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5. 教会訪問


 次の日、ハリーとジョアンナは教会へと向かった。


 なんでもマリナの話では、近所の大聖堂では聖女のための窓口があるのだとか。様子見だけでもしておこう、と二人は出かけたのだ。

 ちなみに聖女(仮)こと理子は、家で刺繍を楽しんでいる。


 近所の大聖堂は王都で一番大きい。


 石造りで荘厳な雰囲気の大聖堂は見上げてもまだ足りないほど天井が高く、女神と精霊、聖者を模した彫刻がびっしりと壁に彫られており、かなり手の込んだ建物だ。


 普段から教会へ来ない二人は、その偉大な大聖堂に圧倒された後、ぎこちない足取りで聖女の窓口へと向かった。


 ご丁寧な看板の指示に従った先の小部屋には一組の男女。

 開けっぱなしの扉から、ちょうど教会の自警団の騎士と話しているところが見えた。二人は順番を待とうと、扉横にあった椅子に並んで座る。

 廊下にいる見はりの騎士は、何を言うでもなくピクリとも動かない。


 大々的な発表はされていないものの、聖女発見の噂は庶民の間にはかなり広まっていた。噂が本当なのか教会に直接聞きに来る信仰の厚い庶民もいて、教会はそういった人たちに聖女が何たるかを説いているらしい。


 二人はその説明を聞くために訪れたのだが、ハリーたちは急に不安になった。


「あ、あのさジョアンナ。僕たち早まったことしてないかな?」

「……別にあの子を引き渡そうってわけじゃないのよ。ちょっと様子見というか、そもそも聖女が何なのか知りたいだけよ」

「そ、そうだよね。とりあえず聞くだけ……」


 小さな声で目を泳がせながら互いを励まし合う。

 そんな中──開けっぱなしの扉向こうから聞こえきた内容に、二人は驚きで飛び上がることとなる。


「何ィ!? では貴様、その女が聖女本人だと申すのか?」

「その通りでございます。彼女はえーと、王都を彷徨っているところを昨日うちで保護しまして。どうです美しい娘でしょう?」

「…………」

「それに、ご覧ください。なんとこの娘、口笛だけでヘビを操ることができるのです! このような人間が普通に居るはずがございません。間違いなく聖女でしょう」

「なんと! 確かに可笑しな技を持っているな」


 思わず手を取りあって、ハリーたちは顔を見合わせた。

 自分たちの家にいる聖女とはなんだか違う。


 理子は顔立ちこそ、この国では見ないつくりだが、ヘビは操れない。

 しかも女神が直接届けにきたので、王都を彷徨ってもいない。おまけに現在の彼女は驚くほどの出不精だ。


「ねえハリー……聖女って、だんだんヘビと仲良くなっていくものなのかしら?」

「ひええぇ怖っ! ヘビって喋れるの?」

「知らないわ。私、ヘビを見たことがないんですもの」

「僕も絵でしか見たことないよ」


 ちらりと覗き見えた若い女が本物の聖女とも思えず、ひそひそと話していたハリーたちは扉の向こうから聞こえてきた内容に、またしても驚きで飛び上がる。


「ではその娘が本当に聖女かどうか、井戸に入れて確かめよう」

「はっ!? 井戸……ですか?」

「この聖堂の地下には聖なる水が湧き出る井戸がある。そこに入ってもらう」

「そ、そんなまさかっ! 溺れてしまいます!」

「聖女にはあらゆる加護と人智を超えた力があると言われている。溺れるはずがない」


 騎士が一欠片の迷いも滲ませず言い切ったのを皮切りに、扉の向こうが騒がしくなった。かと思うと、次の瞬間には血相変えた若い男女が二人。大慌てで飛び出してきた。


 驚き過ぎて椅子から立ち上がった二人は、そのまま抱き合い立ち尽くす。


 一秒後には「あやつらを捕らえろ! 虚偽の申告をした!」と怒号が響き、あたりは騒然とする。

 見はりの騎士がすぐさま男女の後を追い、「やめてくれェ金が欲しかったんだ! 聖女なんて嘘だ!」と叫びが聞こえ、騒ぎはあっという間に見えなってしまった。


 やっぱり偽物だったという安堵とともに、二人は大きなショックに震えていた。


「せ、聖女を井戸に……?」

「入れるって言ってたわ……そ、それで本物か確かめるだなんて」

「かかかか帰ろうよジョアンナ!」

「ええ、ええ、そうね」


 残されたハリーたちが青ざめていると、部屋から出てきた騎士が二人に気がつく。


「聖女についての情報提供か?」

「あっ……ぼ、僕たちは、」


 急に話しかけられてハリーは固まってしまった。


 何故なら目の前の騎士はあまりに屈強な肉体をしていて、ハリーのことなど片手でひねり潰せそうだったからだ。

 おまけに平然と人を井戸に入れようとする。


 答えを間違えたら殺される、と思うとハリーの足は子鹿のようにぷるぷるだった。


「ぼ、僕たち、あの、その、あっ!! お、おおおおお祈りに、きて……」

「祈り?」

「そう、そうなんです! 最近結婚した新婚で!」

「…………」

「新婚! そう、僕らは新婚で、なんと新婚なんです。今後の家内安全のために万全を期すためにお祈りをお願いしようと思って、でもなんだか場所を間違えちゃったみたいですねここ司祭様もいらっしゃらないしっ!」


 しどろもどろで言葉を紡ぐと、ハリーは何も言ってこない騎士に素早く別れの握手をして回れ右をした。脱兎の如く駆け出したいのを夫婦で手を繋いで我慢し、そのまま一歩踏み出した──ところで、騎士に呼び止められる。


「おい」

「あっ、終わった……愛してるよジョアンナ」

「ええ、私もよハリー……」


 早々にすべてを諦め微笑み合う二人を追求することなく騎士は言った。


「祈りの部屋はこっちだ。ついてこい」

「えっ!?」


 言い終わるや否や、騎士はハリーの背を軽く押しながらずんずん進み出す。

 すっかり死を覚悟した二人が目を白黒させ騎士について行くと、そこは質素な祭壇のある白い小部屋だった。


「ここで待て」と言われるがまま待機した二人はすぐにやってきた下級司祭によって祈りと祝福をもらい、ハリーの半月分のお給料、金貨二枚を払う約束をして涙目で大聖堂から出ることとなった。

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