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第十二話 思い

 公爵邸を飛び出して、シオンはあてもなく歩いた。

 いつの間にか、市街を出てしまったシオンは、人気のない森の中に辿り着いた。

 そこで立ち止まると、シオンは力尽きたようにその場に座り込み、放心したようにじっと正面を見つめる。何も考えられないというように。


 どれくらい時間がたったのだろうか。

 それすらも分からなくなった頃。

 シオンは背後に人の気配を感じて、立ち上がった。

 温かい木漏れ日が降り注ぐ中、姿を現したのはフラワーマスター。その人だった。

「マスター。どうして、教えてくれなかったの?」

「何をだい?」

 静かなアキレアの問いに、シオンは声を上げる。

「お母さんに、新しい家族がいることを……」

 教えてくれてたら、逢いになんて、行かなかった。

 自分の横を通り過ぎた小さな体。金色の髪を揺らして走り、母親に抱きついた小さな子ども。その姿を思い出し、シオンは胸に痛みを覚える。

「会ったのか? あの子に。可愛かっただろう。お前の弟だ」

 おとうと。

 その響きに、顔を上げ、アキレアを見る。

「何を驚いた顔をしてる? 母親が同じなんだ。あの子はお前の弟だよ。お前はあの子のお兄さんだ」

 シオンは、ふいにアキレアに背を向けた。俯き肩を震わせる。

「どうした? シオン」

 アキレアの穏やかな声に、シオンは背を向けたまま口を開く。

「そうか、弟なんだ。弟か……」

 その声に、涙が滲む。

「シオン?」

 アキレアがこちらに近づいてくる気配がする。シオンはなおも振り向かず、言葉を続けた。

「オレ、アイツが羨ましかったんだ。アイツ、オレの前でお母さんに抱きついて。お母さんと手をつないで。オレだって、お母さんの子どもなのに……」

 傍らに、アキレアが立ったことに気づいたシオンは顔を上げた。アキレアを見上げた瞳に、涙をいっぱいに溜めて。

「オレ、アイツのこと妬んだんだ。アイツばっかり、お母さんに愛されてずるいって。なんでだろうって。オレはいつも独りだったのに。そう思ったら、なんだか憎らしかったんだ。でも、オレ、あいつのお兄ちゃんなんだよな。なのに。オレ、なんでこんな、酷いやつなんだろ」

 大きな瞳から、涙がこぼれおちる。

「シオン。なあ、シオン。お前だって、愛されてるよ」

 泣きじゃくるシオンの背に片手を添えて、アキレアは言う。シオンは大きく首を横に振った。

 愛しているなら、どうして、傍にいてくれない?

 どうして、自分は独りなのだ。

 そんな思いが頭をよぎる。

「シオン、お前の名前は、あの人がつけたんだよ。お前の母親がつけたんだ。シオンっていうのは、花の名前なんだよ」

 シオンはゆっくりと、涙にぬれた緑の瞳を、アキレアに向ける。

「シオンの花言葉は、あなたを忘れない。お前の母親は、お前の名を呼ぶたびに、お前を忘れないと、自分に言い聞かせていたんだ」

 それから。と、言って、アキレアは指を鳴らした。すると、何もなかった空間から、突如花が現れる。巻尾状の花穂に藍色の小花を多数つけた、愛らしいその姿。

 その花は、シオンにとって忘れることのできない花。

 初めて母親と会った時。別れ際に手渡された花が、この花だった。

「これ、この花……」

 嗚咽の合間に、シオンは声をだす。

 アキレアは優しい笑顔をシオンに向けた。

「お前に、母親が渡した花だろう? この花の、花言葉を知っているか」

 聞かれて、シオンは首を横に振った。金髪がその動きに合わせて揺れる。

 シオンはその花の名前すら、知らないのだ。

「この花は、勿忘草わすれなぐさというんだ。そして、この花の花言葉は、私を忘れないで」

 シオンはじっと、藍色の小花を見つめる。


 私を忘れないで。


 その思いを胸に、母はシオンにこの花を贈ったのだろうか。

 忘れてほしくないと、そう、願ったのだろうか。

「それから、この花には、もう一つ花言葉がある。この花のもう一つの花言葉は……」


 真実の愛。


「彼女は、嘘偽りなく、お前を愛してる。なあシオン、お前も、愛されてるんだよ。間違いなく、おまえは愛されてるんだ」

 堪えきれず、シオンは声をあげて泣き始めた。

 そんなシオンを、アキレアは優しく抱きしめる。

 抱きしめてやれなかった、母親の代わりに。

 シオンが泣きやむまでずっと、抱きしめ続けた。




 シオンたちが王都へ到着してから十日余りが経過した。

 カボックは、当初の予定通り、晴れて王宮付きの花使いとして新しい任務についている。

 そんなカボックの代わりに、シオンはアキレアの世話を焼いた。

 はじめのうちは失敗ばかりしていたが、それなりに言われなくても動けるようになってきた。

 だが、まだ慣れないこともある。

 それは、敬語を使うことだ。ついつい粗雑な言葉が出てしまう。敬語に慣れるには、まだまだ時間が必要なのかもしれなかった。


 シオンにあてがわれた、小さな部屋には机がある。シオンが勉強できるようにと、アキレアが買い与えてくれたものだった。

 その机の上に、小さな花瓶が一つ。

 その花瓶に活けられているのは、あの日、アキレアがどこからか出したあの藍色の小花だった。いまだ枯れず、その可憐な姿を留めている。

 母親が、初めてシオンに与えたものと同じあの小花。

 シオンは毎日、その花を眺める。


 ここにはいない、母親の思いを感じながら。





ここまで、読んでいただきありがとうございました。

今回は文樹妃さま主催『春・花小説』企画に参加させていただいた作品となります。

春の花とその花言葉をテーマに小説を書くというこの企画。


せっかく企画に参加させていたけるということで、なろうへの投稿といたしましては、初ジャンルのファンタジーに挑戦させていただきました。

いかがでしたでしょうか。少しはお楽しみいただけていたら幸いです。


ファンタジーを書いてみて思ったことは。やはり、ファンタジーは難しいということです。いつか、うまく書けるように精進します。



さて、企画の規約の方で、イメージした花とその花言葉を書くとありますので書いてみます。

えっと、もうたぶんお分かりかと思いますが、この作品のメインは勿忘草です。花言葉は私を忘れないで。

そうです。あの、シーンを書きたいがために、その前のシーンをくっつけていった感じです。

出典先は春・花小説企画のサイトにのっているのをそのまま使わせていただきました。


それでは、最後にもう一度。

ここまでご覧いただき本当にありがとうございました。

そして、文樹妃さま。素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。

もしかすると、もう一作投稿させていただくかも知れません。その際は、またよろしくお願いいたします。


それでは、また。

お会いできることを願って。

愛田美月でした。

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