4
「あのガキはバケモンだ。最初は叩きのめすつもりだったんだが、目があった奴から大波に飲まれたみたいに手も足まで無いですよ」
ダグラスが唖然茫然としているなか、気がつくと手傷をおってはいるがしっかりと地に足ついた団員が背後に立ち耳打ちして来ていた。
だが、見ればわかるだろと心のうちて吠えていた。ダグラスには見えている。自分の団員の中でも、大国の血を色濃く受け継ぐ人間にはどうやっても分かってしまう。あの少年を中心に渦を巻く力の様な物がしっかりと見えている。
「煙に凝ってるのか?良いのがあるんだ別のところで話さないか」
この港で名を馳せた漁船団の船長としての対面を考え、媚びる訳でも無く寛大な心を持っているんだとアピールだけは忘れないように、今にも土下座してしまいそうな心を奮い立たせ少年へと対峙する。
「煙にはさほどの興味は無いが話が出来るのであればこっちも願ったり叶ったりだ。
だが美味いフランクフルトがまだなんだ、これから行くところに美味いのがある事を願うよ。さぁ行くぞトーマスよ」
場を治めるための人間を何人か手配し、背景と化していたトーマスを引き連れ三人は大型船が何台も並ぶドックへと入った。
そんな時トーマスは、この港一の大型船に船乗りの一人として感動を覚え、田舎者の様に辺りをキョロキョロと見渡すというなんとも言えない場違いな程に胸おどる感情に支配されていた。
「つまりは、そちらの方を害した者に詫びを入れさせる為に今回の事件が起きたと」
問題としては大きくなってしまったが、大国からの介入の類いでは無いと知り、先程までの動揺を消す事が出来た。
その上、少年の力の権化の様な物も身体を包む程度に落ち着いており、揉め事自体も少年が暴れた事で手打ちにすると一方的に言い出したせいか、ダグラス自身もこの話の目処がついたことに一安心する事が出来た。
「こちらとしても港あっての漁船団と思っているが、こう言うのも何度も起きてしまってはまた港に迷惑を掛けてしまうだろう。
なのでお互いに不干渉を守ると言うのはどうだろう」
「それはトーマスに言っているのか。それとも俺に言っているのか」
「トーマスさんには申し訳ないと思っているが、私としては君とはなるべく揉めたく無いと思っている
どこの大国の人間かは知らないが、国外と揉めるのは此方の規模でやり合うのは無謀過ぎる」
「ダグラスと言ったか。俺の事を知っているのか」
ダグラスは首を傾げたところにトーマスによる補足が入り、より一層頭を抱えるはめになってしまった。
大国の繋がりを仄めかす訳でも無くただ単に知らないと言う事から、完全な白の線ではなく目を凝らしても見えない無色透明へと化けてしまった。
コレは事と次第によっては一瞬で真っ黒に化ける。それにこの歳でこれだけの力を持つ人間が、大国なりこっちの統括者連中と繋がりがないわけがない。どちらにしろ逃げる様にウエストに来て一花咲かせる途中のダグラスに取っては地獄の使者にしか見えていなかった。
だが不幸は度重なる様に訪れるものの様だ。いつもの入船後は宴の様な賑わいもさっきの事件でほぼお通夜状態のせいか、部屋を叩くノックがいつも以上に部屋に響く。
ダグラスの入れの声で皆にの良い男が耳打ちすると、あからさまに目を見開きその男に偽りがないか聞き返す。
目の前の問題も去ることながら今から来る問題はそれを遥かに凌駕する問題なのは言うこともない。だが、新しい問題は待ってくれはしない様で、ダグラスが考えあぐねていると再度ノックの後中の返事も待たずに頭までしっかりと隠したローブ姿者が入って来た。
「すまないが時間が無いんだ」
声からすると男の様であり種族はわからないが妙に威厳だけは感じられた。
そんな男に三人が気を取られていると部屋の明かりに目掛け外部から石が何を投げ入れられ、ガラスの飛び散る音と明かりが砕ける音が響いた。皆一斉に床に伏せ状況を把握しようとキョロキョロと辺りを見渡す。
「クソがまいたはずだったんだが」
「お前もお尋ね者か?旅は道連れだ、助けてやろう」
全員の心が今紛れもなく一つになった『このガキ何言ってんだ』
周りの顔色を伺うと訝しげな顔しかなく、不愉快げに少年は立ち上がった途端銃声の様な音がこだまする。
「いった!生身だったら死んでるぞ」
そして全員の心が今紛れもなく一つになった『このガキ何言ってんだ』
だぶん銃声の方へと目線を向けると一目散に窓を蹴破り外へと飛び出したが、外にはもう人の気配はなく中と同じように様子を伺うような探り合う様な重い空気が充満していた。
少年はしぶしぶ部屋の中に戻るとトーマスが泡を吐いて倒れており、休める部屋へと移動させて貰った。
「で、さっきのは何だ?」
「こら勝手に喋るな!この方はな「いや…良いんだ。もう少し上手く事を運ばせるつもりだったんだが、相手の方が上手だったようだ。すまない迷惑をかけてしまった」
ローブを下ろし顔を見せ謝辞を述べるその顔は、人寄りのものではあるが人の顔ではなかった。灰色の毛を持つ狼のそれであり鋭利な犬歯がとても目立っていた。
「何だビーストか」
「おい!この方が誰だかわかっているのか!この地の領主様であるバッケン様に無礼だろ!」
「領主?領主は偉いんだろなんで今みたいなことされるだ?」
ダグラスは怒りを通り越し血の気の引いた顔になっており、その顔を見た領主がさっきまで話していた椅子に座り話し出した。
前置きとして「そこの少年もこのまま返しても奴らに目をつけられてしまう」と言い、少年にも配慮が必要だと判断し話をする。
一月程前のウエスト領の首都にてクーデターが起きた事を告げる。それは長兄であるバッケン・二男・三男全ての食事に致死性の毒が混入していたことから全ては始まった。その後の調査では何の手がかりも出ないが、子息の講演者たちが次々と失踪してしまった。そしてトドメとなったのが元領主である父の体調の急変により新領主の選定が始まってしまった事である。
順当に行けば長兄であるバッケンの襲名となるのが普通だが、トゥキュディデスの罠なのか、ここから兄弟間での争いになってしまった。
「で、つまりどうすれば良いんだ?」
「巻き込んですまないと思うだが君はどうする事もできないだろう。だからダグラス、イースト民であった君に頼みがある。我が自陣に加わりこんな争いを終わらせたい」
「いやいやいや!そんな急に言われても困ります。私をこちらの民として受け入れてくれたことには感謝の気持ちで一杯ではありますが、ソレとコレとではスケールが違いすぎます。
力をお貸ししたいのは山々ですが、この地を左右するような大きな事には…」
「性急なのは重々承知している。だが「すみません。言葉を遮り申し訳ありません。ですが私に出来ることは他の者に協力はしないと約束するので精一杯でございます」
「そうか、なら私がここに来た事も他言無用だからな」
「仰せのままに」
狼の顔色を読む事は出来ないが、たぶんいい表情ではなかったのだけは分かった。
そしてバッケンは何かの薬を撒くと足早にその場を後にした。