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第二話 花びらの怪

 アジュガ王国、王都アジェリアでは、春の訪れを祝う祭りが催されている。国内の者は勿論のこと、近隣諸国からも多くの見物客がやってくるほどの大きな祭りだ。

 大通りには出店が並び、あちらこちらから臭覚を刺激する良い匂いが漂ってくる。広場では旅芸人たちの曲芸や、王宮付きの花使いたちによる、花魔法の催しなどもやっており、見物客の目を大いに楽しませていた。

 見事な盛況ぶりを見せている大通りをよそに、王城の東側に位置する近衛将軍の執務室では、陰鬱な雰囲気が漂っていた。

「まったく、貴族の坊ちゃんたちは、他にやることがないのかねぇ」

 心底呆れたというように、アキレア・デュオンは声を上げた。精悍な顔立ちが苦々しく歪む。眉を寄せ、切れ長の瞳を細めた。腹立たしげに頭を振った拍子に、黒くまっすぐな短髪が動きに合わせて揺れる。

「まったくだ。俺達がどんなに摘発したところで、また新しい麻薬を探してきやがる」

 アキレアと同じように顰め面で吐き捨てたのは、この部屋の主にして、近衛将軍の地位に就くムスカリーだ。どちらも齢二十を半ば過ぎたといったところか。

 近衛将軍の地位にふさわしい立派な体躯を持つムスカリーは、少し窮屈そうにアキレアの前の席に着いていた。腰にはその体躯に似合う大振りの剣を帯びている。

「そこでだ。フラワーマスターであるお前の見解を聞きたい。奴等の症状に何か思い当たる節はないか?」

 その問いに、アキレアは無言で服の隠しから何かを取り出した。それを、二人の間に置いてある机の上に乗せる。それは、小さな子どもでも握りこめるほどの大きさしかない。

 ムスカリーはそれを太く大きな指で摘まんで持ち上げた。薄く、柔らかな触感。以前は白かったであろうそれは、その色の名残を残しながらも、今は茶色くくすんだ色になってしまっている。

 それは、そう。まるで。

「花びら……のように見えるな」

 ムスカリーが言うと、アキレアは口元で笑みを形作った。

「当たりだ。さすがムスカリー将軍。それは患者の口の中から見つかった」

「口の中だって?」

 ムスカリーは思わず大声をあげて、花びらを指から離した。花びらはひらひらと机の上に舞い落ちる。

 ムスカリーの慌てた様子に、アキレアは意地の悪い笑みを見せた。

「大丈夫だ。ちゃんと乾かしてある」

 そういう問題ではない。と、ムスカリーは思ったが、口には出さなかった。これ以上からかわれる種を増やす必要はない。この男はそういうことは見逃さない奴だからだ。

 ムスカリーは嘆息して、呟いた。

「どうしてこんなもんが患者の口から出てきたんだ?」

 ムスカリーは眉間に皺を寄せ、そして俄かに目を見開くと声を上げる。

「まさか、これが……」

「そう。これが麻薬の正体だ。ケンム草という名の花でな。普通に育てれば問題はないんだが、少し手を加えてやると、幻覚作用を引き起こす毒素が作られる。厄介な花なんだよ」

 花の話をすると急に真面目な表情になる。さすが、フラワーマスターというべきか。フラワーマスターの称号を得るには、花使いとして、花魔法を体得し、あらゆる植物の知識を持たねばならない。植物には薬として使われるものも多く、薬術師としての一面も持つ。

 俺には一生かかっても取れない称号だな。と、ムスカリーは思った。

 実際、この称号を持っている人間は、ムスカリーの目の前にいるこの男、ただ一人だ。

 ケンム草などという名の花があることすら、ムスカリーは初めて知った。そもそも、根っからの兵士であるムスカリーは、花に興味がないのである。

「だいたい西方に生息する花なんだがな。他国から流れてきたなら厄介だ」

 そう言って、アキレアはムスカリーを漆黒の瞳で見つめる。ムスカリーはその顔立ちに似合う、不適な笑みを浮かべた。

「大丈夫だ。最西の地、ナスタチウムからくる商人が、幸福の薬として売りに来たという話が上がってきている。その商人はとっ捕まえてあるんだが、そいつが栽培しているわけではなさそうなんだ。元を断たねばまた同じことの繰り返しだからな。お前なら西に行きゃあ、すぐに見つけてくれるだろう。その花を。なあ、マスターデュオン?」

 普段の呼び名ではなく、公用の呼び名を使ったムスカリーに、アキレアは肩をすくめて見せた。

「分かったよ。すぐに旅支度を整えて、出発するとしよう」

 言い終わるや立ち上がったアキレアに、ムスカリーがふと、何かを思いついたように苦笑した。

「カボックが怒るだろうな。何も春祭りの最中に、旅に出なくてもってな」

 ムスカリーの言葉に、アキレアは祭りの催しもの要員として駆り出されている真面目な弟子の顔を思い出した。


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