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ゲスでMな魔術師の野望(ドMではない。これ重要!)  作者: 川口大介
第一章 Mな魔術師、ゲスく始動!
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 永遠に続く夜空に、瞬く星はなく。ただ一つの冷たい月のみが、熱い太陽にも負けぬ光で、大地を照らし続ける。地上界から見て、夜の闇の向こう側にある世界。

 境界の壁と呼ばれる、強力な結界によって阻まれ、互いの行き来は決してできぬ異世界。

 その名を魔界という。

 

 魔界にはいくつもの王国があり、多くの魔界人が暮らしている。そしてそれぞれの国王、すなわち魔王たちが、永きに渡って覇権を争っていた。だが、その激しい戦いの余波によって、魔界そのものが崩壊の危機に瀕してしまう。そこで魔王たちは仕方なく、「国家間での一切の戦いを禁ずる」という協定を結ぶこととなった。

 だが、それでいきなり友好が結ばれるわけもなく。表面上は平和を保ちつつも、魔界全土で争いの火種は燻っていた。


 そんな折、地上界の魔術師たちが、画期的な術を開発した。魔術師と「契約」を結んだ魔王であれば、境界の壁を越えて地上界に降り立ち、存分に力を振るえるというのである。

 魔王たちは、これに目をつけた。地上界で戦えば、魔界に被害は及ばない。地上界で戦って決着をつけようではないか、と。

 もちろん、高貴なる魔界の王族たる者、ゲスな地上人のシモベとなることなど我慢できない。だが、そんな心配は無用だ。境界の壁を越えるほどの天才魔術師ともなれば、並大抵の者ではないはずだから。


 魔術師の放った炎が、津波となってわたしを襲った。

 幅も、高さも、そして厚さも、全てわたしの身長を大きく上回る、巨大な火炎の怒涛だ。

「負けるかああぁぁ!」

 わたしは、真っ向からその炎にぶつかった。体内の魔力を高め、拳に集中させて突き出し、炎に対抗する。

 魔界の各地で、【魔王】を名乗って国を構えている強者たち。その中でも一、二を争う実力者と名高く、魔界人の限界まで強さを極めたとさえ言われる、父さん直伝の技だ。地上の魔術師とやらがどの程度のものか、試してやる! ……と思ったけど、

「ぅあっ?!」

 わたしの拳は簡単に弾かれ、その弾かれた拳によって後方へ引っ張られる形で、背中から地面に倒れてしまった。間髪入れず炎がわたしを飲み込み、竜巻のように蛇のように、とぐろを巻いてその場に居座った。わたしは為すすべなく、全身を高熱に焼かれ、高圧に潰される。

 それでもどうにかこうにか、わたしは炎の中で歯を食い縛って立ち上がった。でも、わたしが拳に集中させていた魔力は既に霧散してしまっている。無防備なわたしを焼き尽くさんと、巨大な炎がわたしを包み込んだまま、その場で荒れ狂う。

 そんなわたしの耳に、重く低い声が響いた。それは、わたしを焼く炎の熱さとは対照的に、氷の冷たさに満ちた声だった。

「さて、満足して頂けたかな?」

 その声、その言葉が終わったのと同時に、炎は消えた。

 もはや精魂尽き果てていたわたしは、脱力して倒れ伏しかけた。が、震える膝を支え、どうにか二本の足で踏ん張り、堪えて立つ。肌も、髪も、自慢の美しい黒装束も、あちこちが焦げて煙を上げているが、今はそんなことは気にならない。

「はあっ……はあっ……」

 ここは、本来であればわたしはまだ降り立つことのできない、地上界。

 そこに設けられた大きな魔法陣の中、境界の壁の力を一時的に打ち消す亜空間……という闘技場の中で、その魔法陣の製作者が、わたしを見つめている。

「俺の炎をまともに喰らっていながら、立ち上がってくるとはな。流石は魔界のプリンセス、といったところか」

「あんたもね。予想以上の強さで、嬉しい限りよ。魔界人ならまだしも、まさか地上人に、これほどの魔術の使い手がいるとは思わなかったわ」

「と言っても、お前は今、手加減していただろう。最初から全力でかかっていれば、あの炎を消滅させることはできずとも、突き抜けて俺を攻撃することはできたはず。違うか?」

「ふっ。お見通しだったとは、ますます嬉しいわ。でも、初手はその通りだけど、飲み込まれた後は、ちゃんと全力で押されてたわよ。あそこからの逆転は無理だったわ」

「そうか。では、試験はこれで合格だな? 俺と契約を結ぶ気になったか?」

 魔術師が、自信と覇気に満ち溢れた笑みを向ける。

 わたしも、気合と気迫に満ちた笑みで返した。

「ええ。あんたぐらいの実力がないと、こっちも困るからね。せいぜい、わたしをこき使いなさい。あんたはこの世界で、天下統一でも何でもするがいいわ。わたしはその過程で、あんたの部下としてでもシモベとしてでもいい、ただ強さを示せれば、それで満足よ」

「その戦いの中で、俺が勝手に、何者かに倒されるのはマズいというわけだな。契約が無効となり、境界の壁が作用し、魔界へ強制送還されては困ると」

「そういうこと。あんたが、わたしの要求水準に達するほどの強い魔術師でなければ、契約は結ばないつもりだった。さっさと魔界に帰ろうと思ってたわ。けど、喜びなさい。合格よ」

「ははっ。お褒めの言葉を賜り、光栄だ」

「あんたの前にはこれから、多くの敵が立ち塞がるでしょう。天下統一を争う他の魔術師や、そいつと契約を結んだ魔王たち。そして、どこからともなくやってくる、あんたの野望を阻まんとする自称英雄とかね。それら全てと、わたしは戦い、そして勝ってみせる!」

 

「……ってのを、わたしはず~~~~っと、夢見ていたああぁぁっ!」

 月明りが照らす、魔界の某所。見渡す限りの岩場で、魔界人の少女が吠えていた。

 健やかに伸びた両の脚は、充分に鍛え込まれているらしく、太く引き締まっている。無用な肉は一切ない、だが有用な肉はみっちりつけた、健康的な太さだ。それを証明するかのように、両腕や腹部などは細く細く引き絞られ、逆に胸部や臀部は脚同様に無駄なく、それでいてたっぷりと、弾力ある肉が実っている。

 ポン、と押せば、ボヨン! と跳ねそうなほどに、瑞々しく成長した体。そしてそれとは不釣り合いなほどに、幼い顔立ち。しかしその目には強い意志の光を宿して、それとはまた対照的に、可憐で愛らしい桜色の唇からは、歓喜の咆哮が轟いている。

「遂に、遂に、この時が来た! わたしの念願が叶う日がっっ!」

 太い部分は太く、細い部分は細く、起伏に富んだその肢体を包むのは、起と伏とを激しく強調する、ピタリと張り付いた薄い黒装束。その薄さは布というより紙、いや皮膜のようで、華美にして淫靡だ。だが恐ろし気な意匠からして一応、武闘着ではあるらしい。

 この少女は魔界の王族、だがまだ王位を継承していないので王ではない。女王ではない。魔王の娘、魔の国の王女、すなわち魔王女である。

「地上界の魔術師たち……いいえ、地上人よりもむしろ、全ての魔界人たち! 父さんさえも! 平和という名の怠惰に浸りきって、祖先の武勇を軽んじること甚だしい! 今こそ、この魔王女シルファーマ様が、魔界にも地上界にも武名を轟かせてやるっ!」

 強そうに見えないから嫌だなあ、でも染めるのは何か負けた気がして嫌だなあ、と悩みの種になっている、可愛らしいピンク色の、長い髪をなびかせて。

 シルファーマは、自らの頭上に開いた、黒い渦へと飛び込んだ。

 これぞ、シルファーマとて伝説でしか知らず、実物を見るのは初めてであり、もう長いこと魔界のどこにも開かれず、半ば忘れ去られている、境界の壁の穴だ。

 地上界の魔術師が、シルファーマを呼んでいるのである。契約を結びたい、地上界に来てその力を振るってほしい、と。

 

 境界の壁を越えて魔王が地上界に行き、そこで戦って魔王同士の決着をつけよう、という話。実はもう、魔界では古臭い昔話となっている。若い魔界人はそもそも知らなかったりして、シルファーマは(自分も若いのだが)ずっと憤慨していたのだ。

 いつかきっと、凄く強くて野望に燃える大魔術師が、自分を呼んでくれる。そして、その野望の障害となる様々な強敵と、存分に戦わせてくれる。そう信じて、誰にも理解されずとも、黙々と修行を積んできた。その思いが今、成就しようとしているのだ。

 

 だが。そもそも、どうしてこの、魔術師と魔王との契約が忘れ去られてしまったのか?

 なぜ、魔王たちは地上界へ行かなくなってしまったのか?

 その理由を知らない少女と、知っている少年の出会いから、この物語は幕を開ける。


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