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第十話 復讐の後

 月が支配する夜。王都にある広大な屋敷の中。アキレアの前に佇む美しい女性が、口を開く。

「わたくしは、ある人に恋をしました。その人は屋敷の使用人でした。わたくしは、彼を愛し、身を任せてしまった」

 アキレアは、無言で女性を見やる。

「それは、公爵に出会う前ということですか」

 この美しい女性は、現在アネモーネ公爵夫人と呼ばれている。彼女は美しい顔に哀愁を漂わせた。

「ええ。……わたくしは、彼との間に子を身籠りました」

 驚きに息を飲んだアキレアに、苦笑を洩らし、アネモーネ公爵夫人は言う。

「父は、烈火の如く怒りました。わたくしは生まれた子どもを見ることも叶わなかった。父は、子どもと一緒に、彼を遠く、西の地へ追いやってしまったのです」

 深夜。人気のない屋敷の中。アキレアは、月明かりに照らされた妖精と見紛うばかりに美しい女性を見つめる。この美しく儚げな女性に、そんな過去があったとは。信じ難いこの告白に、アキレアは返す言葉が見つからない。

「公爵家に嫁ぐことが決まったとき、わたくしは、父に頼みこんで、子どもに会いに行きました」

 いつも澄んだように響くその声が、暗く沈んでいる。

「あの子は、あの小さな彼は独りだった。わたくしの愛したあの人は、彼をおいて、女性と逃げていたのです」

 片手で顔を覆い、俯く女性。

「彼を連れて逃げたかった。何も知らず、無垢な笑顔を向けてくれるあの子を連れて。ですが、わたくしには、出来なかった。わたくしは、彼から逃げたのです」

 声を詰まらせるように、女性は言葉を切った。

 アキレアは、そんな女性に声をかける。

「どうして、そんな話を私に?」

 女性は、俯けた顔をあげ、真摯な瞳を向けた。

「あなたは、西へ向かって旅に出ると聞きました。どうか、彼が……あの子が今どうしているか、それを調べてほしいのです」

 アキレアは、言い終えた彼女を静かに見つめた。




 夜が明けてしばらくすると、ブラシカ卿の屋敷に西方軍の兵士が数名やってきた。その兵士たちによって、ブラシカ卿は、薬草園の地下で枯れた茎に半ば体を埋めるようにして気絶している姿を発見された。屋敷の使用人も数名、西方軍によって連れて行かれ、屋敷は閑散となった。


「みんな、枯れちゃった」

 悲しげな声を出し、シオンはしゃがんで茶色く変色した茎や葉に手を伸ばした。掴んだそれがもろく崩れていく。

「オレが、二回目の水やりしなかったから、枯れちゃったのかな」

 傍らに立つアキレアを見上げ、シオンは潤んだ瞳を向ける。

 アキレアはそんなシオンの頭に手を置いて荒々しく撫でた。

「いいや、みんなお前には感謝していたよ。彼らはちゃんと生ききったんだ」

「そうなのかな」

 呟かれたシオンの言葉。この小さな胸に、何を思うのか。親はいず、信じていた領主には裏切られ、仕事を失くし。育てていた花は枯れてしまった。

 この小さな体に振りかかった悲しみを思うと、アキレアはやるせなくなる。

「なあ、シオン」

 アキレアの呼びかけに、シオンは立ち上がった。立ち上がってもシオンの背丈はアキレアの腰よりも低い位置にある。

「何? マスター」

 カボックの真似をしたのだろう。アキレアをマスターと呼んで、シオンは顔を上向けた。緑色の澄んだ瞳がアキレアを映す。

「カボックが、もうすぐ俺の付き人を卒業するんだよ。それで、もしよかったら。一緒に王都へ来ないか?」

 その誘いに、シオンは目を瞬かせた。

 差し出されたアキレアの大きな手と顔を交互に見比べ、シオンは口を開く。

「淋しいのか?」

 気遣うように言われたその問いに、アキレアは一瞬言葉を詰まらせた。

「あっ、ああ。そうだな」

 その答えを聞き、シオンはそっと小さな手で、差し出されたアキレアの手を握った。

「なら、しょうがねーからオレが一緒にいてやるよ」

 笑顔で言われたシオンの言葉に苦笑し、アキレアはシオンの手を握って歩き出した。

 地上へと向かう階段を上りながら、アキレアはそっと呟くように言った。

王都に行ったら、お前の母親に合わせてやるよ、と……


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