマは豊かな胸をぼよんと張って、ご満悦だ。
「ふふん! まぁこの、最強の魔王女様にかかれば、あんなザコは楽勝よ。そして捕らわれてた人――お姫様とは言い難いのが残念だけど――を、救出するのも簡単なこと。契約相手が、あんたみたいにただのゲスでMな奴でも、わたしが有能だから……あ」
そこまで言って、シルファーマは思い出した。
「そういえばソモロン。あんた、わたしがあの、サイコロイド、だっけ? を粉砕しようとした時、割って入ってきたわよね」
「ん? ああ。それが?」
謎の巨人・サイコロイドを蹴り倒し、ブン回し、叩きつけて見せたシルファーマの、いかにも凄そうな必殺パンチの前に、ソモロンは躊躇いなく割って入った。
呪文を唱えたりするヒマはなかったからであろう、何の術も使わずに、体一つで。一歩間違えば、ソモロン自身の命が危なかったであろうに。
シルファーマは、じっ、とソモロンを見つめて聞いた。
「シャレオさんを助けるために、あんなことを?」
ソモロンは答える。
「うん。でもハーレム計画でお解りかと思うけど、僕はホモではないから。よろしく」
「思ってないわよそんなことっ!」
「そりゃ良かった」
くるりとシルファーマに背を向けて、ソモロンはちょっと気取って言った。
「説明しただろ? 僕の目的は、財宝でも権力でもなく、それらを使わずに築くハーレムだって。実際、いろんな英雄伝説の中でハーレムを築いてるヒーローたちも、金や権力なんかない場合が多いんだ。ただ女の子たちにモテるだけ、それでハーレムを構築している」
ソモロンが見上げているのは、シルファーマが励まされ、誓ったのと同じ、煌めく星空。
「僕はそれを目指してるんだ。金でも権力でもない、モテモテハーレムをね。それには、正義の味方として称えられるのが一番。その為には、人命尊重は必須の看板」
「その為に、自分の命を懸けるの? あんた、安定志向とか言ってなかった?」
ソモロンはシルファーマに振り返って、人差し指を立てた。
「自分から積極的に冒険はしないけど、目の前のチャンスを逃がすほどマヌケではない、ってことだよ。わざわざ戦場を駆けて敵軍の食糧庫を襲いはしないけど、棚から落ちて来たボタモチまで無視してたら、いつまで経っても美味しいものを食べられない。だろ?」
「う、う~ん……」
筋は通っているような、でもなんか屁理屈のような。
やはり、ストレートにかっこいいとはどうしても思えない。やはり、変にややこしいゲスだ。そしてMだ。変態だ。とシルファーマは思った。思ったが、しかし。
『まあ……徹底的に根こそぎ隅々まで満遍なく、ゲスってわけではない……のかな?』
少しだけ、本当に少しだけ、シルファーマはソモロンのことを見直す気になった。
『ん? あれ? ちょっと待ってよ。今、わたしは元の姿になって、元の力を取り戻しているわよね。この状態で、あの忌々しい「制限」をかける権限をもつソモロンをヤッてしまえば、ずっとこの姿のままで地上界に留まれたり?』
「ちなみに、僕すなわち契約相手が死んだら、契約は自動的に解消される。契約というものは、甲乙双方が認識していて初めて成立するものだからね。そして契約が解消されたなら、当然その効果も消滅する。即、境界の壁の作用が君を魔界に押し返すよ」
『……だったわね。だからわたし、強い魔術師を求めてたんだもんね。ふんっ』
会話するまでもなく、シルファーマの企みはソモロンに読まれ、一蹴されてしまった。
「では、お待ちかねの制限をかけようか。けど、その前に」
サイコロイドが倒されたことを知ってか、逃げ去っていた人々が戻ってきつつある。
メイド服化ビームを浴びていた人たちの服も、元に戻っている。めでたしめでたしだ。
「さっさとここから退散しよう。君は屋根から屋根へとぴょんぴょん跳び移るとか、そういうハデなことをしながら、少しずつ人々の視界から消えてくれ。人目を完全に振り切ったら、後で店で落ち合おう。くれぐれも、店に入るところは見つからないように」
「? なんでそんなことするのよ」
「君を、謎のスーパーヒロインにする為だよ」
ニヤリ、とソモロンは笑みを浮かべて言った。
「街を襲った謎の怪物、それを倒した謎の美少女、はたしてその正体は? となれば、いろんな噂が立ち、想像が膨らみ、話が大きくなり、それはやがて街の外にも広がっていく。その広がりの為には、正体不明であること、謎めいた存在であることが重要なんだ」
「……」
シルファーマは黙って聞いている。
「だからここは何も言わず、人々の前からいなくなるのが得策だ。僕ともども正体を明かすのは、もっともっと活躍してからでいい。いずれ頃合いを見て、ね」
「そうして、わたしを有名なスーパーヒロインに仕立て上げれば、あんたのハーレムの価値が上がるって言いたいのね」
いい加減わかってきたシルファーマは、即座に見抜いて指摘する。
ソモロンは否定せず、堂々と力強く頷いた。
「当然。でも、君だって武名を上げたいんだろ? それはすなわち、多くの人々に賞賛されたい、広く噂になりたい、有名人になりたいってことだ。恐ろしい強敵を次から次へと薙ぎ倒す、謎の美少女……なんてのは、噂話として格好のネタだと思うけど」
シルファーマは呆れた顔で、はあぁ~と深く溜息をつく。つくが、今回はただ呆れ果てているだけではない。
「毎度毎度、ホントいちいちややこしいことを考えるわね、あんたは。けど、確かにその通りよ。わたしの望み、武名を上げるってのは、言い換えれば【強いということで有名人になりたい】だわ。ここは、あんたの言う通りにしてあげる」
シルファーマにとって、地上界に来て以来、これが初めてのことかもしれない。ソモロンがつらつら語る理屈に、素直に納得できたのは。
謎のスーパーヒロインとして、しっかり有名になってから、ドラマチックにぱんぱかぱーんと正体を明かす。単に戦果をコツコツと積み上げていくだけよりも、そういう演出をした方が、人々からの注目度・称えられ度は大きくなるに違いない。
シルファーマが納得した様子を見せたので、ソモロンも満足顔だ。
「んじゃ、そういうことで~」
ひらひら手を振って、ソモロンは悠々と帰路に着いた。その途中で、シルファーマのメイド服をきちんと回収する。
シルファーマは、ぴょん、とひとっ跳びで屋根に乗り、そこから跳ねて跳ねた。眼下の人々の、「あっ! あれが、さっき騒ぎになってた、あの?」「え、どれ、どっち?」という賑やかな声を浴びながら、しばらく夜の街を舞う。まあ、悪い気分ではない。
「ふ。せいぜい噂にしなさい。いずれそのざわめきが全て、魔王女シルファーマ様の武勲を称える賞賛の言葉となり、英雄譚となり、世界中で未来永劫、語り継がれる……か。たまにはソモロンも、まともなことを考えるみたいね。ちょっとだけ認めてあげるわ」
シルファーマ、にんまり。
やがて街外れで地面に降り立ち、そこからは人目を避けてコソコソ走り、シルファーマはソモロンの店に戻った。ただいま、と店内に入ってドアを閉める。そのシルファーマを、
「制限復活! ちょああああぁぁ!」
ソモロンの絶叫、もとい呪文が出迎えた。制限解除した時と同様に、ソモロンの放った光がシルファーマに命中する。シルファーマの手足も髪もぐんぐん縮み、胸も腰もストーンと凸凹が消え、あっという間に元の、十歳ぐらいのお子様に戻った。
黒い武闘着も、体が縮むのと同時に、しっかりお子様用になっている。そんなシルファーマを見て、ソモロンは残念そう。
「服の縮む速度が、もうちょっと遅ければ、ぶかぶか姿を見られたのになあ」
「あっそ。残念だったわね」
べー、とシルファーマは舌を出しながら、ソモロンの持っているメイド服をむしり取って、武闘着の上から着る。これで全て元通り、サイコロイドが出現する前の姿に戻った。
と思ったその時。遠くから、どたばたガラゴロとやかましい音が聞こえて来て、シルファーマの背後でドアがバン! と開けられて、
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ! シ、シルファーマちゃん! ソモロン! いるっ?」




