アンジェラの初恋
あの人は次兄の学友だった。初めて我が家に次兄に伴われて遊びに来た時、私は恥ずかしくて、長兄の背に隠れて見てた。
それからよく遊びに来てくれるようになって、五つも歳下の私にも嫌がらずに遊んでくれた。脳筋の次兄と違って、女の子に対する扱いがわかっていて、意地悪も言わないし、ぞんざいにも扱わないし、だんだん目で追うようになっていた。
これが初恋というものなんだわと胸の中で温めてた。いつも彼にまとわりついて、話を強請る私を邪険にせずにいてくれた。
デビュタントでも長兄にエスコートされて入場した私に優しい目を向けてくれて、長兄と踊ったファーストダンスの後にダンスを申し込んでくれた。
デビュタントを迎えたらもう大人。
婚約する人も多い。私はいつ彼が婚約を申し込んでくれるかドキドキしてた。
彼も21歳になり侯爵家の執務を担い始めていた。昔ほど我が家に来てくれないけれど、脳筋次兄が騎士団に入団しても来てくれるから、私に会いにきてくれてるのだと思っていた。
愛の言葉はないけどアンジェは可愛いね。アンジェは天使だといつも褒めて微笑みかけてくれていた。
てっきり彼は私に恋情を抱いていてくれるんだと思っていた。
父は公爵だから私は侯爵嫡子の彼とも釣り合うしと彼がいつ申し込んでくれるかと期待して待っていた。
次兄もエミールはお前に夢中だなと冷やかしてくるほどだった。
春の日差しが差し込むテラスで午後のお茶を飲んでいたら、次兄が騎士団から駆け戻って来た。
「エミールがマリアンヌ王女と婚約した!」
何を言ってるのかわからなかった。次兄がもう一度言った。やっと言葉として理解できた。
「嘘!昨日も来てくれて、庭を散策したのよ!」
「本当だ。ほら公示がでた。王族の婚約だから公示が出るんだ。」
次兄の手から紙をもぎ取った。確かにそこに
マリアンヌ王女とヘルマン侯爵嫡子エミールとの婚約を公示する。
とあった。紙を持つ手は震え膝から下がガクガクしている。
それでも確かめたいことがあると、長兄のいる執務室に行った。突然入ってきた末妹に目を向けた長兄に震えながら聞いてみた。
「兄様 マリアンヌ王女殿下てあの有名な方よね?」
「そうだな 母君の身分が低いため王族としてなんら権限がない。自分の行先を憂慮されたのか、高位貴族の嫡子に片端から声かけている王女殿下だな。」
「兄様も言い寄られらたの?」
「まあな。煽情的な姿で王宮にいる時に部屋に訪ねてこられた。婚約者がいるからって拒絶したが。一人でなく従者と一緒でよかったよ」
そうなのだ。マリアンヌ王女とは私のようなデビュタントほやほやのひよっこ令嬢ですら噂を聞くほど有名な人なのだ。舞踏会でお会いしても私達高位貴族の令嬢を敵視していつも当たり散らす。そんな王女と婚約するエミール。
私が長兄に聞いた話だが、国王はたまたま手をつけた騎士爵令嬢の侍女から生まれた王女に興味がなく長年放置したと言う。王家の血を使われたら困るからという宰相の進言でいやいや引き取った。
かの王女と婚姻を結んでも持参金もなく後ろ盾もない。シビアなことだが家にはなんら利益はないため、王女と言っても形だけだ。しかも生まれから王位継承権もない。
恋愛での結婚ならまだしも、政略結婚にも値しないので、高位貴族の嫡子達は彼女から逃げ回っていた。
王族達は見目麗しい王子王女が多いがマリアンヌ王女は普通だ。醜くくないが普通だ。
十代で引き取られたので、王族どころか貴族としての振る舞いは付け焼き刃らしい。
でも優しいエミールは王女に愛情を持ったのだろう。王女の評判がよくても悪くても、私が失恋したのは確定だ。それに私は王女を見かけたことしかない。王女のことを噂で評価するのは間違ってる。内実は素敵な人なのだろう。
私が描いていたエミールとの未来はない。
泣いた。一日自室に閉じこもって泣いた。どこにこんな水分があったのかわからないぐらい泣いた。家族も使用人も私のエミールへの想いを知っているから、そっとしておいてくれた。
泣き疲れて寝たみたいだ。テラスの窓から朝日がさしていた。それをぼんやりベットの中から見ていると、なぜか笑えていた。
エミールは公示の出る前の日も我が家に来て、庭を散策して四阿でお茶を飲み、私に可愛いだの天使だの言っていた。
本当に私のことなんて、なんとも思っていなかったのだなと自然に胸にすとんと落ちた。やっと理解できた。私は普通の人間だ。汚い気持ちも沢山持つ。褒めてくれるだけだったのは生身の人間としての好意ではなかったのだろう。見ているだけでいい、その程度なんだろう。おかしくて声が出た。
声を出して笑っていたら、自室の扉から長兄と次兄が飛び込んで来た。
私がおかしくなったのかと心配された。
二人は自室で泣いてる私を気遣って扉の外で待っていたらしい。
なんだかもう泣けなかった。貴族にしては仲の良い家族がいる。それでいい。




