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7. 女神再臨


 夜明け前に目が覚めたハリーが隣を見ると、起きていたらしいジョアンナがぼんやりと天井を見ていた。

 慎重に声をかけると、彼女は困ったように眉を下げて彼を見た。


「考えごとしていたら、眠れなかったの」


 小さく微笑んだ彼女の疲れた顔を見て、ハリーは胸が締め付けられた。

 ジョアンナを不安にさせているのは間違いなく自分のはず。かける言葉も見つからず、彼女の頬をそっと撫でるとジョアンナは体ごとハリーに向き合う。


「考えてみたのだけれど、もう一度女神さまにお願いしてみるのはどうかしら?」


 薄暗い部屋の中、ジョアンナは真剣に語る。


「リコちゃんを元の世界に返してもらうようにお願いしましょう。貴方の言う通り、ここにいたらあの子のためにならないわ」


 理子を連れてきたのが女神ならば、女神に託すことが一番だとジョアンナは考えた。

 王家と教会は論外。

 しかしここに居ても自分達は守ってあげられない。

 ハリーの叔父のところへ連れて行けば王家と教会からは遠ざるが、結局は理子を振り回していることに変わりない。知り合いもいない、言葉も通じない状態では、あんまりにも可哀想だと。


 ジョアンナが堰を切ったように一気に話す内容をハリーは静かに聞いていた。


 ちなみにこの夫婦、隣国へ連れて行くことを失敗する可能性は微動も考えていない。

 おまけに女神がもう一度来てくれると信じ切っている。基本的に甘ちゃんなのだ。


 決意を固めた二人は布団から出て、ベットの上で祈り始めた。

 もともと信仰心のない二人の家には、祭壇も何もなかったのでその場で祈る。


 ハリーは仕事が嫌すぎて毎日聖堂で祈っていたころより三倍は真剣に祈った。


 どれくらいそうしていたのか──窓の向こうから朝日が部屋の中まで伸びてきたころ、彼らの願いは聞き届けられた。


「きたーーーー!!!」


 またも部屋を襲った暴風。

 ハリーたちは歓迎の心を持って、風の勢いのままベットの後方へ転げ落ちた。

 降臨時の加減が下手くそな女神は、理子の聖なる結界もぶち壊し、ついでに屋根の上で頑張っていた侵入者達も衝撃で吹き飛ばして夫婦の寝室へ降り立った。


「待ってました女神さま!!」

「よかった! きっと来てくれると信じてました!」


「バンザーイ!」と喜びを分かち合った夫婦は、一瞬で荒れた部屋のことなど気にも留めていない。昨夜の悲壮感も忘れ、暴風でボサボサになった髪を手櫛で整えつつ、女神の側で跪く。

 まあまあな衝撃があったものの、隣室の理子はよく寝ていた。彼女は爆睡型だ。


「此度はどうしたと言うのですか」


 居住まいを正した二人を前にして、淡く輝く白銀の女神は静かに問うた。


 ハリーは何故か知らないが理子が王家と教会に狙われていること、自分達は隣国へ連れて行こうとしていること、それは理子のためにならないし還してあげて欲しいと考えていることを正直に女神へ説明した。


「そうでしたか……聖女の力は祝福を与える物で奪い合うためではないのですが…」


 すべてを聞き終えた女神は悲しげに目を伏せる。銀のまつげから光の粒が放たれるのを、ハリーはぼんやりと見ていた。


「聖女を通す前に直接あの者達に会いに行ったのは、私の間違いだったようですね」


 そう一言呟くと女神は目を閉じ、黙ってしまう。

 よかれと思って国王と大司祭に聖女のことを話したのは女神自身である。この混乱の原因をつくったことに、多少の罪悪感を覚えた女神はどうするべきか迷っていた。


 女神の迷いなど何も知らないハリーはしばらく待っていたが、やがて恐る恐る女神に声をかける。


「あ、あの、それで女神さま。リコちゃんがこのままここにいるのも可哀想ですし、戻してあげてもらえないですか?」

「…………」


 女神は答えない。

 長い長い沈黙に夫婦が緊張で酸欠になりかけた時、女神はようやく顔をあげた。


「仕方ありません。彼女を元の世界、元の時間へ戻すしかないのですね」

「よよよよかった~できるんですね……!」


 希望が見えた気がしてハリーは前のめりに尋ねる。

 もし理子を元の世界に帰すことができれば、寂しいが彼女は余計な争いに巻き込まれないのだ。


「ええ、まあでも神力を多量に使うので世界を越えさせることしかできませんが」

「はあ……それって何か問題があるんですか?」

「こちらからの干渉は世界を渡れません。私の加護や癒しは無くなるでしょう。彼女は事故で瀕死の重症でしたから、元の世界、元の時間に戻れば五秒で死にます」

「問題だらけですよ!!!!」


「やっぱりいいです!」と不敬を承知で食い気味に断ると、女神はやれやれという顔をした。


「この私を呼べるくらいですから、善良なそなたらがそれを望まないことはわかっていました。だからこそ聖女を預けたのです」

「えぇ……あれは預けたって言うか……」


「置いて行ったよね」とは言えない。ハリーは小心者なので。


「本来ならば精霊に生まれるはずだった魂が手違いで無残に消えてゆくのは、私としても耐えられませんから」

「せ、精霊? えっ!?」


 女神はさらっととんでもないことを口にする。


「さて、もうお喋りはいいでしょう?」

「あ~~~待って待ってください」


 すこしも理解できないハリーたちは引き留めようとするが、女神はもう話は終わったとばかりに二人から視線をそらす。

 女神の見つめる先は壁の向こう、夫婦の寝室の隣にある小さな客間。いまは理子が使っている部屋がある方向だった。


「本来ならこの世界にも、私はあまり干渉してはいけないのです。条理を曲げてしまいますから。だから此度のこと、後はそなたらに任せます」

「ええ!? まかせるって、」

「それでは、お元気で」


 視線をハリーたちに戻した女神は僅かに微笑み、光の粒が空気に溶けるように消えてしまった。


「…………」

「結局私たち、どうすればいいの?」

「ど、どうしようか?」


 結局なんの解決策も見つけられないまま、二人の一日が始まる。

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