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4. 新規情報

 女神が聖女を連れてきてからあっという間に数日後。


 あの夜以来、女神は二人の前にちっとも姿を見せないが、三人は案外仲良く暮らしている。


「じゃあ行ってきます」

「リコちゃんお留守番よろしくね。行ってきます」

「いてら」


 こんな風に、外へ出かける夫婦を見送り、家で大人しく留守番しているくらいには聖女も落ち着き二人に懐いていた。


 聖女こと理子は簡単な挨拶くらいなら話せるようになったし、自分の名前を伝えることもできていた。

 自分がとある世界の学生で、朝の通学中にいきなりここへ飛ばされて困っていることはまだ言えていないが、とりあえずハリーたち夫婦が悪い人では無さそうだと言うことだけは理解した。


 理子はジョアンナと一緒に数回は外に出て見知らぬ土地を楽しんだ後、盛大なホームシックに陥り最近は引きこもり気味だった。

 心配した夫婦はお小遣いを渡し、市場などにも連れて行ったが理子は何も買わなかった。


 王太子結婚式のあと、ちょうど一週間ほど休暇をもらったハリーに文字を習い、彼が作った文字表を書き写したり、ジョアンナの家事を手伝ったり、幼児向けの絵が綺麗な絵本を流し読んだりして、わからないなりにものんびり過ごしていた。



 一方、朝から一緒に家を出て出勤するハリーを見送ったジョアンナは、そのまま近所の洗濯場に行った。

 洗濯場は大きな井戸と三つの手押しポンプ、広い洗い場があり、近隣世帯の人々はみんなここで洗濯をする。水道設備がようやく整ってきた王都では、庶民の家で洗濯できるほどの設備はまだない。


 だからジョアンナは三人分の洗濯物を洗いに来たのだ。


 理子はなぜか一度来た服は洗わない限り二度と着ないし(「汚物!洗濯清潔快適大事!」と叫んでいたが意味はしらない)ジョアンナたちが三日ほど同じ昼着、寝間着を着ているのを見るだけで嫌そうな顔をするので、仕方なく洗濯の回数を増やすことにした。


 理子は興奮したり、嫌なことが起こるとかなり光るので、刺激せず暮らそうとハリーと話し合ったばかりだ。

 彼女は未だに聖女(仮)の扱いに困っている。


「あらジョアンナおはよう。珍しいねえ今日も洗濯?」

「おはようマリナさん。実は親戚の女の子を預かっていて、その子が綺麗好きなの」

「やだあ~あんたも新婚なのに大変ね」


 二つ隣の家に住むマリナは豪快に笑って、ジョアンナのために場所を開けてくれた。祖父母と同居して子どもも四人いる大家族のマリナはしょっちゅう洗濯に来るが、二人分だけのジョアンナは数日開けることが常だった。

 それが三日と開けず洗濯場に来たのだから、マリナの疑問は最もだった。


 ジョアンナは苦笑いを返す他ない。だってしょうがないのだ。

 聖女(仮)がお望みなのだから。


「急に光られても、どうしていいかわからないんだもの……」

「なあにジョアンナ? 何か言った?」

「ううん。水が冷たいわね」

「そりゃあんた井戸水だもの!」


 今日も機嫌のいいマリナがせっせと汚れを落とす隣で、タライに洗濯物と水を入れながらジョアンナは周りを見渡した。

 洗濯場はいつもより人が多いような気がして彼女は首を傾げる。

 大きな井戸の近くにあまり見かけない水色のお着せの女性たちがいたのだ。


「ねえマリナさん、あの水色のお着せの人たちお見かけしない顔ね」

「ああ。ありゃ近くの教会の連中だよ。総本部の町からお偉いさん方が王都まで来てるんだって」

「まあ、教会の人たちなのに、わざわざこっちで洗うの?」

「滞在してる人数が多くて教会の魔法道具だけじゃ手が回んないだとさ。あの子らも仕事が増えて大変さね」


 やれやれ、と言いたげなマリナにジョアンナは首をすくめて答えた。

 近くの教会はここ王都で一番大きく、大聖堂とも呼ばれるほどだ。そこには専用の洗濯場もあって、魔法道具が汚れを落としてくれる。

 そのため教会の下働きをこの洗濯場で見たことはなかった。


 魔法のような便利なものは貴族と教会のもので、何も持たない彼ら庶民は洗濯だって、こうして手作業で頑張るしかない。それが、教会の下働きまで手作業になるほどとは。なんとも珍しい。

「よっぽど大勢来たのね」というジョアンナの呟きをマリナは拾ってくれた。


「なんかねえ聖女が王都で目覚めたって神託があったらしいよ。女神の声を聞けるのは大司教だけみたいでさ、それも単語しかわかんないんだって」

「へえー……えっ!? せせせせせせせせ聖女!? 神託っ!?!」

「でも中々見つかんないらしくて、教会にも届け出がないとか。どうも監禁されてるか、聖女を独り占めしようとしてる奴らに捕まったんじゃないかって言われてて」

「ひええぇ……そんなかかか、監禁だなんて!」

「聖女を発見したのにその情報を隠蔽したら教会から罰則が下るそうだよ。打首かねえ物騒だねえ」

「ば、罰則……!? 打首っ!??!」

「新聞で見たけど最近は教会も昔より力が落ちてきるとかって焦ってんでしょ。だって見た? この前の王太子の結婚式でさ、ってあんた顔色悪いけど大丈夫かい? 具合でも悪いの?」


 初めて聞く物騒な言葉に、ジョアンナの意識は二秒ほど彼方へ飛んだ。



 その日の夜、夫婦の家には小さな悲鳴がころがった。


「ひええぇ罰則……!!!」


 明日は休みだとはしゃいでいたハリーは、ジョアンナがマリナから聞いた内容に青褪める。

 一神教のこの国で、教会は王家と張り合う権力と独自の自警団まで持っている。ハリーたちも詳しくは知らないが、自警団は教会に忠誠を誓った騎士の集まりで、教義に基づいた教会内の法で人々を裁くのだ。国も簡単には手出しできないと聞く。ただの一般市民の彼らは、教会に睨まれたら生きていけない。


 隣の小さな客間で寝ている理子を気にして、ジョアンナは静かに訴える。


「悪いけど、教会に行ってもらうしか無いんじゃないかしら」

「う、うーん……でも、」

「でもじゃなくて! もう何日も経っているのよ? 早くしないと私たち打首だわ……」

「そ、そそそれは大袈裟だよきっと! あっあー、あの、それに、実はさ教会だけじゃないんだよね」

「何が?」

「聖女さまを御所望なの。今日、王城内にも御達しがあって、聖女の情報を集めるようにって」

「う、嘘でしょ……」


 普段はぽやぽやのハリーだが、実は庶民的にはエリートな王城勤めの文官である。催事担当の。

 勉強はできるうっかりさんと評判の、そんな彼の家に実は聖女がいて、その聖女を教会に差し出したとあっては、教会とあまり仲がよろしくない王家としては面白くないだろう。ハリーとて王城に居辛くなる。


「居辛いだけで済むならいいけれど、もし聖女さまを教会に引き渡したら、王家の命令に背いた反逆罪とかにならないかしら……」

「えぇ!? まさか、やめようよジョアンナそんな怖いこと言うの」

「ごめんなさい考えすぎよね……不安になっちゃって。どうして教会も国も、聖女についてご存知なのかしら? 私たち誰にも言ってないのに」


 涙目のジョアンナを慰めるように、ハリーは彼女を抱き寄せる。優しく背中をさすりながら、彼もそっと息を吐いた。


「と、とりあえず上司に相談してみようかと思ってるんだ。うちは教会の近所だし、教会に睨まれたら怖いから…」


 ことの重大さを分かっているのかいないのか、二人はまだ猶予があると思っている。とにかくどっちに睨まれても生きた心地がしないのは間違いないので、できるだけ穏便に済ませたいと願うばかり。


「王家も噂を聞いただけで、そこまで本気じゃないと思うけど。聖女さまをどうしたいのかわからないからね」

「そうね……」


 ちょっと半ベソの二人は慰め合うように、身を寄せ合って眠りについた。


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