第三話 西のナスタチウム
「まったく、何も春祭りの最中に、こんな事件を起こさなくても。ウェンスター卿はご子息にどういう教育をなさっておいでなのか。こっちは仕事で大忙しだって言うのに。旅へ出ることになったって言ったら、皆から恨みがましい目で見られてしまいましたよ」
王都から西へ向かう旅をはじめてから、すでに二十日が経っていた。西にある街を転々と捜したが、ケンム草を栽培している形跡のある場所はなかった。残すところは最西の地、ナスタチウムだけである。
ナスタチウムへと向かう旅馬車の中、アキレアは弟子のカボックから先ほどのセリフをほぼ毎日のように聞かされていた。後ろで一つにくくった茶色い髪と、同じ色の目を細め、カボックはアキレアを見る。
「聞いてますか? マスター」
狭い馬車の中。棘のある大きな声で言われ、負けじと大きな声でアキレアは答る。
「ああ、聞こえてるよ、聞こえてる」
いや、むしろ聞き慣れていると言った方がいいか。
カボックは、アキレアの反応に、ならいいんですけどねと言って、また話を再開した。
それを、右から左へ聞き流し、アキレアは馬車の振動に身をまかせながら、外の風景を眺める。
森を抜け、馬車は野原の中の道を行く。
春の訪れを喜ぶように、生き生きと緑を深くした草や木々。所々、緑の中に、白や黄の花が見える。
時折吹く風には、その花の芳香が混ざっていることだろう。
時折、小休止をはさみながら、ナスタチウムにある最西の街に着いた。日はすっかり西に傾き、空を茜色に染め上げていた。
街の中心にある広場に、旅馬車は停車した。御者の話では、今日はこの町に泊まり、また明日、王都へ向かう旅人を乗せて出発するのだという。旅馬車の御者とは大変な仕事だ。
アキレアたちは御者に、心付けを渡し、馬車を降りた。すると、待ち構えていたように、栗色の髪をした若い男性が近寄ってきた。
男はその優美な身体を質の良い衣服で包んでおり、一見してそれなりに高い身分であることが知れた。
男はアキレアに爽やかな笑みを向ける。その背後には、執事らしき人物が控えていた。
近くにいた人々が、物珍しげにこちらに視線を向けてくる。
「王都からはるばる、ようこそいらっしゃいました。マスターデュオン。こちらは、領主ブラシカ男爵にございます」
執事らしき人物が男をそう紹介する。ブラシカ男爵と呼ばれた男は、笑みを浮かべたまま、頭一つ分ほど背の高いアキレアを見上げている。
「それは、どうも。わざわざお出迎えいただき恐縮です。ブラシカ男爵」
アキレアは切れ長の目を細め、笑顔を作って見せた。
なぜ、フラワーマスターであるアキレアがここへ来ることを知っていたのか。そんな疑問はわかなかった。大方、前に立ち寄った街の領主から知らせを受けていたのだろう。前の町でも、同じような歓迎を受けていた。
「お目にかかれて光栄です。マスターデュオン。王都からの長旅、さぞお疲れでしょう。どうぞ、この地に滞在の間は、我が屋敷にお泊りください。もちろんそちらの従者もご一緒に」
柔らかな声音でそう告げた男爵の好意に、アキレアは甘えることにした。男爵の用意した馬車に乗り込む。いつの間にか集まってきた街人たちの間を通り抜け、屋敷へと向かった。
夕食は春の山菜を取り入れた、豪華なものだった。味も申し分なく、満喫した食事であった。
食後のお茶が出された後。ブラシカ卿が口を開いた。
「それにしても、マスターデュオン。こんな辺境の地までわざわざマスター自らお越しくださるとは。何かあったのですか?」
穏やかな声音で言われた問に、アキレアは近くに座るカボックに目を向け答えた。
「ここにいる弟子のカボックが、先日王宮付き花使いに任命されましてね。その祝いと、私からの卒業記念を兼ねて、花を巡る旅をしているのですよ。この地には、この地にしかない草花がたくさんある。勉強のためにもと、思いまして」
アキレアの話の半分は嘘である。旅をしている理由は嘘。カボックがもうすぐ、アキレアの弟子を卒業するのは本当の話である。
「王宮付き花使い! それは、おめでとうございます。カボック殿」
花使いとは、花魔法を主に体得した者の呼称である。
元来、この国では自然を操る魔法が多く、それを細分化することで、その発展を助けてきた。細分化した魔法の一つが花魔法であり、その使い手たちに、国はそれなりの地位を与えている。
植物を操る力は、時として国を助け、時として国を脅かす存在になりかねないからだ。
ブラシカ卿から声をかけられ、カボックは一瞬驚いた顔をした。それを取り繕うように、柔和な顔に笑みをのせる。
「ありがとうございます」
それだけ言って、口を閉じた。カボックは元来お喋りな性格だが、時と場合を考えることができるのである。
「そこで、ブラシカ卿。この屋敷の裏にある森を散策したいのですが」
穏やかに話を変えたアキレアに、ブラシカ卿は笑顔で頷いた。
「ええ、構いませんよ。お好きに見てください。なんなら、珍しい花や草のある場所を知る者に案内させましょう」
「ご厚意に感謝します」
アキレアはそう答えて、何か言いたそうな顔を向ける弟子をよそに、カップに残った茶の最後の一口を口に含んだのだった。
部屋に戻るや否や、カボックは不機嫌な声をだした。
「案内人をつけることを承諾するなんて。どうするんです? ケンム草のありかを好きに調べられないではないですか。もう目ぼしい所はこの街くらいしかないのに」
予想に反することのないカボックの言葉をおかしく思いながら、アキレアはカボックの肩に手を置いた。カボックはさほど背の低い方ではないが、アキレアが高すぎるので、二人並ぶと頭一つ分アキレアの方が高い。
「案内人の相手はお前に任せるよ。俺はとりあえず街の様子を探ってみる」
カボックは嫌そうに、不満の声を上げた。アキレアは笑顔を作り、カボックの頭に手を置いた。力を込めると、カボックは黙った。




