アンジェラの失恋
腫れ上がったまぶたを侍女に冷やしてもらっていたら、長兄が扉をノックしながら入ってきた。
「エミールとマリアンヌ王女の婚約パーティーにジョージとお前が招待されてる。さっき招待状が来た。無理はさせたくないけど、出てしっかりした姿を見せないと、お前が捨てられたと噂が立つ。もう一人の兄として慕っていたって演技できるか?お前の今後に関わるんだ」
長兄の目は真剣だ。私の行く末を案じてくれているんだろう。私も腐っても高位貴族の令嬢だ。感情を抑える訓練も出来てる。
「大丈夫。出席します。ちゃんとお祝いも言えます」
「本当に大丈夫か?強がりじゃないよな?」
「一日泣き明かしたらもう一滴も涙は出ません。エミール用の涙は品切れみたい」
「ならいいんだが」
長兄はまだ疑ってるみたいだった。
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侯爵家の玄関ホールでマリアンヌ王女とエミールが招待客を出迎えてる。マリアンヌ王女はエミールの髪の色のシフォンを重ねたドレスにエミールの瞳の色のアクセサリーをつけている。
その前を挨拶をして通り過ぎるとマリアンヌ王女が意味ありげな表情で私を見てにやりと笑った。
ああやっぱりなと言う気持ちだった。我が公爵家の招待は次兄はわかるが、わざわざ私を呼んだのは見せつけるため。随分下品なやり方だ。それにエミールが承知していると言うことは、その程度の人だったんだと初恋にさよならしてよかったと思えた。
私って薄情なんだなと心の中で笑った。でもわざわざ私を笑い者にしようとする人に流す涙はない。
次兄とシャンパンを飲んでいると、マリアンヌ王女に引きずられたようにエミールがやってきた。
「プロイ公爵令息と令嬢、本日はお祝いありがとう。」
マリアンヌ王女がにやにやと私を見る。王女様笑い方下品です。大丈夫でしょうか?
「特にアンジェラ様に来ていただけないと思っていたので嬉しいわ。」
にやりと口角を跳ね上げて笑う。いや本当に王女様なのに下品です。
私は淑女の礼を完璧に取りにっこりと笑い言った。
「ヘルマン侯爵令息のエミール様は次兄の学友でいらしゃって、もう一人の兄のようにお付き合いさせていただいてましたから、本日のおめでたい宴に、参らないわけありません。マリアンヌ王女殿下、エミール様、この度は誠におめでとうございます。お二方のお幸せを心からお祈りいたします」
マリアンヌ王女は悔しげに口を歪めた。だから表情崩しすぎですわよ。王族たるものいつも凛としてなきゃと内心で思う。
周りで見ていた招待客達は私の態度と笑顔を見て、なんだただの幼馴染みかという顔で納得して周りから去っていく。
エミールは一言も発しなかった。またマリアンヌ王女に引きずられて違う客に挨拶に向かって行った。
次兄と私は適当に知り合いと話して帰るつもりだったが、座っている私の前に影がさした。見上げると、この国の王太子殿下だった。
デビュタントでデビューの令嬢は王族と踊っていただけるのだ。私は王太子殿下に踊っていただいた。それから時々王妃様の王宮でのお茶会に呼ばれると王太子殿下もいらっしゃることもあるので面識はある。
「やあ、アンジェ踊ろう」
手を取られてそのままワルツの輪に加わった。いつのまにか王太子殿下には愛称で呼ばれていた。楽団が奏でる曲が終わったので、手を離そうとしたら、ぐいっと引き寄せられて二曲目に入った。王太子殿下の手を振り払うわけには行かないので大人しく従った。
「王女が余計なことをしたようだな。あれは不憫な境遇だからと甘く見ていたがさすがにもうダメだな。」
そんな言葉に臣下は返事が出来ない。
二曲目が終わったら、エスコートされて休憩用の飲食のソファに一緒に座った。
王宮のお茶会の時のように話題豊富な王太子殿下と話が弾んでしまった。
次兄が迎えに来たので、王太子殿下に挨拶して出口に向かう。
出口あたりにエミールが一人でいた。次兄が手を挙げただけで無言で通り過ぎるので、私も後ろから軽く頭を下げて通り過ぎる。
帰りの馬車の中で、次兄がもうエミールと付き合いはしないと言い出した。これで最後だと。私に気を遣ってるのと聞くと違うと。
思うところがあるからだと言う。脳筋の次兄にしては考え込んでるので、そっとしておいた。