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2. 発光少女


 爆風とともに寝室に現れた自称女神は銀の髪をなびかせ、全身が淡く発光していた。


「そなたの願いは聞き届けられました」

「あ、貴女は…?」

「私は女神です」


 暗い部屋の中、神秘的な女神の姿だけがはっきりと見えていた。


「い、いえ、あの、女神さま?」

「はい」


 当たり前のように返事をされてハリーは返答に困った。

 お布施も何もしていない。司教も通していない。なのに突然家に女神がやってくるなどあり得るのか。女神の加護も、奇跡も、魔法も、すべては貴族と教会のものだ。

 根っからの庶民である二人は魔法を初めて見た。これが魔法なのか。信じていいのか。こんな唐突に奇跡って起こるのか。いきなり家に上がり込むってどういうことだ。これって奇跡の押し売りなのか。

 何も言えないハリーが腕の中にいたジョアンナをそっと伺えば、彼女は小さく首横に振った。押し売りはお断りである。


「あーえっと、願いとか、そういうのは、はい。あの、大変恐縮ですが僕はいいです」


 というか早く帰ってほしい。なんかよくわからないけど怖いから、というのがハリーの本音。彼は別に信心深いわけではないのだ。


「何故です? この私が自ら、褒美を遣わすのです。喜びなさい」

「はぁ……」

「それにそなたは毎日、私に祈っていたではないですか。その強い思いは届いていました」


 僅かに微笑む女神を前に、ハリーは必死に言葉を探す。


 祈っていた。


 たしかにハリーは毎日、毎日聖堂で祈っていた。というか愚痴っていた。心の中で。気休めのようなそれが、まさかこんなことになるなんて誰が想像しただろう。


「そなたには聖女を与えます」

「は!? はぁ、あ、あの……聖女?」


 もはや敬語も忘れてハリーは尋ねた。

 だって意味がわからない。なんだよ聖女って。この平和なご時世に聖女が必要ですか、と問いたい。いや、要らない。


「あの私たちは本当にっ……!」


 ハリーの腕から飛び出したジョアンナが「いりません」と言い切る前に女神を中心に風が巻き起こり、部屋中が強い光に包まれる。奮発して買ったちょっといいお酒と、ちょっといいグラスがぶっ飛んで壁に当たって砕ける音がして、ハリーは心の中で悲鳴を上げた。

 部屋には嵐のような暴風が吹き荒れる。


 すぐさま庇うようにハリーの腕の中に閉じ込められ、ジョアンナはうっかりときめいたが、次の瞬間にはそんなことも意識から吹き飛ぶ光景が目の前に広がっていた。

 二人のさして大きくない寝室の床に血だらけの人が蹲ってたのだ。


「ひっ……!」


 二人はそれ以上の声も出せずにビビり倒した。

 平和な人生を平和に歩み、ここ半年の忙しさがはじめての修羅場経験、というこの夫婦。血塗れの人など見たことがない。初めて嗅ぐ鼻を突くにおいに、彼らの意識は一秒ほど彼方へ飛んだ。

 一方の女神は寝室の床に血溜まりができ上がっていくのを気にもせず、口を開く。


「異世界でたった今事故に会い、瀕死の人間です」

「ひええぇぇ……」

「この娘には私の加護を与え聖女にします。丁重に保護しなさい。彼女の祈りは人々に祝福を与え、国に豊かな実りをもたらすでしょう」


 なんてもんを連れてくるんだと女神に突っ込める人間はこの場にいなかった。半泣きの二人は、もう声も出せず必死でうなずく。

 女神はそれを満足げに見届けると、ひと撫でで聖女(仮)の傷を治し、瞬く間に消えた。


 これは夢か。

 しかし女神は間違いなく奇跡を起こしていた。風でめちゃくちゃになった調度品と汚れた床、聖女(仮)がその証拠。ベットの上で抱き合い、縮こまっていた二人は恐る恐る聖女(仮)の様子をうかがう。

 窓から入ってくる月明かりだけの部屋の中。

 服まですっかりきれいになった聖女(仮)は先ほどまで血塗れだったとは思えない。ただ静かに二人の寝室の血だらけの床に横たわっている。女神はなぜ床をきれいにしてくれないのか。

 たっぷり1分ほど呆けていた二人はようやく顔を見合わせた。


「なに……いまの…………」

「傷が治って? いったい、何が……ねえ、ハリー! か、彼女動かないわっ。生きているのかしら」


 嫌な想像をしたジョアンナは、弾かれるように動き出す。


「だれ、だれかっ……呼んで参ります!」

「ええ!? だっ、だめだよジョアンナッ!!!」

「きゃあっ!!」


 大慌てで立ち上がったジョアンナは盛大にベットから転げ落ちた。ハリーが彼女の寝間着の裾を引っ掴んだからだ。

 硬い床に打ちつけた腰をさすりながら、ジョアンナは叫ぶ。


「急に引っ張らないで!!」

「ああ……ごごごごめん大丈夫?」

「大丈夫じゃないわっ」

「だって君が、」

「ゔ、うぅ……」


 床から聞こえる苦しげな呻き声に夫婦二人は息を飲む。咄嗟にハリーはベットから駆け下りてジョアンナを背に隠す。

 ぴくりとも反応がなかった聖女(仮)が微かに身動いでいた。その様子を横目にジョアンナは口を開く。


「め、目が覚めたのかしら。ややややっぱり人を呼んで参ります」

「だからダメだってば!!」

「ぃぎゃあっ!!!」


 またしてもジョアンナはすっ転んだ。

 ハリーが立ち上がろうとした彼女の寝間着の裾を引っ掴んだからだ。


「い、一度ならず二度までも……!」

「うわっご、ごめん大丈夫!?」

「大丈夫じゃないのよっ何なのさっきから!」


 何とか手をついたジョアンナは憤慨した。だってベットから転げ落ちて腰を打つし、今度は膝と手が痛い。

 目の前には見知らぬ女。意味がわからない。散々だ。


「君いま寝間着だよ? そんな無防備な格好で人前に出ちゃダメだって!」

「はあ?」


 何言ってんだこいつ、とは口に出さずジョアンナは夫に別の言葉を投げつける。


「いまそんなこと言ってる場合!?」

「いやだって肩出てるし裾も捲れてるし、そんな姿を他の男に見られたら、」

「それは貴方が引っ張るからでしょう! ショールでも羽織りますから心配なさらないで」

「とにかく、人は俺が呼びに行くからここで待ってて」

「嫌です。無理です」

「えっなんで!」


 にべもなく言い切った妻にハリーは瞠目した。

 乱れた寝間着を直しながら、彼女は気まずげに視線をそらす。


「こ、怖いじゃありませんか」

「何が?」

「そちらのお嬢さんと二人っきりというのが」

「僕だって怖いよ!? じゃあ二人で行こうよ!」


 聖女(仮)の見張りがいるかいらないかで二人が話し合いをはじめた時、もう一つの声が部屋に落ちた。


「此処何……? 我以前自転車乗?」


 聖女(仮)だった。


 聖女(仮)は床に手をつき、ゆっくりと頭を持ち上げていた。真っ直ぐで夜闇のような髪の間から覗いた瞳が、固唾を飲んで見つめる二人をとらえる。


 ここに来てようやく二人は聖女(仮)を冷静に見ることができた。

 太ももまで足が露出した、この国では見たこともない固そうな生地の服を纏う聖女(仮)。本当に異世界から来たのかもしれないと夫婦は納得しかける。だからジョアンナは出来るだけ優しく声をかけてみた。


「ねえ、貴女。怪我は大丈夫かしら? どこも痛くない? 女神さまとはお知り合いなの?」

「女? 外国女? 我英語不可」

「んん?」


 わかるようでわからない言語を溢しながら、で聖女(仮)は辺りを見渡した。


「此処何? 何故暗闇!」

「あ~と、聖女さま?」

「無知! 我学校行通学路疾走中也! 此処何処!?」

「ちょっと落ち着いて……」


 自分達よりよほどパニックに陥っている聖女(仮)を見て二人は急に冷静になる。人間誰しも、自分より焦っている人が目の前にいると、物事が一歩引いて見えてくるものだ。


 少女を気の毒に思った二人は、ともかく彼女を落ち着かせることにした。


 そんな二人の善意は残念ながら異世界からやってきた少女には届かない。彼女もまた、何も知らないのだから。少女の呼吸は徐々に速くなり、忙しなく視線を彷徨わせていた。

 ジョアンナが話しかけても通じている様子はなく、ますます混乱していく。

 そしてハリーが静かに聖女(仮)に近づこうとした瞬間、少女の緊張はピークに達する。


 またしても、部屋中が強い光に包まれた。


 完全に油断していた二人は驚きのあまり床に転がりこむ。

 少女を中心に、というか少女自体が光源となって寝室を煌々と照らしていた。


 記念すべき聖女の目覚め、聖なる光が発現した瞬間である。誰も気づいていないが。


「嫌! 摩訶不思議!」

「もう次から次に何なのっ!?」

「すごい……昼間みたいに明るいね」

「何故我光!? 謎……! 激烈恐怖!!!」


 現場は混沌を極めた。


 とにかく光を弱めてもらおうと二人は聖女に掛け合ってみたが、どうにも言葉が通じない。さめざめと泣き出した聖女が可哀想で、慰めようとジョアンナが近づけば驚いた聖女がさらに光を強めてしまう始末。


 ならば物で釣ろうとパンや果物、干し肉に酒などを聖女の周りに置きつつ、ハリーは話しかけてみるも、聖女は怪訝な顔をするばかりだった。


「何故我周囲供物置……?」

「うーん…せめて言葉が通じればいいんだけどなあ」

「祭壇……? 我生贄予感……っ!?」

「あの、聖女…さまも、怪我が治ったばかりみたいだし、何が栄養あるもの食べた方がいいと思うんだけどなあー……ど、どうしようジョアンナ」

「もしかしてパンじゃなくてお菓子じゃないとダメなのかしら?」

「ええ! そんな高価なものうちにはないよ?」

「最悪……何故突然生贄? 帰宅求!」


 互いに理解を得られぬまま、夜はふけていく。


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